第7話「 ギャワー! 」

「みな、気をつけよ。あやつら恐れや怒りに勘付くでな!」


 みんなで重く頷く。

 結界の縄を電車ごっこみたいにぐるりと構えて、そろそろと歩き出すわたしたち。

 先頭は瑞穂ちゃん。

 行く先を火童が控えめに照らしている。

 進み始めるとオバケたちも近くに寄ってきた!

 ビックリしたけど、なんとぞろぞろと後に連いてきたんだ!

 こんな嫌な電車ごっこなんてありえる?!

 多分こっちに手は出してこないっていうけど、気が気じゃないよう。

 うあああ! ゾンビだ! ゾンビがいる! 生ゾンビがこっち見てる!

 くっさああい!

 こんなのもいるんだ。臭いよ! 怖いより臭い! でも怖い! 臭い!

 なんとかやり過ごすと、あ~う~いいながら列の後ろに合流してくる。

 うう~。

 自分が言い出したとはいえこんなシュールな状況までは想像しなかったな。  

 火童の光に誘われて集まってきた鬼たちを引き連れて、目指す先は兵舎。

 行く手からはもう悲鳴とかは聞こえてこない、みんなちゃんと逃げたのかな? だといいけど。

 そんなこと考えてたら、先の方に明かりが見えてきた。

 

 兵舎は何となく市役所を思わせる建物だった。

 正面に駐車場よろしく広場があって、いくつも据えてある篝火かがりびの光の中、すごい数のオバケが蠢いている。

 百や二百は優にいると思う。うえええ。少しは遠慮して欲しいよ。

 広場のあちこちに盾やら槍やら馬の鞍やらがバラバラ落っこちている。

 うう~直視できないけど血溜まりみたいなものもいっぱいできてる~。怖い~。

 サオさんの案内のもと、ひしめくオバケたちをあっちへこっちへフラフラジグザグしながら避けて、ようやく建物の入り口が近づいてきた。

 気を抜かないようギュッと縄を握り直したとき、バサッとわたしの頭になにかが落ちてきた。

 カサカサしたものが髪をいた。


「ひとがおった。ひとが・・・」

「ギャワー!」


 パニック!

 夢中で頭を振りたくって頭の上を叩きまくる。

 トスっと地面に落ちたものは、手の平くらいの大きさの、人の顔から虫の足が生えてるオバケだった。

 うあー!

 うわー!

 手に感触が!カサッとしてぐにゃっとした! うわー!


「走るぞえ!」


 瑞穂みずはちゃんの号令で、正面の入り口に一斉に走りこむ。

 ぎゃー! 中にもウジャウジャいる~!

 ムスヒちゃんが塩の袋を手にみんなの前に躍り出ると、わっさわっさと塩をぶつけ始めた。

 塩を食らったオバケたちは、口々に悲鳴を上げるけど、なんか顔が幸せそうだ。

 やめて気持ち悪い!

 かがりちゃんも両手に炭を持って、後から追いかけてくるオバケたちを気合と共にバンバン叩き伏せているけど、こっちもだ! 悲鳴だけは悲鳴っぽいけど顔が嬉しそう、うえええ!

 その時、奥の方から激しく扉を叩く音と一緒に声が聞こえた。


「おい! どうなってるここを開けろ!」


 ヨシさんだ! すっかり忘れてたけどここにいたんだ。

 廊下の先に閂のはまった扉が見えた。

 瑞穂ちゃんが閂を蹴り上げて扉を開ける。


「ああ、君たちか! 一体どうなって・・」

「よいから引っ込め! みな中へ!」


 慌てて出てきたヨシさんを、再び部屋の中へ蹴っ飛ばした。

 全員部屋へなだれ込む間に、扉の表に何か書いてすぐに閉める。

 

「隠!」


 扉がピシリと光る。ブハー!

 うう~。うう~。びっくりした怖かった! 体の震えが止まらないよ。

 だけど、まだ! まだこれからだ! まだまだ~!


「なあ君たち。悪いが説明してもらえないかな? 何がどうなっ・・」

「やかましい! それどころではない!」


 ヨシさんを叱り飛ばした瑞穂ちゃんも、さすがに大きく肩で息をしている。

 みんな同じく。

 でも目を覚ましたピピカちゃんだけは、無邪気にあーあー言ってる。

 まずはピピカちゃんが無事ならオッケー。

 お姉ちゃん、いやお母さんは頑張るぞ!

 なにやら言いたげなヨシさんの後ろに、人のよさそうなおじいちゃんもいた。

 この人が村長さんかな? 二人とも捕まってたんだ。

 しかしここの連中は人捕まえるのが好きだな! 全くタチが悪い!

 でも、それどころじゃないね。

 一通り息が整うのを待ってる間にも、天井から壁からうめき声やら体当たりの音やらが聞こえてくる。扉だけ何とかしてもダメなの!?

「よし、そろそろゆこうぞ! ヨシよ。そなた風の魔法具とやらは使えるな?」


 瑞穂ちゃんが、座り込んでいたヨシさんの襟首を掴んで立ち上がらせると、ヨシさんは、目をシロクロさせて「え? あ? うん」と答えた。


「なれば重畳。では、あの気に食わぬ髭はどこにおるか知らぬか?」

「さ・・さあ。でもジャゴ隊長の執務室は二階です」

「そうか。では案内いたせ」


 扉を開けると、廊下はやっぱりオバケでいっぱい。

 でも、さっき追っかけてきた勢いはなくなってた。なんだろ? すぐ忘れちゃうのかな? 助かります! もうずっとアッチいってて欲しい。

 ヨシさんと村長さんも加えて、再び電車ごっこでGo!

 ヨシさん、オバケを見て震え上がってたけど、瑞穂ちゃんがにらみつけたらおとなしくなった。

 「魔法でなんとかならないんですか?」って聞いたら、シュ~ンとした顔で、「いや、ぼくはその・・」とかゴニョゴニョ言ってた。溜息でる~。

 こういう時に使えない魔法ってどんななのか? そして、

 こういう時に使えない男ってどんななのだ! もういいよ!

 とにかく階段のぼって二階に上がると、オバケは急にいなくなってた。

 階段のぼれないのかな?

 でも、廊下を進んでいくと、なぜか廊下に面した部屋の扉が、力任せに破られたように部屋の内側へ吹き飛んでた。部屋の中は暗くてわかんないけど人の気配はしない。次の部屋も、また次の部屋も。

 四つ目の部屋に近づいたとき、中から灯りがもれているのが見えた。


 「そこです。その部屋です」


 ヨシさんが小さな声でいう。

 やっぱり扉は破られていて、人の気配もないけど、部屋の壁側に大きな机があって、その上にランプがひとつ燃えていた。

 その灯りだけでは隅までハッキリ見えないけど大きな部屋だった。天井も高い。

 ランプの方へ近づいてみると、あ! あったあった、わたしのカバン!

 捕まった時に、わたしたちの荷物は全部没収されてたんだよ。

 大きな机の上にご丁寧に中身が出てる。

 くそー、乙女のカバンをなんと心得るか!

 急いでカバンとポケットに詰め込む。傍らには和さんが用意してくれた服が乱暴に詰め込まれた大きな麻袋も転がっていた。

 瑞穂ちゃんの刀も、かがりちゃんの小太刀もあった。よかったあ。


「ヨカッタア」


 甲高い声が部屋の反対側から聞こえた!

 な・・なに今の?


「ナニイマノ」


 火童ひのわらがパッと光度を上げた。

 そこに見えたのは、部屋の壁際を端から端まで、長々と横たわる巨大な鬼の姿だった。

 床に立てた肘で頭を支えて、目を閉じて眠ってるみたいに見えるけど、頭から生えた二本の角、下顎から上にニョッキリ生えた長い牙。

 はじめて鬼っぽい鬼がいた、赤鬼だー!


「アカオニダー」


 口だけが動いて確かにそういった。


「静かに!」


 叫び出しそうになったわたしたちより前に、瑞穂ちゃんが小声でピシリと制した。


「そろっとゆくぞ、かようなもの相手にできぬ」

「そういうなよ」


 赤鬼がのっそり立ち上がった。天井に頭つっかえてるー! あわわわわ!


「いい加減、腹はくちくなったが、娘御がおるんならにちょうどええ。お前らのいう甘味としていただこうかの・・さて姿は見えんがよう匂うぞ、どこだ? どこだ? んん?」

 

 鼻をヒクヒクさせながら、ズシンと一歩踏み出したその瞬間、真砂まさごちゃんが風のように飛び出すと、炭で鬼の脛をパカ~ンと叩いた!

「あがーっ!」て大声だして、脛を抱えてしゃがみこむ。


「この宿六やどろくが! てめえなんぞに食われてたまるかってんだ、べらぼうめえ!」


 そう、言い捨てるとさっさと縄の中に戻ってくると、目が点になってるわたしたちに「何してる、さっさといくぞ!」だって。

 ええ~?

 それでも気を取り直すと、廊下へ取って返す。

 なのに、騒ぎに気づいたのか、さっきはいなかったオバケたちがまたこっちに向ってぞろぞろやってくるところだった。


「ギャーッ!!」


 真砂ちゃんが絶叫した。

 なんなのもー!

 でもそんなのかまっていられない。

 塩! 塩! お塩! ドンドンばら撒いてとにかく先へ!

 階段まで戻ると瑞穂ちゃんが、ヨシさんの襟首掴んで飛び出した。


 「このまま皆を連れて屋敷の外へいけ! すず、行くぞえ」


 わたしもそれに続いて階段を上る。目指すは屋上の見張り台。

 屋根の上に出ると、建物の向こう、広場に面した辺りにやぐらが建ってた。

 幸いオバケの姿は見えない。

 急いで走り始めたその時、いきなり目の前の屋根が下から弾け飛んだ。

 そこからさっきの鬼が、大きな頭をにょきりと突き出すと、さっさと屋根によじ登ってきたんだ。ぎょろりとこっち見てる。

 

「またお前かや? しょうこともない。これヨシよ。そなたの魔術とやらでなんとかしてみせい」


 瑞穂ちゃんが言い終わる前に、意外にもヨシさん、そのつもりになってるらしい。右の拳を軽く前に出して、半眼にした目で鬼を睨み、口の中でなにやらブツブツ言ってる。

 すると、拳の前の空間に野球ボールくらいの、溶けた鉄みたいなオレンジ色の光が現れ、それを気合とともに鬼に放った!

 おお? なに? いけるんじゃない!?

 でもすでに鬼も動いていて、たったの二歩ですぐそこまで来てる!

 慌てて逃げ出した背中の空間を、凄い音立てて鬼の手が通り過ぎた。

 逃げながらヨシさん、またオレンジボールをつくりだして、振り向きざまに放った!

 今度は見てたけど、オレンジボールは、ヒュンと飛んでポテンと落ちた。

 パチンとはじけて消える。

 屋根がちょっと焦げてた。


 ???


 これ、なにやってんの?

 屋根の上を走り回りながら、ヨシさんを見ると、またまた同じことやってる。

 けどオレンジボールが照らし出した顔は、汗だくで真剣そのものだった。

 なに? 当たれば凄いってこと?

 

「なにをやっておるか!」


 逃げながらも瑞穂ちゃんは、火童を鬼の顔の周りでぐるぐる飛ばして目眩ましさせてる。

 その間に屋根を大きく回りこんでやぐらに向うけど、鬼は虫を払うように両手を振り回しながら追っかけてきた。

 ヨシさんが踵を返して、鬼に向いながらオレンジボールを放つ!

 ポテンと落ちてパチンと消える。

 そしてヨシさんは、ガクリと膝をついて、倒れた!? 意味わかんないよ!!

 逃げるか助けにいくか一瞬迷ってる間に、鬼はもうそこまで来ていた。

 わああああ~!


 フッと周りの音が遠くなった。

 頭の奥でキーンと小さな音が鳴ってるのだけ聞こえる。

 あの感覚がやってきた。

 アイデア・・? ヒント・・? でも・・。

 どうすればいいかわかった。


 わたしは斜め前に飛んで、伸びてきた鬼の手をかわしながら、髪から髪ゴムを引き抜いた。

 すぐに立ち上がって走る。

 息を吐く。

 一歩・・・。


 息を吸う。

 二歩・・・。


 息を溜める。

 三歩・・・・・ここ!


 横っ飛びに振り向いて、ピシッ!と髪ゴムを鬼の顔目掛けて飛ばす。

 一瞬意識を捉えたはず。

 さらにわたしを追っかけてきていた鬼は、さっき自分が空けた穴の端っこに足をとられて、豪快に体勢を崩すと、そのまま建物の下へ飛び込むように落ちていった。


「すず!」


 サアッと周りの景色と音が戻ってくると、瑞穂ちゃんが駆け寄ってきていた。

 

「大丈夫。それよりヨシさんは?」


 うつぶせに倒れているヨシさんに駆け寄って助け起こす。

 なんで倒れたのかもわからないヨシさんは、うっすらと目を開けて、力なく微笑した。

 これ・・。

 これって噂の! 「僕は大丈夫だ、先にいけ」顔だ!


「ぼ、ぼくは・・」

「風の魔法具ってどう使うんですか!」

「・・・祭壇の上に箱みたいに蓋がしてある。それをはずすだけ・・ぼくは・・」

 

 すぐに瑞穂ちゃんと一緒にやぐらに走った。


 梯子を上るといわれた通り、小さな祭壇が設えてあった。

 その上の箱を持ち上げると、虫かごみたいなものの中で、暗い緑色の光がくるんくるんと回ってるの見える。

 これかな? でも躊躇してらんない! 


 わたしはポッケからスマホを取り出すと、ちょちょんと操作し、魔法具にかざした。


『コッケコッコ~!』


 風に乗って、高らかに、その声は響き渡った。

 何度も、何度も、広々と・・。


 下を見ると、広場の一角、円い結界の中からムスヒちゃんとかがりちゃんが、大きく手を振っていた。真砂ちゃんが丸まってるのも見えた。

 わたしたちも大きく手を振って応えた。



■ ■ ■ 


 

空を渡る鶏の声に、鬼どもはノロノロと宙を見上げた。

宴の終わりを惜しむでもなく、ただ粛々とその身を仕舞いはじめる。

あるものは霞の如くぼやけて消え、あるものは地中に潜り、あるものは何処へか立ち去り、いくらも思わぬうちに、鬼の姿は見えなくなった。

残ったのは、今さらながらに漂う血の匂いと、罪のないただの夜。

そして抱き合い、飛び跳ねて無事を喜ぶ少女たちの姿であった。




日の出前。ようやく空に青の粒子が増え始めた薄明かりの中。

村の人が用意してくれた大きな幌馬車に、すずたちは眠い目をこすりこすりフラフラと乗り込んだ。

荷台は、うまく位置を合わせれば、五人がなんとか横になれるくらいの広さで、毛布が何枚も敷き詰められていた。

昨夜の騒ぎで逃げおおせた兵士が戻ってくる前に、魔女が住む町まで送るという村長の申し出を受けたのである。


「直接面識はないがの。なんでも町にいる魔女さんは、誰でも気軽に相談に乗ってくれるそうだ。わしの娘に案内させるでな。どうか魔女さんを頼ってみてくだされ」


そういって娘さんと魔女への紹介状。さらにわずかながらの金子をもらった。


まだ早い時間だというのに、もう村のあちこちから作業の声や音が届いてきている。

地脈が枯れた以上、生育中の作物も少しでも実の付いた先から刈り取ってしまわないと、地に吸われてしまうため作業を急いでいるのだという。

それでも何人か、様子伺いにきていたが、簡単な事情を聞くと深々と礼を述べていった。兵士たちの騒ぎに、村人達も不安な一夜を過ごしていたのである。


瑞穂は眠そうな小さな目で、地脈が戻るまでは夜から日の出までの外出を控えること、できれば出入り口に盛り塩をすることを伝えるとコテンと眠ってしまった。


イルの家は完全に焼け落ちてしまったが、さして落ち込んでいるようには見えなかった。何十年かに一度くらいは村でも火事があるのだそうだ。


「新築できるようなイイ男捕まえなってサオのお尻を蹴っ飛ばせるよ」


そう言って陽気に笑うと、パンだのチーズだのをどっさり持たせてくれた。

サオからお礼にと渡されたのは、小さなスコップと袋に入った灰だった。

トイレの時に地面に撒く、虫除けの灰なのだそうだ。


「やっぱりこれがスタンダードなんだ・・」


すずは、内心がっくりと肩を落としながらも、笑顔でそれを受け取ったのだった。

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