第5話「 ヨシャー! 」


 瑞穂みずはさんがいうには、鬼は普通にそこら中にいるんだって。

 でもそういうのは、暗くてじめじめしてる『うろ』と呼ばれるところが大好きで、ちょうど地脈が切れて空っぽになったこの辺りは上質(?)な虚の真っ只中にあるんだって。


 だから今まさに大挙して押し寄せてるそうだ、うわ~。

御器噛ごきかぶりにそっくりじゃ」って笑ってたけどそれってGのことだよね。おばけよりそっちのが怖いんだけど。

 でも、夜の間しか出てこないし、戸締りした家の中にいればなんともないらしいから、サオさんにいって村中に伝えてもらった。サオさんに危険はないのか聞いてみたら、鬼は「邪なもの」が好きで、素直で明るい者は『見えないし近づいてこない』そうだけど・・。


「じゃあ、素直で明るくても見つかっちゃったらどうなるの?」

「そりゃ食われてしまうかの」


 しれっと怖いこという。大丈夫かな?

 詳しく聞いてるうちに、『鬼』といわれて思い浮かぶ、角が生えてて虎のパンツ履いてるステレオタイプのヤツのことではなく妖怪とか幽霊とかのが近いらしいと察したんだけど、妖怪か・・。

 マンガやアニメで見てた限り、わりと人間と仲良しになるファンシーなイメージあるけどな。あ、でも悪いヤツらもいたかな? いたような気がするな。 


 かがりさんは神妙な顔で、ムスヒさんは「ふーん」って感じにしてるけど、真砂まさごさんだけは唇噛んで顔色が悪い。


「ねえ。ホントに家の中には入ってこない?」

「呼ばればくるし、戸を放っておいても入ってくるらしいがの」

「・・・・じゃあ戸締りしてればホントに大丈夫なんだね?」

「おそらくはの」


 そういってランプに近づくと、アチアチいいながらすすを指で拭う。

 なにを始めるのかと思ったら、その指で床に『火』みたいな字を書いて、ブツブツいいながら周りをぐるぐるなぞり始めた。

 すると『火』みたいな字は、端から紙が燃え出すように小さな炎を上げてめくりあがり、ピンポン玉くらいの火の玉になって床から浮き上がった!


「おお~!」

「ぎゃああ!」

「ぐっ!」


 真砂さんが飛びついてきてアゴに頭突きをくらった。ちょっと痛いよ!

なにすんの!


「お・・おまえ、お前なにしてんだ! 早くしまえそれ!」

「ん~?」


 瑞穂さんは全く取り合わず、それを嬉しそうに手の平で転がす。


「熱うはないのですか?」

 

 興味深く覗きこむかがりさんに、にやりと笑い返すと、何気ない仕草でその手に火の玉を放り投げた。


「うわわわ!」

 

 思わず受け取ってしまったかがりさんは、慌てて手の平の火をポンポンしたけど、首を傾げてポカンとして。そんで「熱うない」とつぶやいた。

 ムスヒさんに抱かれたピピカちゃんもキャッキャと喜んでる。


「わしの式での。火童ひのわらという。こやつで鬼どもを髭に案内あないさせるのよ」


 そういって、ふふふ・・と優雅に笑った。

 

「ねえ、瑞穂さんって何者なの?」

「わしか?ただの姫じゃ」


 ただの姫! 姫はただじゃないよね? っていうか自分で姫っていう?


かかもおらぬし、てては女のところへ行ったまま戻らぬでな。家人を説き伏せて好きにしておるのじゃ。陰陽寮に出入りしたり歩き巫女についていったりの。この装も男前にしてれておったのじゃ。どうじゃ、面白かろうに?」


 ???

 もっとわかんなくなった。



■ ■ ■



夜とはこんなにも静かなものだったろうか?

すずは、飲みこむつばにも気を払いながら、通りを見下ろしていた。

ただ、音を立てるものがいないという以上に、得体の知れない幕のようなのものが、そこにある静寂の上をさらに覆い、その静寂をも食んでいるかのような不気味さを含んだ夜であった。


灯りを落とした屋根裏の連子越しに見えるのは単なる暗闇だけでなく、薄く届く星明りの下、家屋から門までの小路と庭。柵の向こうの通り。さらにその向こうにある雑木林の輪郭がぼんやりと見える。

右手側、通りを下ってしばらく進んだ先に軍の兵舎があるという。

風の具合によるのか、時折そちらから小さく灯りがちらほらと届く。


納屋から抜け出したすずたちを追ってこの家にも二度、兵士がやってきたが、兵舎の給仕の仕事もしているというサオのおかげか、屋根裏まで捜索されることなく無事ことなきを得た。

他の村人が逃走の跡を偽装し、見事に兵を分散させたのも功を奏したのだろう。

先ほどまでは、松明を掲げた騎馬や兵士が何度となく往復していたが、今はただ静かである。


すずの隣には瑞穂、ムスヒ、かがりがうつぶせになって同じように暗闇に目を凝らしていた。

真砂だけは「ピピカをみている」と頭から毛布を引き被って隅で丸まっている。


「では、いくかの」


通りの気配を慎重に見ていた瑞穂が、懐から取り出した火童を窓から無造作に放つと、思いのほか明るく光りながらフワリフワリと宙を渡り、通りの上で小さく上下に揺れているのが見て取れる。


「ねえ。鬼はホントに人を食べちゃうの?」


揺れる火童を横目に見ながらすずがこしょこしょと問えば、ムスヒもかがりも瑞穂に目を寄せた。


「耳にするところではの。なんでも骨も衣も残さぬそうだえ」

「ホントに食べちゃうんだ・・・・ね、やっぱりやりすぎじゃないかな・・」

「うつけはおらぬが世のためじゃ。ほれ、きおったぞ声を出すなよ」


見れば、通りで揺れていた火童が、ゆっくりと右手に移動していくところだった。

その後ろにおっかなびっくり目を凝らす。

瑞穂の向こうから息を飲む気配が届いてきた。

隣の瑞穂は、じっと視線を動かさない。


「?」


何も見えなかった。ただ火童が道の先に消えて行くのが見えたきりである。

しかし隣の3人はいまだ微動だにせずじっと気配を消しているため、すずは動くに動けなかった。


「ねえ? もういるの? 何にも見えないけど・・」


瑞穂は右手の指先で、すずの眉間をちょんと突いた。


「そこで見てみよ」

「ん~?」


言われるままに両目と眉間に意識を向けて、今一度暗闇に目を凝らしてみる。

やはり何も見えない。

小首を傾げて、眉を寄せたその時、不意に違和感がやってきた。

なにもないはずの場所になにかある。いや、なにか居るという感覚。

闇が、闇以上に暗くあって、それがどこからか生理的な悪寒を呼び覚ましてくる。胃が縮まっていく。

黒板に、曲げた指を近づけるという行為が、すみやかにあの嫌な音と感触を想起させる感覚に似ていた。


そして、それが見えた。息を飲んだ。心臓が跳ね上がった。


あれはダメだ。

あれはいけない。

あれは本当に人を食べてしまうものだ。

すずは、直感で理解していた。

うつ伏せの姿勢のまま、ゆっくり後ろへずり下がると、毛布を引っつかんで真砂の隣に滑り込む。

真砂が喉の奥で悲鳴を上げた。


「すずです・・ごめんさい」

 

すると毛布の下からバタバタと床を引っかくように伸びてきた手が、すずの手を探り当てると、もの凄い力で握りしめた。

真砂は丸まった体全体でガタガタ震え、ヒッ。ヒッ。としゃくり上げながら小さな声で「オバケ怖いよぉ」と繰り返していた。

すずも真砂の手をしっかり握り返すと毛布をかぶって隣にひっついた。

そして考える。


すずにとって、人が食い殺されるなどと、まるで想像もできない事である。

今、それを導いているのは「人を食わせよう」としている無邪気な意思だ。

それが成されるのがわかる。

武力を嵩にすずたちを捕らえ、今そこへ引き戻そうとしている連中に、ただ人を食いたいと欲するものを導く。

瑞穂が成すのではない。それを望む者、止め立てしなかった者全員が成すのだ。

皆、一時は解放されるのだろう。すずたちだけでなく、ヨシや村の人たちも。

しかし、それをしてしまっていいのか?

ピピカを護るということに、ただ準ずるのならば是非もない。上策だとすらいえるかもしれない。


――でも・・。


すずは唇を噛んだ。

恐怖と葛藤に悶えながら、知らずの内に涙が溢れていた。


そこへ「エッキ、エッキ」と小さな泣き声が、ぐぐもって届いてきた。

瞬間、すずの涙も、真砂の震えも止まる。

すずが体を起こすと、同じように体を起こした真砂の腕の中で、ピピカがぐずりはじめていた。

そっと手を伸ばすと、ピピカも真砂もジットリと汗ばんでいるのがすぐに知れたが、かまわずピピカのすべらかな頬を撫でる。


するとピピカは小さな両手ですずの指をしっかと掴み、ハプリと口に含んだのだ。

リズミカルに、驚くほど力強く、ピピカの温かい口唇が指先を吸う。

真砂と暗闇の中、パチクリと目が合ったのがわかった。

先ほどは、もらった牛乳を綿に含ませて与えたみたが嫌がって泣き出していたのだ。

匙で少しづつ与えても、全て吐き出した。

今、すずには、その理由がわかった。

すずの中の何かが、ピピカによって吸われているのだ。

吸い出されていくのが実感としてわかる。しかし嫌な感じはしない。

むしろ、与えているという満足感とともに、出て行く倍量の温かな何かが、すずの中に湧き出してくる。

これがピピカの『食餌』なのだ。このために自分達は呼ばれたのだ。

ホッとする理解とともに、頭の奥が痺れだすような恍惚があった。

そしてもうひとつ。

すずがはじめて認識する、『覚悟』という気の位を感じていた。


「瑞穂。やっぱりやめよう」


静かな声が、闇を透った。



☆ ☆ ☆



 わたしたちはピピカちゃんを囲んで、小さな円になって座った。

 真ん中にお座りしたピピカちゃんは、火童と遊んでる。

 暗い中でよく見ると、火童には顔があったんだ。

 ピピカちゃんの前でフワフワ飛んでるだけだけど、時々ピピカちゃんがケトケト笑うのは、もしかして百面相でもしてるのかもしれない。

 

「どうしたんじゃ、すずよ。もう半ばも行けば終いじゃったというに?」


 瑞穂ちゃんが、さして惜しげもなく火童を呼び戻してくれたのは嬉しかった。

 それに、かがりちゃんもムスヒちゃんも、作戦中止したことに、安心してるみたいに見える。


 わたしは、火童に照らし出されたみんなの顔を見回して、軽く息を吐いた。

 ちょっと緊張するよ、あはは。


「あのね。確かにね。あの人たちをオバケに食べさせちゃえば、わたしたちも助かるっていうのはわかるよ。仕返しだってしたいし・・」

「うむ。さぞや胸のすく思いがあったと思うぞ。わしは、うつけどもが身悶えするのが大好きじゃ」


 瑞穂ちゃんが、花のように笑いながらいう。

 わたしは苦笑でそれに答えながら続けた。


「でもね・・でも。わたし思っちゃったんだ・・。わたしたちは三ヶ月だけピピカちゃんのお世話をするってことで呼ばれたわけだけど・・・」


 真砂ちゃんは、はなをすすりながらも、じっと聞いてくれてる。

 あの髭の人にマシンガンみたいに毒吐いてた人とは思えないくらいに、泣きつかれてシオシオになってるけど、いちいち頷いてくれてる。


「ただお世話するってだけじゃなくって、わたし・・わたしは、たった三ヶ月の間だけでも、ピピカちゃんのお母さんになりたいんだよ」


 ピピカちゃんは、カプっておてて咥えながら、キョトンとこっち見てる。

 いいっていってくれるかな?

 でも、なりたいんだ、わたし。


「わたし・・お母さん・・いないから、よくわからないけど・・もし自分のお母さんが、自分や子どものためっていっても、それで人を殺しちゃうなんて絶対ダメだと思う! だから・・ピピカちゃんのためにも。仮のお母さんでも。そんなことしちゃダメだよ・・・」


 みんな黙っていた。

 洟をすする音だけが聞こえた。

 でも、そこに否定的な雰囲気はなかった。


「わたしも・・」


 真砂ちゃんが下を向いて、ヒグヒグスンスンしながらいった。


「わたしも、お母ちゃんいないけど・・すずのいうことはわかる・・・」


 かがりちゃんは、その顔を優しく見つめると、


戦場いくさばなれば此方を用いず敵方に攻め入るじょうの策であり申したが・・わたしとて母知れずの身。戦に臨むよりピピカの母になりとうございます」


 瑞穂ちゃんは、面白そうにみんなの顔を見ていた。


「さて、わしに母があったれば、なに思うことなく鬼ども使うてあやつら喰い散らかしておろうがの。それがピピカが為んならずば是非もなしよ。わしとてピピカが愛おしい」


「わたしも母無し。みんなと同じ。みんなピピカのオカアサン!」


 ムスヒちゃんが、ニコニコしながら、ヒョイとわたしの手を取ってきた。

 みんな顔を見合わせながら、それぞれに隣の手を取る。

 決まりだ!

 みんなピピカちゃんのお母さんだ!


 ピピカちゃんが、「ェイ~!」って両手を上げて笑った。

 嬉しい。とっても!

 さあ、こうなったらなにがなんでも無事に逃げ出して、絶対ピピカちゃん護るぞ!

 ヨシャー!

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