第2話「 ぅいっ! 」


「もし・・」

「ぅいっ!」


 びっくりしたー! 

 爪先までビクンと反り返って浮いちゃったー!

 慌てて振り向くと、着物を着た女の子が上げかけた手を前に出して、困ったような顔でこちらを見ているところだった。


「あ・・あ・・?」


 固まったまま、目だけ横に一往復。なんだか、女の子がお風呂屋で働くアニメの悪役みたいな声が出てた。

 人がいた。 四人・・。みんな女の子。


「大丈夫ですか?」


 着物の人が注意深い足取りで近づいてくる。

 後ろへ下がろうとしたけど、なに!?足が動かないよー!

 上半身だけ仰け反らせて両腕を前に突き出していた。


「ややややや・・」

「どうか、落ち着いてください」


 えー!

 いやー!

 なに?なに?なにがどうなってんの?

 なにがなにやらさっぱりわからない!

 ワタワタ混乱してたら今度は別の女の子。ミニのワンピ着た人が、後ろに手を組んだままヒョイヒョイと前にやってきて、ニッコリ笑った。

 続けてオーバーな仕草で深呼吸。体を倒して吐く、後ろへ戻しながら吸うを、こっち見ながらにこやかに繰り返すのでとにかく真似してやってみるけど、吐くたびにハブー、ハブーって変な声が出た。


 ハブハブいいながら周りを見渡すけど・・・どうにも・・・なんでしょう?

 部屋の周りは石壁に囲まれていて学校の教室くらいの広さで、ガランとしてる。

 窓・・。窓が二箇所。えーと隅っこに机が寄せてあって、えーとえーと、わたしは木ノ内すず。12歳。えーそれからー・・・・。

 女の子たちはみんな、少し年上・・かな? それぞれが見慣れない格好。


 わたしの前でニコニコしてる人は、確かにミニのワンピだけどよく見ると、これワンピ?

 服というより真ん中に穴を開けた布から頭を出して、お腹のところで紐で縛ってあるだけ。足にはなんにも履いてない。思い切り裸足だよ。


 着物の人は、まあ着物だけど、なんていったっけ? 着流し? 時代劇に出てくる町のお侍さんみたいな感じの藍色の着物。

 長い髪をポニーテールにして優しそうなお姉さんって感じ。


 ちょっと離れて興味深そうにこっちを見てる人は、巫女さんの格好。ただ、頭ににょろーんと長い黒い帽子みたいなのが乗っかってる。巫女? 

 なんかちょっと違う気がしてきた。腰に刀差してるし・・。


 一番離れたところで斜に構えて腕を組んでる人の格好はよくわからない。

 膝下のワンピースに太目のベルト。釣鐘みたいな帽子をすっぽり被って、髪はショート。だけど、もみあげのところが前にピョリンとカールしてる。

 いいのか悪いのかセンスそのものがわからない。


 そこまで観察してようやく頭が落ち着いてきた。ふうううう。ふううう。

 大丈夫かわたしよ! ひときわ長く息を吐いて、もう一度ふうっと息をついてやっとどうにか顔を上げる余裕ができた。 

 とにかくとにかく、あ、あいさつ。あいさつからいきましょう!


「あ、の・・。おはよう・・ございます? こんにちは・・?」


 前にいた三人が不思議そうな顔をする。あれ?


「あの~。みなさんコスプレかなにかですか?」


 三人の顔に困惑の表情が。

 いやいや。 いやいやいや! そんな顔しないでー!  

 とっかかり! とっかかりですからただの。

 ついてきて! もしくは連れてってよ。


「こりゃまたミョウチクリンなのが来たねえ」


 向こうでモミアゲピョリンの人が気だるそうに言った。

 ミョウチクリン? なんだかわからないけど馬鹿にされた? 一番わからない人に? でも、これに乗ってみる? 笑っとく?

 そんなこと考えてたら、巫女の人が扇で口元を隠しながらころころ笑って、優雅な仕草で背を伸ばした。


真砂まさごというたか? ミョウチクリンが何かはわからぬが、そなたも随分な風体じゃぞ」


 たちまちピョリンがいきり立った。でも、思い直したように右手を顎に、その肘を左手で支えて、「フン」とポーズをとる。

 演技派? でもいまいち決まってないなあ。


「あんた先端の流行知らないわけ?やっだおっくれってるぅ。デモクラシーに乗れなかったのね。モダンがわからないなんてかわいそ」


 ???

 ホントにわかんない。なに言ってんのこのヒト? リュウコウって流行? そんな風に使うかなあ?


「ふむ。わからん」

「あのねえ・・」


 あっけらかんと答える巫女の人に、肩をいからせたピョリンはズカズカと詰め寄った。  

 でも着物の人がその間にスルリと入って、まっすぐな視線で二人を見すがめる。 

「おのおの方、そのような詮議をしている時ではありますまい。皆、ナギ殿の力になるべく参じたのでございましょう?素性の知れぬ者同士とはいえ仲たがいなど無用に」


 おお、カッコイイ!

 ワンピモドキの人が「わー」っていいながらニコニコ笑って拍手した。

 こっちはなんか平和な人だ。

 しかし、これホントなんなの?台本も持たされずにいきなり演劇中の舞台に放り込まれたみたいだよ。あん? 舞台? あ!あ、そうか!


「なーんだこれ、ドッキリですか!」 


 安心したら、急におかしくなった。な~んだ。


「アハハハハ! すごいなあ! これ全部セット?」


 石壁をコンコン叩いてみたり、改めて天井を見上げてカメラを探す。

 そりゃすぐ見つかるところにはないよねえ。


「へええ、すっご~い。カメラどこですか?」


 しかし、なんでまたそこら辺にいるただの中学生なんぞにドッキリを?

 誰かが勝手に応募したのかな。おばあちゃん?

 ああ、もうすぐ誕生日だからかな。サプライズかな?

 もしかして窓から覗かれてたりしてたのかな。やだよ、も~。

 少し高い位置にある、ガラスの嵌っていない格子の窓から外を覗いて見ると・・。

 うん?

 ずざっと振り返る。

 四人は呆気にとられたような、怯えるような目でジッとこっちを見てた。

 もう一度、窓の外を見る。

 ・・・森?

 部屋の反対側の窓へ走る。やっぱり森だ。


「は?・・へ?」

「そこもともナギ殿に招かれたのではございませぬか?」


 知らないうちに着物の人が、上から心配そうに覗き込んでいた。

 気がつきゃ床の上にペタンとへたり込んでいたわたし。


「ナギドノ?」

「左様」


 ナギドノだかウナギドノだかには全く覚えもございませんが・・。 


「これってどういう!」


 着物の人の裾を手繰り寄せて叫びかけたわたしの前に、フワリと淡い光があふれ出した。

 今度はなんですかー!



■ ■ ■ 



見れば床全体が光っていた。煌々と。

驚いたすずは、握っていた着物の裾を思い切り引っ張ってしまい、引っ張られた着物の主は、勢い余ってすずの上に倒れこんでしまった。


「こ、これ!引っ張るでない!」

「ういいいい~!」


すずは、のしかかられながらも一向に裾を離さないまま床に丸まってしまったので、着物の少女は床に膝をついて、はだけそうな着物の合わせを何とか手で押さえていた。


「これ!大事ない、安んじ候へ」

「やだ~!」

「大事ないと申すに!」

「うあ~ん!」


着物の少女の言葉は届く気配もない。

仕方ないと溜息をつきながらその場に膝を折ると、裾を握りこんだすずの肩に優しく手を置いてポンポンと叩く。


「ほれ、もう収まり申した。ご自分で確かめなさりませ」


ようやくすずは、そっと首を傾げて部屋の中央を覗き見ることができた。

さっきまで居なかったはずの、白いローブを着た女性が、心配そうな顔ですずに近づいてくるところだった。

床に丸まったまま女性を見上げたすずは、キョトンとした目でその姿を見つめる。

その隙にようやく裾を取り返した着物の少女は、やれやれと乱れを直した。


「驚かせてしまいましたね。ごめんなさい、すずさん」


女性は片膝を折って、すずの背中にそっと手を乗せた。温かい手だった。


「よくおいでくださいました。ありがとうございます」

「・・・」


女性を見つめていたその顔に突然理解が跳ねた。ガバっと体も跳ねる。


なぎさん!」


和と呼ばれた女性は、月のようにたおやかな顔で、嬉しそうに微笑んだ。



☆ ☆ ☆



 そうだよそうだよ!和さんだよ!ハッキリ思い出した。バッチリ知ってる人だよ。

 どこの誰だとか、どこで会ったかなんて全然覚えてないけど・・そうだった、思い出した。


「ベビーシッターするんですよね」


 和さんは、ふんわり笑って「どうぞお願いします」と頭を下げた。

 その胸に小さな白い毛玉を抱えている。と、その毛玉がこっちをむいた。

 パチクリと目が合う。


「かわいっ! か、可愛いイイ! 可愛いい~!!」


 赤ちゃん!

 白い着ぐるみ着た赤ちゃん!

 

「ピピカといいます」


 和さんが、腕の中で赤ちゃんをこっち向きに座らせる。

 うあ~! 可愛い! ちっちゃい! なんか手のひらに乗りそうだよ。

 赤ちゃんってこんなにちっちゃいの!?

 ポケットにヒョイって入っちゃいそう!


「ほう。なんと美しい」

「かわいーデス」

「愛らしゅうございますね」

「へええ。可愛い子だね」


 みんながわらわらと集まってきた。

 も~! ちょっとこれ! 

 我慢できなくてプルプルしたほっぺに震える指をそっと伸ばす。するとピピカちゃんは奇跡のようにちっちゃな両のおててで、わたしの指をペタペタと挟んだのだ。


「ぎゃああ~!」


 悶絶。

 もう悶絶! 

 可愛いボムのあまりの破壊力に、わたしの心はチヂに吹っ飛んだよ。

 かわいいは正義?いや、かわいいは真理だ!かわいいは神だよ!



■ ■ ■



クロスが敷かれた大きなテーブルを囲んで、お茶を飲んでいる。

腰掛けているのは、椅子ではなく切り株である。樹液が滲んでるところがあるところからみて、まだ設えて間もないのであろう。天板部分に板が渡してあるのは樹液で服を汚さないためのものと伺える。

お茶のカップは五人の分だけ新しく、カップの隣には着替えの服と和と同じようなローブが畳んで置かれている。

広げて見てみたすずは、思わず閉口した。

随分荒い生地でできたその衣装はツギハギだらけで、正直これを着るのかと思ったのだが、よくよく見ればその修繕のひとつひとつはとても丁寧で、優しさや気遣いがぎゅっと詰まってるように感じられた。

多分、あまり裕福な暮らしではないのだろう。

掃除の行き届いた室内は、装飾品など皆無だし、壁も不恰好に歪んでいるところもあれば、枯れ草がねじり込んであるところもある。

お茶は香りが薄いし、お茶受けもナッツと干した果物が少しあるだけだった。

それでも、室内は清浄な雰囲気に満たされていて、日々の手抜きの気配がない。

貧しくとも清廉な心根で暮らしているのであろう、和の姿勢が不思議なくつろぎを醸しているようだった。


―― 日曜日みたい。


窓から入ってくる柔らかい日の光と、森の香りを含んだ風がゆったりと部屋の中を回っているように感じられる。

遠くに鳥の声。

日曜の昼間に感じる、日常とは違う穏やかな空気の気配とよく似ていた。

カップから口を離したすずは、うっとりと目を閉じて、その気配を呼吸する。

心地よかった。



和は、自分は魔女であると切り出した。

和の話が進むごとに、すずはここに呼ばれたわけを思い出していた。

この世界は、すずの暮らしていた世界とは異なる場所――異世界なのだ。

そして和は大規模な『星の調整』のためにこれから三ヶ月の間、夫と共に『星に潜る』のだという。

その期間、すずたちにピピカの世話を頼みたいと、そういうわけなのだ。



☆ ☆ ☆



 ココに呼ばれたわけ、すっかり思い出したけど、それでもエライこと引き受けたもんだと、今さらながらにちょっと思う。

 でもまあ五人もいればなんとかなるかな。

 きっちり元いた時間と場所に戻してくれるっていうし。なにしろなんだか楽しくなってきた。

 森での生活ってどんなかな? 童話とかテレビのドキュメンタリーでしか見たことないな~。バンガローに泊まるキャンプみたいかな?

 お風呂はあるかな? ドラム缶・・は、ないか。

 内心ウキウキしてるのに、和さんはなんだか申し訳なさそうにしてる。

 しかしキレイな人だなあ。大人の年齢とかよくわからないけど、きっとまだ20代だよね? 化粧っ気も一切ないのに顔のパーツひとつひとつがクッキリしててバランスも素晴らしく整ってる。知性的で大きな目。クセの少ない見事なブロンド。涼しげな声。

 女のわたしから見てもうっとりしそう。これでお母さんか、すごいなあ。


「なぜ、みなさんでなければならないのかというと・・・」

 

 丁寧に説明を続けている和さんをぼーっと見てたら、和さん、突然口をつぐんだ。

 眉間に皺よせて固まっている。


「どうされました?」


 着物の人――。 かがりさんが訊ねたけど、そのまま動かない。

 動かないっていうか、何か遠くの音に必死に聞き耳立ててるみたいに見えるけど? なんかあった?

 見れば巫女の衣装の瑞穂みずはさんと、ワンピモドキのムスヒさんも訝しげな顔でキョロキョロしてる。

 モミアゲピョリンの真砂さんと目があったけど、真砂さんは手のひら上に向けて肩をすくめてみせた。


「そんな・・」


 和さんが、搾り出すような声でつぶやいたその時、異変が起こった。


「わっ!!」


 一瞬・・。

 ほんの一瞬だけどわたしはその場で

 切り株の椅子もその下の床もそのままだったけど、座ったままの姿勢で確かに落ちた!

 慌てて床を踏みしめて膝頭を握り締めるけど・・・。なんともない。あれ?

 でも確かに落ちたよ。浮遊感があったもん。

 

「なに今の!」

 

 真砂さんが、目を剥いて叫んだ。

 他のみんなもキョロキョロ慌ててる。やっぱりそうなんだ。気のせいじゃない。

 見ると和さんは、真っ青な顔をして唇を噛んでいた。


「なんてことを・・・」

「和さま。今のは?」 

 

 立ち上がった瑞穂さんに、和さんは震えながらゆっくり目を向けた。


「地脈が・・・裂けました」


 チミャク? なにそれ?

 なんだかわかんないけど、ただ事じゃないみたい。

 立ち上がって窓から外を覗いてみる。特に変わった様子はないけど・・・?

 その時だった。

 とてつもない轟音が襲い掛かってきたんだ。



■ ■ ■



すずの体は衝撃で浮き上がっていた。

思い切りしりもちをついた痛みを感ずる間もなく、石壁がガラガラと崩落するのをギョッとしながら眺める。

それでも、すずは素早く周りを見回した。


「みんな大丈夫!?」


声を張り上げたが、その声も次なる轟音と衝撃にかき消された。

立っているどころか、もんどり打って倒れ、数瞬意識が飛ぶ。

うめきがらも何とか体を起こしたすずは夢を見ているような気がしていた。

飛び切りの悪夢だ。

現実感が遠い。


―― なにが起きたの?


周りを見回すと、やはり悪夢を見ているという思いが、強く真実味をもたげた。

屋根がなくなっていた。

もうもうと埃の舞う中、まだ崩れ残っている壁の先には紺碧の青空が広がっている。

空を見上げたすずの視線を、ぬう、と長い影が遮った。

はるか頭上からすずを見下ろしたそれは、銀色の尖った光を放ちながら暴力のような存在感を浴びせ、圧倒的な驚愕を強要した。

それは巨大な竜の頭だった。

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