第26話「生きがい」

 俺が手をかざした透明な魔法水晶が、眩しい白色に輝いた。

 思わず吃驚した俺だが、ジェトレ村の係員にとっては特に問題ではないらしく、平然と納得したように頷いている。

 恐る恐る係員に聞くと、これはいつもの合図みたいなものだそうだ。

 安心した俺に対して、ジュリアがすかさず解説してくれた。


「トール、凄い魔法は使えなくても人間は皆、魔力を大なり小なり持っているのよ」


「へぇ、そうなんだ」


「うん! これはその魔力を使った村民証の登録作成機なの、人間であれば最初は白く輝く、そして色が変わって行くのだけれど……赤は犯罪歴あり、黄色は指名手配中、そしてこの淡い緑色が村民適性問題無しって事なのよ」


 よ、良く分かった!

 でも、それって……

 凄い装置だな。

 魔法って、何でもあり?

 さすが、この世界はファンタジーだ。


 魔法水晶が、淡い緑になったので係員は「良し」と声を出す。

 彼としては、いつもの通りの結果で終了だと思ったのであろう。

 しかし!

 魔力水晶の輝きはどんどん増している。


「待って! まだまだ水晶の色が変わりそうよ」


 ジュリアが異変に気付き、水晶を引き上げようとした係員を止める。

 慌てた係員も、急いで手を引っ込めた。


「え!? ほ、本当だ!」


 その間も水晶は色を変え続け、結局は濃いエメラルドグリーンになってしまう。

 係員は、さすがに驚きの表情を隠さない。


「こここ、これは……」


「何? トールってどうなるの?」


「い、い、いや! か、彼は普通の人より魔力が、と、とても強いだけだ。は、犯罪歴も無いし、と、特に問題は無いな」


 係員は、嘘がとっても下手なようだ。

 動揺して思い切り噛んでいる彼を、ジュリアが詰問する。


「ちょっとぉ! あんたの態度って凄く怪しいんだけど、本当に問題無いの?」


 怒りの表情で、詰め寄るジュリア。

 それを見ていた門番のカールが、慌てて止めに入る。


「ジュ、ジュリアちゃん。大丈夫さ、あんたの彼は問題無い。本当に魔力が高いだけさ」


「でもさ……それだけでこの人、こんなに慌てないでしょう?」


「ああ、それだが……近年ここまで、魔力が高い人が居なかったからなんだ」


「本当に?」


「ああ! 普通はここまで高いと、ほぼ悪魔族なんだがな。万が一そうであれば水晶は最初に真っ黒になる。そうならなかったから彼、トールは問題無い、セーフ! そういう事だ」


 俺とジュリアは、それを聞いてホッとする。

 『俺様最強』の小説ほど俺はチートではないが、それでも知られたくない秘密はたくさんあるのだから。


 しかし俺が悪魔……族?

 邪神様が改造して俺が悪魔にでもされてたらヤバかった。

 彼ならやりかねないもの。

 もしも最初に黒くなっていたりしたら、本当に危ない所だった!


「じ、じゃあ、特別村民証を発行してやろう。発行費は5,000アウルムだ、先払いだが、良いか?」


 カールに助けて貰って漸く平静さを取り戻した係員が登録料を要求して来た。


 5,000アウルム……大きな銀貨5枚か。

 結構するんだな……

 まあ、これは必要経費だから仕方がないか。


 俺は納得して係員に大銀貨を渡す。

 昔は西洋でも日本でも関所を設けたりしてこういう形で金を稼いでいたからね。


「ああ、確かに受け取った。じゃあ少し待てよ」


 係員は一旦、衝立ついたての奥に引っ込むと直ぐに銀色の薄板カードを持って戻って来た。

 そして濃いエメラルドグリーンの魔法水晶に近づけたのである。

 するとカードがその魔力を吸い込むかのように光る。

 すると、水晶を染めていた色もあっという間に消えたのであった。


 15分後……


 特別村民証を発行して貰い、晴れてジェトレの村民の仲間入りをした俺は村内を歩いている。

 タトラ村とは全然趣きが違うし、ちょっとした観光気分。


 ここは凄く、歴史のある村らしい。

いにしえからある村の造りを、今迄に色々な街や村が真似たそうだ。

 街の中心に円形の中央広場を設け、そこから道路が放射線状に延びて区画を作っている。

 そう言えば、タトラ村も同じ様な造りだったっけ。

 しかしタトラ村と決定的に違うのは村の規模は勿論だが、地面に石が敷き詰められて綺麗に舗装されているのと中央広場を中心にランプのような機械がたくさんある事だ。


「ジュリア、あれは?」


「ああ、タトラには魔導システムが無いからね。あれはそのひとつで魔導ランプ、魔力で明かりを灯すのさ、凄く便利だよね」


 魔導システム?

 そうか、魔力でライフラインを供給する装置かな?

 これが、実際点灯したらどうなるのだろう……

 きっと幻想的な光景に違いない。


「それよりさ、まず宿に行こう。部屋は空いているとは思うけど……念の為、先に確保しておこうよ」


 そうだ!

 のんびりと、村を見物している場合じゃなかったか?


 俺はジュリアに手を引っ張られると、すぐに目的の宿へと向ったのであった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「おう、これがジェトレの宿屋か!」


 俺達が泊るのは村の宿泊施設のランクで言えば中の下という所らしいが、タトラ村の大空亭より数倍も大きい。

 中に入ると、内装も数段綺麗な宿であった。

 ちなみに看板には『きずな亭』と書いてある。


「絆亭か、冒険で一番大切なのは絆って意味かな?」


 俺が思わず呟くとジュリアが「はぁ? 大丈夫?」という感じで俺を見る。


「トールったら! 『絆』って言うのは商人の合言葉さ。戦士や冒険者と違って、基本的に膂力りょりょくが無い私達の最後の拠り所である人との繋がりを意味しているんだ。そもそも、ここは商人専用の宿だよ」


 そうか……

 俺が期待した冒険者用の宿ではなかったのね。


「1階が酒場になっていて荒くれた冒険者達が集う。彼等が酒を酌み交わしている隣に座ってお宝の噂を偶然聞いた俺達。そして血湧き肉躍るクエストに出掛けるとかは……無しか」


「もう! 何、妄想してるの? だから最初からトレジャーハンターは危ないって言っているじゃないか。どうしてもって言うのなら一緒に冒険者ギルドの訓練でも受ける?」


「な、何! 冒険者ギルド? それも訓練? それって何?」


 凄いテンプレ的な展開だが、冒険者ギルドだよ、冒険者ギルド!

 これこそ、俺の聞きたかった言葉である。

 興奮した俺は、思い切りジュリアへ身を乗り出した。


 苦笑したジュリアは、少し腰が引けていた。


「相変わらず『その手の話』に食いつきが良いわね。あたしも受けた事が無いのだけれど、冒険者としてやって行く上での基礎講習と初歩の体術の訓練らしいよ」


「冒険者としてやって行く上での、基礎講習と初歩の体術の訓練!?」


「うん、そう。払うお金は金貨1枚、登録を兼ねたお得なコースなんだって。時間は半日くらいかかるらしいけど今後の為もあるし、トールとふたりで一緒に受けておこうか?」


 うんっ!

 冒険者ギルドのそんな面白そうな講習だったらぜひ受けた~い!


「受ける、絶対に受けるよ、俺!」


 お預けされていた餌を貰った犬のように、俺は勢い良くジュリアに向って頷いた。


「ふふふ。仕方が無いね、トールは。でも講習を受ける事でトールが更に強くなって、あたしは少しでも自分で自分の身が守れればと思うし異論は全く無いよ」


 俺の中で眠っていた中二病的な思いがどんどん目を覚ます。

 それはこの世界に生きる俺にとって、これからの生きがいになる事は間違いない。


 俺はそう確信して、思わず強く拳を握ったのであった。

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