第180話 別れと始まりの詩

『あのさ、サッズ。俺色々考えたけど、もうなるべく早く帰ろうかと思うんだ』


 ベッドなど無いただの宿の物置を片付けて、皆でざこ寝状態で転がっている中、ライカは心声でそうサッズに言った。


『ふうん、いいんじゃないか?俺もあの街が一番好きだぜ?』

『サッズも領主様好きだもんね。なんとなく姿を見るとホッとするよね』

『いやいやいや、そういうんじゃないぞ。ほら、なんだ、あの街はあんまり臭くないしさ』

『あれって、警備隊の人達が見回りついでに松の灰を煮た液を撒いてるからだってミリアムが言ってたよ』

『へえ、なんで他はやらないんだ?』

『面倒だからじゃないかな?うちの街みたいに時間と場所をきっちり決めて巡回をやってる所ってあんまりないみたいだし』

『小さい街だからやりやすいんだろう』

『どうかな?この街なんか大きさ的にはあそことそう変わらないけど、凄くあちこち汚いし。ネズミや犬やイタチとかがいっぱいいるし、んー、いや、なんか話がズレた。だからさ、明日にはみんなとお別れしようかな?って』

『元々ハトリが家族と合流するまでの予定だったんだからむしろ遅いぐらいだろ。いいんじゃないか?とにかくこの窮屈な状態から開放されるんなら万々歳だ』

『サッズって言い回しが人間っぽくなったよね』

『そっか?まあなんでもいいだろ、話はわかったからもう寝ようぜ』


 そう言った瞬間にはもうサッズは寝息を立ててしまっていた。


「はやっ」


 ライカは呆れて思わず呟く。

 しかし、ライカにもなんとなくわかってはいた。

 エールの薄い食事、人間の雑多な思考が飛び交う狭い街。

 それら全てがサッズの力を奪っているのだ。

 そのせいで疲れやすくなっているのだろうと。

 竜は外からのエールの供給が止まるとしばし冬眠のような状態になって自らの体内の竜珠の生産性を上げることがある。

 サッズの今の状態は、そこまで行かずとも使う分より補うほうに体力を振り分けたいという体の欲求から来ているのだと思われた。

 なによりサッズはまだ幼体であり、成長のために沢山のエールの備蓄を必要としている時期なのだ。

 そんな心配に、ライカはそろそろサッズが『家』に帰るべきではないかと思っている。

 だが、その一方で、やはり別れを寂しく思う気持ちがあって、自分からそうと言い出せないでいたのだ。


(別れか……)


 改めてその言葉を噛み締める。

 今、一緒に過ごしている人達。

 旅芸人の一家のみんなは、当たり前のようにサッズの本当の姿を受け入れた。

 彼らの考え方は一風変わっていて、世界に起こる全てのことを何かのしるしと受け止めているのだ。

 だから疑うのではなく、その意味を知ろうとするし、どうにかしてその出来事を伝え残そうとする。


『この世に織り成す出来事は例えれば固い種のようなもの。適切な苗床と時期と土と水と風と陽、そして魂を得た時に、萌芽の時を迎えやがて花開く。大事なのは、その種子がどこからやって来て、今どこにあるのかを記録しておくことなのだよ。そうすれば人は未来を知り、過去を知り得る』


 ダイダボの言葉は難しく、ライカには完全に理解することは出来なかった。

 ただ、わかった事もある。

 彼らがとても世界と自分達の生を愛しているということだ。

 そんな彼らと過ごす日々は、ライカにとってとても貴重な物だった。

 そして、本音を言えばライカは、サッズをもう暫く彼らと過ごさせてやりたかったのだ。

 サッズも彼らを気に入っているようだったし、何より竜でいても誰も気にしないということでサッズは自由と安らぎを得られる。

 だが、ライカにはどうしても気になることがあった。


 僅かな疑いだけで躊躇いもせずに一つの集落を焼き、自らの欲のために事実を曲げて人を狩る為政者。

 それは余りにも容易く行われ、それを罰する何者も存在しないようだった。

 その事実に、ライカは全身が総毛立つような怖さを感じる。

 そして、それをどうにかすることを自分が出来ない無力さも感じた。


「領主様はどう思うんだろう」


 一刻も早く、それを尋ねなければならない。

 そんな強迫観念のような思いに、ライカは駆られていたのだ。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 翌朝、ホクホク顔の酒場の主人から振るまわれた、シチューという名の味の濃いスープと、固くぱさついたパンで腹を満たした一行は、引き止める主人をにこやかに振り切って出立した。

 いつの間にか小型の馬車も手に入れ、一緒に逃げ延びたロバがそれをのんびり牽いている。


「へえ?いいんじゃないか?お前らみたいな世間知らずなガキ共がそこいらをウロウロしていたら、いつか必ずずる賢い連中にとっ捕まって利用されるだけだしな。早く安全な場所へ戻ったほうがいいぞ」


 ライカが別れを切り出すと、ハトリは軽く眉を上げてそう言った。


「ハトリにい寂しくなるね。泣いちゃだめだよ」


 そんなハトリの手をセツが優しく握ってそう慰める。


「誰が泣くか!野郎ばっかでつるんでもウザイだけだからな、清々するよ」

「次は女の子を連れてくるつもりなら、あたしがセイサイですって説明しておいてね」

「ちょ、セツ!……メレン!お前また変なことをセツに教えただろ!」

「えー、何のことかなあ?あたしじゃないよ。だって、あたしは浮気は絶対許さないもの」

「お・ま・え・自分は男漁りするくせに、相手にはそれか!?」

「別に好きで男にウリをしてる訳じゃないからね、お・し・ご・となんだし、その辺がわからないような唐変木とは一緒にならないよ、あたしは」


 メレンとハトリの二人が何やらいかがわしい会話をしている横で、グスタが真っ赤になって「あー」とか「うー」とか呟いていた。

 この人達はきっとずっとこんな風に自由に生きて行くのだろうとライカは思う。


「そう言えば、お前さん達はどこに帰るんだ?都合が悪いんでなければ教えてくれないか?」


 ダイダボは若者達の騒ぎなどどこ吹く風とライカ達に尋ねた。


「あ、西の街です。ええっと、街の名前は、ああっと、そうだ、そのまま西のニデシスでした」

「ふむ、さすがに街の名前ではよくわからないが、ともあれエルデの中の地方領という事でいいのかな?」

「はい、領主様の話ではエルデの国の中で一番西の端にある街なんだそうです」

「ほう、ライカは自分の地方の領主様とお話をしたことがあるのか?家格が高いおうちなのかな?」

「家格?うちのじっちゃんは大工さんですよ。家を作る時に当てを付けたり、家具や道具を作る名人なんです」

「ふうむ、これはなかなか面白い難問だな。そうそう、領主様のお名前は何とおっしゃるのかな?」

「ラケルド様です!竜騎士なんですよ!」


 ライカは語るごとに、暗い炉端の明かりの中で細工を削る祖父の姿や、竜のアルファルスと、彼に乗って命と心を結び合わせるラケルドの姿を思い出し、会いたい気持ちに駆られる。

 それは今まで感じたことの無いような強い想いで、ライカの胸を締め付けた。

 サッズがちらりと物言いたげにライカの顔を見たが、結局何も言わずに小さく笑みを浮かべる。


「ラケルド、竜騎士!ほう!それはかの英雄殿ではないかな?それはいい、英雄の治める街か。うむ、いつか行ってみたいの」

「是非!みんな凄く喜びますよ。今年はもう過ぎてしまいましたけど、春には花まつりをやるんです。凄く賑やかだからその時に来れたらいいかもしれないですね」

「はっ、これだから素人は。僕らが行けば、その時が祭りなんだよ」


 ハトリが得意げにそう言うのに、これには皆同意なのか、メレンやグスタもにこにこと頷いている。


「ハトリの詩を子供達に聞かせてやりたいな。凄く喜ぶだろうし。あ、そうそう、宿なら俺の働いているバクサーの一枝亭がきっと空いてると思うよ。他所から来た人はあんまり入り込まない辺りにあるから」


 わいわいといくつかの遠い約束を結び合い、彼らはそれぞれの行き先へと道を分かつ。



 やがて来る流民の受難の時代に、この小さな友誼は芽吹き花を咲かせることとなるのだが、それはまだ誰も語ることのない未来の物語ではあった。

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