第179話 芸人達の宿

 少しずつ道幅が広くなると、人通りも増えていく。

 採れたてだろう大量の野菜を背籠に山積みにしてひた歩く者。

 ロバに牽かせた荷車に、ロープで堅く縛られた素焼きの壺を乗せて行く者。

 中には馬に乗って単騎で移動する騎士の姿もあり、一行をどきりとさせた。


 この道は、大陸中央近くを南北に貫く大街道である。

 といっても、名前は立派だがライカ達が地元から王都に向かった街道のほうが遥かに立派に整地されているような、幅だけは広いが見た目も使い勝手もあまりよくない道だ。

 穴や土くれ、石などが転がっているのは当たり前で、単に草が少ないだけにすぎない。

 それでも、人々が往復する内に、踏み固められ獣が避けるようになったその道は、旅人にとっては生命線とも言うべき移動路である。


「流石に北からの旅人が少ないの」


 旅芸人の一行の長であるダイダボは、その流れを見てそう言った。

 人狩りを始めた領主の噂を聞いたか、或いは来る途中に彼らに狩られたか、どちらにせよ人と物の流れの釣り合いが明らかに取れていない。


「まあこれだけ人がいればあいつらももうちょっかいを掛けて来たりしないだろう」

「ひと安心というところだね。そう思ったら途端に眠くなって来たよ」

「道端で寝たら間違いなく荷車か馬車か馬に轢かれるな。永眠ってやつだ」

「あんたって奴は、ちょっとは言葉を選べない訳?」


 安全を確信してはしゃぎ出す若い者達を他所に、ダイダボの顔はまだ完全には晴れていない。

 彼にはわかっているのだ。

 領主の使いがやって来て、今ここで彼らを疫病持ちだと告げれば、周囲の者達はたちまち彼らを敵とするだろうことを。

 それゆえに北からの旅人、特に騎馬の者には注意を払っていた。

 だが、それはどうやら杞憂に終わりそうであった。

 追う側はそれ程賢くは無かったのか、又はそれどころでは無くなったか。


「それどころではない、か」


 ダイダボは一行の後ろを二人で歩く少年達に目をやった。

 二人の片側、薄く青を纏ったように見える銀の髪、底知れぬ深い藍色の目を持つ少年は人ではない。

 竜、しかも今や伝説でしかない万能の力を持つという古代竜、それがその少年の本来の姿だ。

 人が聞いたら馬鹿にしたように薄く笑った後、その当人を目にして押し黙り、さもありなんと納得するだろう程に彼の姿は人離れをしている。

 むしろ今までさして注目されもせずに旅を続けていたのが不思議な程だ。

 だが、年を経た旅芸人であるダイダボはなんとはなしに理解していた。

 人は見たく無いもの、信じたく無いものは意識から除外する。

 誰もが彼、サッズを視界に入れても、『綺麗な少年』という枠に押し込めて深く考えるのをやめたのだろう。


「人間ってのは変な生き物だよな。この旅の間で、俺を真っ直ぐ見たのは一人だけだったぞ」


 ふいに声を掛けられてダイダボは飛び上がった。


「考えを読まれるのですか?」


 その事実に声が震える。


「ああ、悪い。人間は音にした言葉以外を聞かれるのは嫌なんだな。どうも俺もまだ未熟でさ」


 悪びれない言葉でさらりと謝られ、ダイダボは体から力を抜いて息を吐き出した。


「いえ、わしぐらいになるともう多少何を見られようと気にならないものです。もう羞恥の心も擦り切れたようでしてな。ですが、まあ一般的に好まれはしないでしょうな」

「そうか、ん、わかった自重する。実を言うとライカにも時々怒られるんだ。それに俺自身も大層疲れるしな」

「疲れますか?」


 人ではないのにどこか人間臭いサッズの言動に、ダイダボは微笑む。


「ああ、人間は音と心の声が違う場合が多すぎるし、言葉が明瞭でなくモヤモヤしている場合が多い。しかも実際に起きていない出来事をあたかも今見ているように思い描いて心配してみたり、ついていけないな、本当に疲れる」

「なるほどなるほど、それはそうでしょうな。人は夢見る生き物なのですよ。しかも良い夢よりも悪夢を選びやすい。誰もが良い夢を望んでいるはずなのに不思議なものです」

「聞けば聞くほど理解出来なくなるな」

「ホッホッホッ」


 若い竜の言葉にダイダボは笑う。

 ダイダボもまた夢を見ていたのかもしれない。

 若い頃に憧れ見た美しい夢のかけらを見つけたような、不思議な心持ちだったのだ。


 宿場町という風情の街道沿いの町に到着した彼らは、なるべく大きい飲み屋を探した。

 通り沿いにあり店構えは大きく、そのくせ客の入りは今ひとつ。

 まさしくどんぴしゃの場所を素早く見つけて来たのははしっこい少女のセツだった。

 彼女は路地で遊んでいる子供達から料理がイマイチであんまり流行っていない店を聞き取って来たのだ。


「ここだって」


 その店は確かに大きかったが、手入れが悪く、全体的に雰囲気が暗かった。

 看板は煤けていて、描かれている絵柄が既に良くわからない。

 ダイダボはそこの入り口の覆い布を押しのけるように一人入ると、何やら店長と交渉を始めた。


「何をするの?」


 彼らの行動全てが理解の外にあるライカは、ただただ驚きと好奇心でそれらに着いて行くだけで、彼らがいったい何をしようとしているのかが理解出来ていなかった。


「何って、僕達ほら、着の身着のままで逃げて来ただろ?だから金銭的余裕があんまり無い訳。馬車も手放してるから馬車の中で寝るってことも出来ないし、こういう町で外で寝るってのは襲ってくれってのと同じだしね。だから芸人らしく寝場所とお仕事の場所を探そうってことだよ」


 ハトリの説明に、ライカはわかったような分からないような顔をした。

 ライカにはまだ芸人達の仕事が今ひとつわかっていないのだ。


「よしよし、話は付いたぞ、店を満杯にしたらその上がりの九対一で一を貰える。儂らの仕事での稼ぎは七対三で三を店に入れるということになった。みな疲れているだろうが張り切れよ」

「お、割りといいんじゃないか?」

「ま、あたしに任せとけばいいよ」


 一座は皆納得をしている風だったが、ライカは一人首を捻った。


「九対一と七対三って随分損な取引なんじゃ?」


 ライカの言葉にハトリはニヤリとして見せる。

 そして、こそりと耳に口を寄せると、囁くようにネタをバラした。


「いいか、本来僕ら旅芸人が軒先を借りる場合、大概の店が良くて稼ぎの半分、酷い時には二対八の八程度は持っていくんだ。だけど爺さんは交渉が上手いから、店を繁盛させてやるからその代わり稼ぎの一部を寄越せと最初に言って、相手が九対一で得な取引をしたと思い込ませておいて、その上でこっちの七対三も、一より多いから自分の得だと思い込んでもらうのさ。それにうちには手癖の悪い姉さんがいるから、稼ぎのごまかしなんざ楽々なんだよ」


 ニヤニヤしているハトリの頭をメレンがぽかりと殴る。


「手癖が悪いとはなんだい。手妻に長けていると言いな」

「はいはい、だけどな、こういう手妻のことは俺達にとって命懸けの仕掛けなんだから、絶対他では黙ってるんだぞ?お前らを仲間と思っての種明かしなんだからな」


 ライカはその内容に感心と驚きの声を思わず上げそうになって、自分の口を塞いだ。


「わかった、サッズ以外には話さないよ。サッズは他人に絶対にそんな話をしないしね」

「そもそも説明を聞いても意味がわからないぞ」


 声が聞こえなくても『言葉』として聞いていたサッズは疑問に満ち溢れたしかめっ面でそう呟いた。

 その言葉に小さな少女であるセツが笑った。


「竜のお兄ちゃんはお馬鹿さんなのね」

「竜のお兄ちゃんはやめろ、それにお前はわかるのかよ」

「じゃあ青いお兄ちゃんって呼ぶ。あたしはわかるもん、お金は大事ってお話よ」

「うっ……そうなのか?」


 小さな少女にサッズは押されていた。

 話を向けられたライカはにこやかに笑って応える。


「そうだね、セツちゃんは賢いや」

「金色のお兄ちゃんはセツを子供扱いしてはめっなの」

「ふっ」


 今度はサッズが鼻で笑った。


「そうだな、立派な女性だよな」

「そうなの、立派なしゅくじょなの」


 尻馬に乗ったサッズを睨みつつセツには頭を下げたライカに、一行はひとしきり顔を背けて笑った後、キビキビと動き出す。


「さて、グスタ、客引きを頼むぞ」

「まかせてください。セツちゃん、行こうか!」

「あーい、お客寄せ用の衣装置いてきちゃったね」

「仕方ないさ、そのままで行こう」


 二人は店の前に立つと、グスタが手の上にセツを立たせ、それをいきなり垂直に放り投げた。


「お、おい!」

「なんてことするの!」


 通りの人々が驚きと恐怖で足を止める中、空中でくるりと体を回転させたセツは、差し出したグスタの腕に真っ直ぐに降り立つ。

 にこりと笑った少女の笑みにホッとした人々の注目が逸れる前に、朗々としたハトリの声が場を支配した。


「さて、皆々様、本日こちらにお目見えいたしたるは、我らダイダボ一家の旅芸人。詩あり、踊りあり、占いもいかがですか?詩は僕の担当ですが、かの有名なる港町リマニでの子供を攫った海賊と、いと気高き古の竜の戦いの一幕、この目で見知ったるつい先ごろの出来事を皆様方のお耳に届けましょうぞ。まずは我が音をお確かめを」


 言うなり、ハトリは手にした楽器に指を滑らせ、滑らかに高く低く音を紡ぐ。

 その音に合わせ、グスタとセツが巨人と小人の如くでありながら、変幻自在の体捌きを見せる。

 人々の歓声と笑い声が段々と大きくなった。


 店はどうやら賑わいそうだった。

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