第167話 罪と罰と笑顔の理由

「良かったな」


 ライカはわずかな時間でありはしたけれど、共に過ごした少女が、幼いながら自分の未来を選びとる様子を見て、胸にふわりとした熱が灯るのを感じた。

 その熱は、言葉として形になると酷く乏しい表現にしかならなかったが、深く全身を温める力を秘めている。

 ロレッタなどは見ている方が驚くぐらいにぼろぼろと泣きながら、ただただ言葉にならない声を零していた。

 そんな穏やかな空気に包まれた場所に、いかにもいかめしい姿の軍人らしき人物が入ってきたのはその時だ。


「おじゃまする。少し確認しておきたいことがあるのだが、いいかな?」


 その見るからに強面の兵士はライカとサッズを呼びに来たのである。


 当初、ライカはサッズが竜化した件が明るみになったのだと思った。

 あれだけ堂々と竜として姿を現して力を振るったのだから当然と言えば当然だ。

 しかし、問題はそれでは無かった。


「保護者無し、雇い主無しで入国した君たちぐらいの若者は、君たちの申請した時期の記録には存在しないのだが」


 軍の詰所らしき建物の小さい部屋、その堅い椅子の上でライカとサッズはその椅子に負けないぐらい身を堅くしていた。

 サッズのほうは緊張とは無縁なのだが、ライカから身動きしないように指示が飛んでいて、必要以上に固まっているのだ。


「そうですね」


 他にどう答えていいのかわからずに、ライカはそう言葉を返す。


「つまり、君たちは密入国をしたということなのかな?」

「あー、はい。……そうなるの、かな?」


 疑問形にしたのは儚い抵抗だ。

 そもそも地域差による言葉のニュアンスのズレがお互いにあるので、微妙な表現など意味を成してないのだが、ライカとしては出来るなら言い訳をしてみたかったのである。


「ちなみに入国経路を聞いてもいいかな?我々にはとても大事なことなので、ごまかさないようにな」


 穏やかな言い回しだが、言葉にはちょっとした圧力が込められている。

 ライカは素直に首肯した。


「海から入りました」

「海だと?船でか?」

「いえ、泳いで」

「泳いで!」


 相手の反応に、ライカはびくっと体を竦ませた。

 冷や汗が無自覚に流れ出て、顎を伝ってひんやりとした感触を残す。


「いいか、坊主達。この辺りの海岸は岩礁地帯になっていて、海流が酷く不安定だ。しかも北から昇ってくると、河口付近から北側に広がる港部分の深みに突然嵌る。まさか南の崖続きの場所から飛び込んだ結果とは言うまいな?もしそうなら身投げは人の住まないどこか遠くでやって欲しい。つまりはだ」


 厳しい兵士はそこで言葉を切ると二人をギロリと睨んだ。


「君たちの行いは我が国の法を無視するばかりか、自分達の命をも脅かす行為だったのだと知るべきだ」


 低く力のある声に重々しくそんな風に言われると、ライカとしても酷く申し訳ない気分になってしまう。

 その言葉の中には彼らの身を案じる部分もあるので余計にだ。


「申し訳ありません」

「入国の金が無かったのなら、川沿いのどこか大きめの集落で荷運びの人夫で雇われるべきだったな。船の入国料は船単位だから、労働力として体の軽めの若い者は歓迎されるし、ちゃんとした賃金も貰える。大変よく出来た仕組みだとは思わないかね?」

「そうですね」


 兵士の言葉になるほどと深く感心しながら、ライカは大きく頷いた。

 陸地からの入国料の高さに密入国を決めたライカであったが、そういう方法は考えつかなかったのだ。

 やはりちゃんと調べることは大事である。

 ライカの雰囲気が怒られる側から好奇心に大きく傾いたのがわかったのか、兵士はそこでわざとらしい咳払いをしてみせた。


「ともかく、法に違反すると処罰がある。それは理解出来るね」

「はい」

「ちっ」


 ライカの返事に被るように、サッズの舌打ちが炸裂する。

 すかさずライカの蹴りが入り、椅子ごと倒れたサッズが倒れたままの姿勢で憮然と腕を組んだ。


「あー、君、大丈夫か?」

「気にしないでください。慣れているから平気です」


 ライカの言葉に苦笑いを浮かべた兵士は、サッズが転がったままふてくされたようにぴくりとも動かないのを見てため息を吐く。


「それでだな、密入国は十日の奉仕労働になっているのだが、これは内容的に君たちには厳しすぎると判断された。そこで、五日の禁固刑という事になったのだが」

「禁固刑ってどういうのですか?」

「ようするに牢に入ってもらうということだ」

「また檻かよ、もう飽きたぞ」


 サッズが倒れたままぶつくさ文句を言い始め、ライカは頬を引き攣らせながらも同感なために注意も出来ない。

 狭い所に閉じ込められるのは流石にもう嫌になっていたのだ。


「ふむ、それだ」

「それとは?」


 兵士はニヤリと笑うと小さな木版を手にした。


「君たちは海賊に囚われた。まぁこれは不幸な出来事でしかないし我々の関知する所ではないが、その際こちらの任務遂行に助力と見られる行動を取ったと同じ虜囚であった者達から証言があった。また同時に罪の軽減を望む、支援者の言もあった。その辺りを鑑みて、本人達の反省もあり、大いに減刑し、牢内で自分達の逗留符を作るという奉仕作業で済ませることになった。国主様の御慈悲に感謝するように」

「逗留符?」


 ライカは話の流れの変わり具合にぽかんとしたまま、あまり考えずに疑問点を尋ねる。

 劇的な反応を楽しみにしていたらしい兵士は、少しがっかりしたように、しかしちゃんと説明をした。


「逗留符とは文字通り、逗留者の名を記した札だ。普通は入国の際、申請を記録した後に作ってその者が出国するまで保管するのだが、今回は今述べた通り、刑罰として君達自身に作ってもらうことになった。この木札に小刀を使って名前を彫り込み染色液を彫った部分に流しこむんだ。もし名前が書けないなら手本を書いて渡すのでそれを参考にするように」

「へえ、面白そうですね!」

「いや、面白がっちゃいかん。これが罰だということを忘れてないか?」


 どうやら困った時の癖らしく、その兵士は、びっしりと顎を覆った髭を撫でながらため息混じりに釘を差す。


「あ、すみません。文字は俺が書けるから問題ないですけど、連れの分も俺が作ったら駄目ですか?」

「ん?彼は文字が書けないのか?」

「ええっと、いえ、その、彼は細かいことが苦手なので、ちょっとむずかしいかも」

「あ?問題ないぞ!板でも丸太でも持って来い!」


 ライカの言い訳に、思いっきりサッズが水を差した。

 ライカがそれに冷ややかなまなざしを向けたが、サッズは一向に意に介する様子を見せない。


「うむ、罰だからな。別に字は下手でも構わん。ちゃんと自分の分は自分でやるのは大事なことだ。坊主は立派だぞ」


 言って、床に座り込んでいたサッズの頭を撫でようと手を伸ばしたその兵士は、思いっきりその手を空振った。


「これか」


 いつの間にか兵士の背後に回ったサッズは、机に置かれた板の一枚を手にすると、それをしげしげと眺め、試しにとばかりに爪でその表面を引っ掻いてみる。


 ―…パキッ


 とても間抜けな音と共に、小さいが硬い木で出来たはずのその板は、見事にバラバラに砕けたのだった。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 夕方、詰所を開放された二人を迎えたのは、ヴェントとロレッタ、そしてハトリだった。


「よお、お勤めご苦労さん」

「ヴェントったら、もう!牢屋なんて大丈夫だった?まったく、檻の次は牢なんて酔狂にも程があるんだから」

「密入国とかやるなぁ」


 ヴェントとロレッタはともかく、ハトリが一緒にそこにいるのはライカには意外に思えた。

 なにしろヴェントと彼はほとんど仇同士ででもあるかのようにいがみ合っていたのだ。


「うん、ありがとう。結構面白かった。文字の彫り込みって難しいもんだね」

「何呑気な感想言ってるんだい。もう、心配して損しちまった」


 ロレッタが呆れたようにライカを小突き、憮然としているサッズを見て声を潜めてライカに尋ねる。


「なに?どうしちゃったの彼、兵隊さんに逆らって殴られたとか?」


 それは殴ったほうが痛いだろうなと思いながら、ライカは首を振って否定した。


「いや、札を何枚も無駄にした挙句結局俺が作ることになったから拗ねてるんだよ」

「あ?拗ねてなんか無いぞ、簡単に前言を撤回するだらしない人間に呆れただけだ」

「そうなんだ」


 くすっと笑ったロレッタが思わずヴェントの顔を見ると、ヴェントはそのサッズをどこか困惑したような顔で眺めていた。

 そんな風に、上手く自分の気持ちに折り合いがつかないという感じは、ヴェントには珍しいことで、ロレッタは少し不思議に思ったが、すぐにハトリが言った言葉に意識を向けたので、その疑問は長くは続かなかった。


「僕はもうこの国を出るから、最後に君たちに挨拶したくて来たんだ」

「そうなんだ。海賊船では色々ありがとう、助かったよ。お仲間は見つかったの?」


 ハトリは肩を竦めると、その独特の響きの良い声で歌い上げるように言う。


「いや、前にも言ったと思うけど仲間は既に出立している。だけど僕達のような旅芸人はお互いにはぐれることなんてしょっちゅうだから、あちこちに連絡場所や合流場所を決めているんだ。とりあえずそこへ向かおうと思う。それでだけど」

「うん?」


 ライカは自分達にハトリの意思が向けられるのを感じて少し不思議そうに彼を見た。


「良かったら一緒に来ないか?君たちはこの国の人間じゃないんだろう?話に聞いた所によると他に連れもいないし、仕事の当てもないようだしね。こっちとしても一人旅は何かと物騒だから連れがいてくれると心強いんだ。それに旅に必要な物とかは分け合って使うことで全体の量を減らせるし」


「なるほどね、せっかくだから便利に使おうって腹か」


 それまで黙って聞いていたヴェントが、皮肉げに口を歪めてハトリを揶揄してみせる。


「うるさい、口の臭い奴は黙ってろ」

「なんだと!」

「関係無いのに横から口を出すなってんだよ、カチカチ頭の暴力野郎!お前はこいつらに何かしてやるつもりも無いんだろ?無事な顔見て用が済んだんならさっさと消えればいいと思うよ」

「てめぇ、口は達者だが思惑は見え透いてるんだよ、旅で危険があれば一人より大勢のほうが危険が分散するから自分がより安全になる。それが目的なんだろ」

「そうだよ、それが悪いのか?お互いに利益があるんだからいいじゃないか。利用し合うのは結構なことだろ。むしろ無償で助けるとか言われたら僕ならとっとと逃げ出すね」

「けっ、てめえには利益でも相手にはどうかな?」


 またも睨み合いを始めた二人に、ライカは笑って手を差し出した。


「二人共、色々考えてくれてありがとう。それと、俺達の刑罰が軽くなったのはみんなが頼んでくれたおかげなんだろ、助かったよ」


 ヴェントはバツの悪そうな顔をしたが、ライカの差し出した手に拳を合わせる。


「この辺じゃこれが挨拶さ。まあ色々あったが世話になったのは確かだし、お前たちは今後俺らの身内同然だと思ってくれていいぞ。よろしくな」


 そうして、ヴェントはサッズに向けても拳を突き出す。

 サッズは少し驚いたようだったが、無言でその拳に自分の拳を軽く当てた。


「勇気ある者に敬意を」


 サッズのその言葉に、ヴェントは一瞬驚いたように目を丸くしたが、どこか吹っ切れたように笑みを浮かべる。


「あんがとよ、気が軽くなったぜ」


 そのやり取りを不思議そうに見ながら、ハトリはライカの手を握った。


「ま、考えておいて欲しい。明日の早朝に川の中洲の船着場から出立するからさ。隣の集落までだから船賃はエルデ銅貨基準で一人三枚程度、持ち合わせがないならその分ぐらいは奢るよ」

「うん、考えてみるよ。ありがとう」

「あのさ」


 そこへロレッタが顔を出した。


「良かったら今夜はうちで泊まらない?密入国するぐらいだからお金ないんだろ?狭くて臭い小屋だから嫌かもしれないけど」

「ううん、ありがとう、助かるよ。よろしくお願いします。それと、減刑の件、ロレッタもありがとう」

「え?いや、そんな改めてお礼なんかいいんだよ。ほんと、こっちが言わなきゃいけないんだし。あの時、生贄にされそうだった時、助けてくれてありがとう。どうしてもそれだけ言いたかったのに、先に言われちゃったね」


 互いに礼を言い合った笑い顔を夕日が柔らかに染め上げる。


 それは海賊から開放されて、やっとその事実をロレッタが心から実感した瞬間でもあった。

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