第155話 港町の人々

 港町の大通りは基本賑やかなものだが、このリマニは特に生命力に溢れて賑やかだ。

 ジラソーレは周囲を一瞥してそう思い、次の瞬間には身贔屓かな?と自分を笑う。


 僅か数年で彼の環境はガラリと変わった。

 盟主国のあまりの頼りなさに先頭に立っていきり立っていたのは主に商連合の主達であり、彼は若造の守護隊長として具体的な街の防御や人やその財産の保護に頭を痛めていただけだった。

 あの頃の彼はその立場を過酷だと嘆いていたが、なんと自由気侭な時代だったことか、と、今のジラソーレは懐かしくすら思う。

 ジラソーレが不思議なのは、何度考えてもあの独立のゴタゴタの最中から建国宣言に至るまで、彼が国主になるという決定がどこで成されたのか不明なことだ。

 発表の当日に一番驚いたのが国主本人だとは笑えない冗談にしか思えない。


「お飾りだってのはわかっちゃいるんだが、もうちっとこう、俺に優しく有って欲しいってのは贅沢なのか?」


 ぶつくさと呟くジラソーレを屋台の主人が呼び止める。


「旦那!久しぶりですね!どうです?一杯?」


 差し出されるのは海鮮の串と小杯に注がれた酒だ。

 この店は、海の幸と塩から作られるこの国独特の魚醤と独自のスープとで煮込んだ自慢のタレに、新鮮な貝や魚のヒレを刺した串を潜らせて、良質の炭で焼き上げた物を酒と一緒に供していた。

 海の男達にとって、ここで『ちょいと摘む』のが陸に上がった時の楽しみと言わしめる、そこそこ知られた名物店である。

 地元育ちのジラソーレからすれば、それ以上に店主は子供の頃からの顔なじみであった。


「ありがてえけど小遣いを制限されちまってな、串を買う金もねえのさ」

「あー、旦那、あんまりふらふら遊び歩いてるからサーリチェ様からお叱りを受けたんでしょ?仕方ねぇっすね」


 店主がわかったように一人頷くと、周囲で二人のやりとりを聞いていた他の店主や地元の漁師もさもありなんと頷く。


「いやいや、俺は遊び歩いている訳じゃないぞ、聞き込み調査を行なっているだけであって、何のやましい所もない」


 ジラソーレの発言に、周囲が一斉に不漁の時の仕草である固めた拳で額を軽く打つ動作をした。駄目だこれは、ということだ。


「いや、旦那、国主様とあろう者が、毎度護衛を撒いて自分で調査とか駄目だろ、普通の国なら国民が夜逃げする事態だね」

「全くだ」

「サーリチェ様のご苦労が偲ばれるね」


 言われ放題だが、それはそうだろう。

 彼らの言う通り、国主といえば普通の国では国王である。

 国王が自ら市井に降りて調べ物とか、本来到底想像も出来ないような異常事態だ。

 ちなみに彼らがサーリチェに敬称を付けるのは、彼女が唯一この国に現存する貴族の血統だからである。

 以前盟主国から派遣されていた領主の娘で、この国が独立した時に他国との繋ぎが必要だからと、自らこの国に残ったのだ。

 本来なら、伝統と血統を重んじる他諸国上層部が、彼らからすればただの平民でしかないこの国の上層部と直接交渉などしてくれる訳が無い。

 そこをなんとかやっているのは彼女の功績だった。


「まあ、調査というのは言い訳で、美味いもんを食い歩くのが主目的だけどな」


 ジラソーレが溜め息混じりにそう言うと、周囲は豪快に笑った。


「あーあ、ぶっちゃけちゃったよ、この人」

「国主様、しっかり!」


 からかいなのか応援なのかわからない周囲の声に、手を挙げて応えるジラソーレに、周囲の店主達は手に手に食べ物を押し付けた。


「じゃあ、今日は奢りだからなるべく美味そうに食って客を寄せてくれ」

「うちのも一つやってやるよ」

「これでも食らいやがれ!」


 たちまち溢れる飲食物に、ジラソーレは礼を言いながら店先の簡易卓にそれらを置いて転がっている椅子を引っ張ってきて座る。

 大通りの店先には机や椅子があちこちに置いてあって、人々はそこに適当に座ってのんびり交渉したり、食べたり話したりするのがこの辺りの商売の流儀だ。


「ところで店主、例の件は何か情報があるか?小屋住みの子供等が襲われたって話だが」

「まあ外海乗りの連中は荒くれ揃いだ、あのガキ共が囲まれるのはしょっちゅうなんだがよ、はしっこい連中だからいつもは危ういことは無かったのさ。だが、ほら、あのちっこい娘っ子がどうやら攫われたとかで騒いでたらしいんだよな」

「ああ、網繕いの女共が噂してたっていうちっちゃい娘か。そんな幼い子なら逃げられなかっただろうな」

「そうそう、かかあがうろたえちまってよ、子供の無い夫婦が自分とこで引き取ろうかって話をしてた矢先だったらしい」

「ほう、それはいい話が聞けたな。国としても孤児を放置するのは将来を考えると痛いんだが、だからといってどうにかするにはまだまだ厳しいからな」

「そりゃあ俺等だって連中を憎いばかりじゃないからな。実際悪さも酷いのは目に見えて減ったし、あんまりちっこい子はさすがに、な」

「それで、その囲んでいた男達だが、人相風体を詳しく頼む」


 ― ◇ ◇ ◇ ―


「言い訳は一応お聞きしますよ?」


 サーリチェはまるで女神のような微笑みを浮かべてジラソーレに対した。


「いや、ほら。主要な兵は海上と昨夜の痕跡調査に割いてるし、他の動かせる人間も居なかったし、な?」


 暑くも無いのに汗をかきつつ、ジラソーレは早口に説明する。


「それで?」


 サーリチェの笑みが深まった。


「と、とりあえず、敵の地上で動く人員と溜まり場、海上の船の停泊場所はほぼ割り出した。商業的意味合いが強い我が国では信用の失墜が一番恐ろしい。デッサン商会のお嬢さんが行方不明になって親御さんのお怒りや心配も大きいし、早急に対応が必要だ」


 話している内に興に乗って来たジラソーレは、ついいつも部下に対するように滔々と語った。

 そして、即時後悔する。


「わかりました。お手持ちの金銭を制限するだけでは不足だったということですね。私が甘かったのですわ」

「あ、あのサーリチェさん?」


 この街に数少ない頑丈な建物である国主館の中で、一人の男の人生がまた一つ息苦しいものに変化したのだった。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


「あんたはさ、あたしに諦めるなって言うけど、実際何が出来るっての?口先だけならどうとでも言えるよね?」


 ロレッタは疲れたように壁に体を預けると、ヴェントにそう尋ねた。

 ヴェントは肩を竦め、檻の外を注意深く見渡すと、がさがさとボロボロのズボンの裾を引っ張る。


『面倒だから全部壊しちまうか?』


 そんな最中に、周囲の雰囲気を丸々無視して、サッズがライカに問い掛けた。

 どうやらこの狭い檻の中が嫌になってきたらしい。

 ライカはそんなサッズをちらりと見て、周囲の子供達を見渡し、次いで狭い船倉であろう檻の外を見た。


『サッズはさ、この檻だけ壊すとか出来ないよね?』

『そんな細かいことは無理だ』


 返事の代わりに問い掛けたライカに、サッズの堂々とした答えが返ってきた。


『ってことは海に浮いてるらしいこの船は壊れるよね?』

『そうだな?』

『みんな海に投げ出されることになるけど、サッズは俺以外を助けられる?』

『無理だし、必要ないだろ?そいつらは自分でなんとかするさ』


 ライカは疲れたように首を振る。


『俺さ、サッズの助けなしだとあんまり長く潜っていられないんだ。普通人間はみんなそうだと思う。それにここにいるのは小さい子が多いし、尚更自分じゃどうにも出来ないよ』

『まさか!』

『いや、まさかじゃないから、気を利かせて船を壊したりしちゃ駄目だよ?』

『わかった。しかし、面倒だな』


 二人の不毛なやりとりの間に、ヴェントはズボンのほつれから細長い金属片を取り出していた。


「これを使おうと思う」

「それは?」


 ライカはヴェントの手にした奇妙な金属片になんとなく見覚えがあるような気がして問い掛ける。

 ヴェントはそれには答えずに、檻の鉄棒部分を支える枠の所にその金属片を当てた。

 そして、その両端を持って押し引きしてみせる。


「わかった、鋸だね?それ。小さいからわからなかったけどギザギザがあるし、じいちゃんが使ってる鋸に似てる」

「そうだ、前に船大工の作業場で手伝いをした時に見て、便利だと思って、鍛冶場の手伝いに行った時に余った金属の破片を貰って俺が作ったんだ」

「ヴェントって凄いな」


 説明を聞いて、ライカは思わず感嘆の声を上げた。

 周りの子供達も興味津々でそのヴァントの手元を見つめている。

 ヴェントは得意げにニヤリと笑うと、注目の中にも関わらず気にした様子もなく作業を進めようとした。


「ちょっと待ってよ、もしそれで檻を出られたとしてもここは船の上なんだよ?逃げ場が無いじゃないか、意味が無いよ。それどころか海賊連中に見つかって扱いが悪化するだけだろ?」


 黙って様子を見ていた旅芸人の少年ハトリがその行為に抗議をする。


「僕達は不本意だけど、運命を共にしているんだ。勝手なことで全員の立場を悪くするのはやめてくれ」


 そのハトリの意見を、ヴェントは鼻で笑った。


「臆病者はだまってろ。ぼけっとただ幸運を待ってるような奴に女神は微笑むことはないって言うぜ。今すぐ逃げる訳じゃなくとも逃げられるように手を打っておくのが賢いやり方ってんだよ」

「ガキがいきがって、何様のつもりだ」


 がらりと変わった口調にロレッタはぎょっとしたようにハトリを見た。

 綺麗な見掛けに反して、その口の悪さに驚いたのだろう。


「へっ、てめえのほうがガキだろ。最初から諦めてる野郎には何も出来ない。口先だけの薄っぺら野郎、さすがは泥棒と身売りで稼ぐ芸人ってだけのことはあるよな」

「この……」


 ハトリはぎらつかせた視線でヴェントを睨み、一歩近づいた。


「ケンカだめぇ!」


 少年達が険悪になりかけた時、小さなミーテが収まっていた涙を再び溢れさせ、彼らの間で精一杯手を広げる。

 釣られるようにより年少な子供達もまた泣き出した。

 二人の少年はバツが悪そうに視線を反らせると、それぞれ別の方向を向いて座り込む。

 ヴェントはその座った場所でそのまま作業を続行した。


「どうするつもり?本当に檻から出るの?」


 ライカがその雰囲気をなんとかしようと作業の意味を問い掛けると、ヴェントは大きく息を吐いて肩を落とした。


「いいか、俺はお前らが考えてるような馬鹿じゃない。これでもずっと己の知恵と技量だけで生き延びて来たんだ。実際はお前らよりずっとものを考えてるから安心しろ」


 押し殺した怒りを感じさせる言葉に、さすがにライカも申し訳なく思ってそれ以上の言及を避けた。

 確かにヴェントは何も考えていない訳ではないだろう。

 用意周到に金鋸などを服に仕込んでいた少年なのだ。

 ただ、彼はどうも他人と意思疎通を図るのが致命的に下手なのだと思えた。


「運命を共にしている、か」


 先ほどハトリが否定的な意味合いで使った言葉がライカの心に響く。

 それは、本当は強く前向きな言葉のようにライカには思えたのだった。

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