第143話 一休み

「父ちゃんは窯場にいってっから居ないけど、居ても怒られねからどうぞ」


 炭焼きの時に寝泊まりする事を前提にした小屋なので、狭いが一通りの設備があるらしく、そこは暖炉とテーブルと造り付けの腰掛けがあった。

 奥には本当に寝るだけの狭い寝室があるらしい。

 ライカは知り合ったばかりの姉弟に、父親の仕事場である炭焼き小屋に招かれたのだった。


「ありがとう、お呼ばれします」

「迷子をほったらかしにするのはかわいそうだから呼んでやるぜ!」

「ニサったら、もう!」

「迷子という訳じゃないよ」


 いかにも腕白盛りの少年といった様子のニサの言葉に、ライカは至極真面目に答える。


「ならこったら所になんでいるんだよ、この辺にはうちの炭焼き小屋ぐらいしかないんだぞ」

「ええっと、知らない場所を歩いて辿り着いた場所がここだっただけで」


 ライカとしては流石にあの通路の話を誰にでもする訳にもいかず、そんな言い方になってしまった。


「それを迷子って言うんだよ、物知らずは仕方ねえな」

「ニサ、失礼でしょ!ごめんなさい、こんな弟で」

「こんなってなんだよ!」

「あはは、でもうん、確かにニサの言うことも当たってるかもしれないな。俺はここが王都の反対側じゃないか?ってことぐらいしかわからないし」

「だろ!」


 ライカの言葉にしてやったりと胸を反らすニサ。

 姉のスアンはその様子に溜息を吐いた。


「王都さ行く途中だったんでしょ?結構慣れない人はこっちに迷い込むことあるんだ。どうも農園の辺りの道を間違えて辿ってしまう人もいるみたいで」

「あー、ええっと」


 ライカは言葉に詰まる。

 あの通路のことを言えない以上自分達が王都から来たとも言い難い。

 正直に言えないことがあるため説明がやっかいになってしまったのだ。


(隠し事って大変だな)


 何事も明け透けな環境で育ったライカにとって、嘘やごまかしはかなり難易度の高い話術である。

 だが、そんなライカの困惑の間に、相手が勝手に色々と思い込んでしまったようだった。


「見たとこ見習いの旅商たびあきないってとこ?王都に初めて来たんでしょ、お兄さんと一緒にやってるの?」

「んーっと」

「王都は怖い所だから気ぃつけんと駄目だよ。うちの兄ちゃんなんか初めて王都さ行った時は騙されて上等の炭とボロボロの古布を交換させられて帰って来たりしたんだ。もう懲りてわざわざ王都まで行かなくなったけんど」

「うん、確かに怖い所だったな」


 迷っている内にどんどん進んでいく話に、ライカはなんとか追い付いて相槌を打つ。


「あ、行ったことさあるんだ。ああでも、用心してるから大丈夫と思った時が一番危ないって父ちゃんも言ってたし、油断大敵だよ」

「なんか含蓄のある言葉だね」

「父ちゃんは色々知ってっからな!」


 ニサ少年が自分の手柄のように誇らしげに言った。

 この姉弟は父親を尊敬しているのだろうとライカは思い、暖かい気持ちになって微笑む。


「うちは茶とか気の効いたもんは無いけど、水が美味しいんだ。どうぞ」


 スアンは木製の桶に小さな口が付いたような水差しから、持ってきたカップに水を注いでそれぞれの前に出した。


「喉が乾いてたから助かります。ありがとう」


 ライカは礼を言ってその水を口にする。

 ひんやりとした甘みを感じる水で、確かに自慢するだけの美味しさだった。

 ライカの街の水は井戸水だが、少し濁りがあって、皆そのままではあまり口にしない。

 一度沸かしてお茶で飲むのが一般的だった。


「お兄さんはいつ頃戻って来そう?良かったら夕飯うちで食べない?」

「いや、そこまでお邪魔は出来ないよ」


 スアンの気軽な誘いをライカは遠慮する。

 客に食事を振る舞うというのはそこそこの負担だ。

 ライカにはそれに対する見返りになるような物がない。

 何しろ金銭は殆どもう残ってなかったのだ。


「遠慮すんなよ!もっと太っ腹で行こうぜ!」

「あんたはもう、意味もわかってないような言葉を使うんだから」


 ゴツンと、またも弟の頭に制裁を下し、スアンは改めてライカに向きあう。


「だけんどニサの言う通り、お兄さんがまだなら遠慮せずに寄って行って。ここらは住んでる人も少ないし、外から来た人の話を聞けるならみんな喜ぶよ」

「なんだよう、スアンだって同じこと言ってんじゃないか」

「あんたの考えなしとは違うわ」

「へっ、スアンなんか頭に蜂が巣を作ってるってばっちゃに怒られてるくせに」

「あんたって子は!」


 弟の暴露に真っ赤になったスアンはまなじりを吊り上げて弟を追い回し始めた。

 狭い小屋の中ではすぐに行き詰まり、ニサが外に飛び出すと、追い掛けっこはそのまま外へと移動する。


 一人残されたライカはなんとなく小屋を観察した。

 この小屋は土台を焼きレンガて作ってあり、上部の壁や屋根は木材を組んである。

 寝室以外はこの部屋だけしか無いらしく、それも大人が6人程集まれば一杯になる程度の広さだ。

 暖炉には火が見えず灰が掛けてあり、煤と焼けで黒くなったレンガはその年季を感じさせた。

 住居として頻繁に使われている訳ではなさそうだが、人の気配のするすごしやすそうな場所だった。


「きゃあ!」


 唐突に外から悲鳴が聞こえて、ライカは慌てて外へと飛び出す。

 見るとそう離れていない場所で姉弟がしゃがみこんでいるようだった。


「何かあったの?」


 ライカはその場に駆け寄ると同時に尋ねる。

 眉根を寄せたスアンと溜息を吐いたニサの顔を見て、ライカはそれ程緊急事態では無いらしいと判断した。


「スアンが張り切りすぎて足を捻った」

「どんな説明よ!」


 言って立とうとするスアンだが、どうやら本格的に捻ったらしく上手く立てないようだ。


「ちょっと待ってて」


 ライカは周辺を見回し、ふと微かな香りに気づいた。

 治療所のハーブ畑で同じような香りを嗅いだことを思い出し、その方向を探る。

 多種の下生えの草の中に目的の物を見付けて、ライカはそれを急いで摘み取った。

 少し尖った葉とその裏に薄く毛羽立ってツルツルではない感触。

 特徴的な花はまだ無いが、条件は揃っているので間違いない。


「金花飾りの葉っぱがあったからこれを使おう」

「金花飾り?」

「そう、捻挫とかに良く効くらしいよ」


 不思議そうなスアンに説明する間に、ライカは取ってきた葉をよく揉んで痛めた足首に貼り付けた。

 そのままではすぐに落ちてしまうので、ライカは周りを見回して、祖父から貰ったナイフで蔦の皮を紐状に剥ぎ取り、それで葉っぱを足首に固定する。


「あ、この香り、金房の花の葉っぱね」

「こっちではそう呼ぶのかな?立てる?」


 ライカが肩を貸すと、スアンはそれを頼りに体を起こし、片足を庇うようにしてなんとか立ち上がった。


「ニサ、先に戻って足に巻く布みたいな物が無いか探しておいて貰えるかな?」

「わかった!でもここあんま物が無いんだよな」


 ぶつくさ言いながらもニサは走って小屋へと戻る。


「こら!あんま走っちゃ駄目!」

「こけたスアンに言われたくないね!」


 べえと舌を出され、思わず地団駄を踏んだスアンは足のことを忘れていたらしく、痛みに悲鳴を上げてへたり込みそうになった。


「しっかり、それと無茶しちゃ駄目だよ」


 ライカはそれを思わず笑いながら支え、なんとかもう一度座り込むのは回避出来た。

 スアンは真っ赤である。


「ごめんなさい!」

「いや、俺が来たせいでいつもと気持ちが違ったんじゃないかな?お父さんの言う通りだね」


 え?とライカの顔を見たスアンはすぐにああと納得して笑った。


「慣れたと思ってっ時が危ないってことね。この辺なんか知り尽くしてるって思っとったもんね、ほんと父ちゃんの言う通りだった」

「見た感じ腫れはそんなに酷く無いから無茶をしなければすぐ良くなると思うよ」

「さっき治療所って言ってたけど、ライカって実は治療士さま?」

「違うよ、そこの先生に本を貰ったんでその代わりにお手伝いしてただけ。そこで色々教わったんだ」

「そっか、でも助かる。ここらへんには治療士さまなんていねからね。金房の花の葉っぱは料理に使うし花は飾ったりすることはあるけんど捻挫に効くとは知らんかった」

「ちょっと先に群生地があったから覚えておくと良いよ」

「そうだね、ありがとう」


 話をして痛みを紛らわせていたのか、スアンはライカの支えでなんとか小屋に辿り着き、腰掛けに体を預けてほっと力を抜く。

 この造り付けの腰掛けは幅が広いので、彼女くらいの体格なら軽く横になるぐらいは容易かった。


「あんま良いのが無かったけど」


 そう言ってニサが古い下着の切れ端のような物を持って来る。

 ライカとしては本当は布を消毒したい所だが、そういう訳にもいかないし外傷でもないので障りが入ることもないだろうと、軽く布の匂いを嗅ぐと大丈夫と判断して、一度蔦の紐を外しその布を巻いて縛り直した。


「お父さん呼ぼうか?近くにいるんだよね?」

「いや、いい!仕事中だから!」


 慌てたようにライカを静止するスアンの顔が必死だ。

 見るとニサもブンブンと手を振って否定を伝えていた。


「怖いの?」

「窯の温度が安定するまでちょっと近寄れない」

「普段は優しいんだぜ?」


 姉弟はライカの問いを直接肯定せずにそう答えた。

 どうやら父親を擁護しつつも怖いことは認めているらしい。

 ライカは、彼らの父親はどんな人なんだろう?と思いながらも、二人に苦笑して「そうか」と頷き、それならばと予備の葉を取りに行くことにしたのだった。

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