第142話 山の中の姉弟

 サッズとエイムが故郷に一旦戻り、残されたライカはサッズが戻るまでの行動方針を決めかねて周囲を見渡した。

 その辺りはいわゆる山の斜面の雑木林といった感じで、丈高い草と幹が細く葉の広い木々で占められ、ライカの住む街を取り囲む森と違って、鬱蒼としていない日当たりの良い乾いた地面が続いている。


「いくつかハーブもあるけど、今の状態じゃきちんと加工出来ないし、摘んでも無駄になりそうだな」


 ライカは自分の街の周囲ではあまり見ないハーブをいくつか見つけたが、生のままか丁寧に乾燥させた物を使う種類ばかりなので採取を諦め、とりあえず高い所に上がってもう少し広い範囲を調べてみることにした。

 幹が細いと言っても、それは果ての森の木々に比べてであり、この辺りの木でも高い物は人間の大人三人分よりも高い。

 ライカがそんな木の梢に上がると、途中で驚いた小鳥が一斉に飛び立ち、枝の半ばではライカにとって初めて見る小動物が右往左往して逃げ惑う。


「生き物の種類が豊富だな。この辺りは気候が穏やかなのかな?」


 ちらりと今の内に狩りをすることがライカの頭を過ぎったが、あの地下の部屋で頂いた茶や菓子のこともあり、まだそれ程空腹ではなかった。

 ライカは人の生活に馴染んだとはいえ、必要の無い時に先に備えて行動する人間的な思考にはなかなか至れないため、こういう時には狩りの選択をしないのだ。

 なのですぐに意識を切り替えて、そのまま高い場所から周囲をじっくりと見ることにした。


 事前に予想した通り、ライカのいる場所はなだらかな斜面の途中であり、その下り切った先には広大な平野が延々と続いていた。

 かなり先の方に川らしき物が大地を横切って、まるで線引きをするようにその平野を分断していたが、そのどちらの土地も、広い範囲を人間によって開墾されているようだ。若葉が萌え芽吹き、先を競って大地を緑が埋めるこの時期に、不自然に茶色っぽい場所が多い。

 よくよく見ればぽつりぽつりと家のような物も見え、それぞれに人が住んでいるのだろうと思われた。

 その様子から察するに、ライカが旅の途中で立ち寄った農園のような大規模な耕作地では無く、個人の営んでいる畑なのかもしれなかった。


「この辺はどこにでも人が住んでるな」


 西の街から王都までの道のりで途中に人が住む場所が極端に少なかったことを思い出し、ライカは感心したように呟く。

 そうして眺めている内に、ふと、ごく近くに違和感を覚えてそちらを注視すると、そこに細い煙が見えた。

 火事でなければ煙は人間の生活の印である。

 好奇心を刺激されたライカは、細い木の梢を蹴ると、そちらへと移動してみた。

 はっきりと見える距離に近づくと、そこにあったのは小さな小屋だった。


「じっちゃんの樵小屋に似てるな」


 そこには人の住居として使える壁のある小屋と、屋根だけがある伐採した木を積み上げておく乾燥小屋が建っていて、それだけを見ると確かにそれは樵小屋のようでもあったが、その少し離れた場所に煙の元があり、そこは盛り上がったもぐら道のように不自然に地面から盛り上がり、その一方の端から煙を吐いていたのだ。

 自分の知識にないそのよくわからない物を判断しかねて少し首を捻ったライカだったが、その近くに人影を発見して、慌てて木の上から地面に降り立った。

 ライカが飛び降りた拍子に、今度は大きめの鳥が甲高い鳴き声を上げながら藪から飛び立ち、飛び立った鳥の輪郭を目で追いながら、ライカはついつい(いい具合に太っているな)などと考えてしまう。

 狩りは下手だと言われ続けたライカだったが、鳥とはいえ、重たそうに飛ぶその様子から、これなら自分でも狩りやすそうだとなんとなくその動きを目で追っていたのだ。


「誰かいるの?」


 突然、緊張した声の誰何を受けて、ライカの意識は鳥からそちらに移る。


「おい!熊とか猪なら遠慮しないからな、ちゃんと答えろ!」


 最初の声は女の物、後のは男、どちらも若い個体の特徴を持っていた。

 ライカは教えられた通り、まずは挨拶をしてみる。


「こんにちは」


 応えると同時に、がさがさという藪を掻き分ける音と共に小さい人影が飛び出して来た。


「こら!駄目!」


 鋭い静止の声も聞こえ、飛び出して来た小さい人間はそれに従ったのか、やや離れた場所に立ち止まるとライカをじっと見つめる。


「姉ちゃん、人間だぞ!」


 ライカはその少年の年齢を十歳前後と推測した。

 レンガ地区で仲良くなったねずみのしっぽと呼ばれていた少年が確か十二歳であり、その彼よりこの少年はやや小柄で、セヌの家に集まる上は八歳の子供たちより大きいというのがその根拠である。

 以前は人間の年頃など全くわからなかったものだが、すっかり人の世界に溶け込んだなと、ライカは自らの成長に一人感慨を抱いた。


「あの、すみません」


 そんなことをつらつら考えていたせいか、ライカはもう一人が既に接近して来ていたことに、声を掛けられてようやく気づき、相手をじっと見る。

 どことなく緊張している感じのその少女は、先に立ち止まっていた少年を手元に引き寄せ、ライカを窺うように見ていた。


(んっと、この人は、セヌより大きいしミリアムぐらい?いや、待て、ミリアムよりちょっと小さいからもう少し下かな?)


 年齢当てに集中していたライカは、結果として黙り込んだままその少女をじっと見続けることとなった。

 そのせいか段々と少女の緊張も高まり、なんとなく後退りしている。


「あの」


 意を決したという風に、もう一度声を掛けた少女に、ライカはハッと我に返り、赤くなって頭を下げた。


「すみません、ちょっと考え事をしてて。こんにちは、この辺に住んでる方ですか?」


 ライカが改めて挨拶をしたことで少女の緊張が少し緩む。


(セルヌイやじっちゃんの言う通り、挨拶は大事だな)


 育ての親と祖父の教えの実例を確認して、ライカは尊敬する両者への敬意を新たにした。


「え、ええ。あの、こんなとこでどうしなさったんで?」


 言葉のリズムがライカの普段使っている言葉とも王都のものとも違っていて、少し聞き取り難いが、動作による言語というか意思表示がわりやすい相手だったので、ライカは意図を間違えることなく返事を返す。


「待ち合わせ中で暇だったんでウロウロしていた所です」

「こんなとこでお前みたいな子供がなんすんだよ!」


 今度は少女の前の少年が怒鳴った。

 この問いは前のそれより難解である。

 何をしているんだ?という問いなら先に答えたし、そうではないのならなぜここでそういうことをしているのか?という問いかもしれないが、なぜという問いには答えが無かった。

 あえて言えばサッズが思い付いたのがこの場所だったからとしか言い様が無い。

 そこまで考えて、ライカはふとここに来た理由を思い出した。


「こっちの方に煙が見えたので来てみたんです」


 ライカの答えに、なぜか二人は眉間に皺を寄せて困惑しているようであった。


「馬鹿丁寧だし、話が通じないし、わっけわかんね奴だんな」

「こら!」


 少女が小さな少年の頭を拳で殴ると、ガチンという意外に痛そうな音がする。


「てっ!」


 少年は自分の頭を抱えてさすっていた。


「えっと、ごめんなさい」


 それを見て、何か理由はわからないながら自分のせいだと思ったライカは思わず謝ってしまう。

 二人の、少年少女はきょとんとライカを見ると、やがて吹き出した。


「貴方があやまっこと無いんに、ごめんね」

「変な奴」

「こら!」


 少年に向かって再度拳を振り上げた少女だったが、今度は軽く避けられてしまった。


「そう何度も殴られっかよ、馬鹿スアン!」

「もう!」

「スアンっていうんですか?俺の知り合いにも同じ名前の女の人がいますよ」


 二人のやり取りで少女の名前を聞きとったライカは、懐かしい名前に嬉しくなってついそう言った。


「え、そうなん?」

「ええ、うちの街の治療所で働いてる人で、とても元気が良くて親切でお世話になっています」

「治療所!そんただ偉い人と一緒なんて少し嬉しいな」


 少女、スアンは少し赤くなると、にこやかに笑った。

 そうやって笑顔になると、最初の強張った顔と違い愛嬌のある親しみやすい少女に見える。


「あ、俺だけ名前を聞いてしまってすみません。俺はライカと言います」

「俺ね、ニサっていうんだ。まあよろしくな」


 いつの間にかライカの後ろ側に回り込んでいた少年がニヤリと笑って自己紹介をした。


「よろしくお願いします」


 この年頃の子供ならセヌの所の子達とそこまで違わないだろうと、ライカは少しかがむとそのニサ少年に目を合わせてそう挨拶する。

 子供達はちゃんと一人前に扱うと嬉しそうにする子が多いので、同じようにきちんと応対したのだ。


「お、おう」


 だが、ニサ少年は意外と照れ屋だったのか、ライカに乱暴に応えると、またスアン少女のほうへと走り寄る。


「煙が見えたんは炭小屋だね」


 そんな少年に慣れているのか、スアンは今度はがっちりとニサ少年の肩を捕まえ、そちらを見ることもせずにライカの先の言葉に応えた。


「炭ってあれかな?文字を書く時に使う」

「それは消し炭だろ!駄目な兄ちゃんだな!」

「もう、ニサったら!」

「いて!ひてて!」


 ギューっと今度は口の両端を摘まれて悲鳴を上げる少年の様子を見ながら、ライカはなんとなく軽い既視感を覚えて自分の頬を撫でる。


「あ、もしかして二人は姉弟なんですか?」


 言ってから、そういえばニサはスアンを姉ちゃんって呼んでたなとライカは思い出した。


「あったりまえだろ!」

「ニ~サっ」


 スアンがじろりと捕獲したニサを睨み付ける。


「べーだ、鬼ババア!」

「もう!」

「あはは」


 ライカが笑ったのを見て、スアンは顔を赤くした。


「ごめんね、なんか恥ずかしい所ばっか見せて」

「いえ、なんかどこも同じだなと思って。俺が今待ってるのも兄なんですけど、俺もいつもそんな風に虐められてますよ。……あ、っと」

「いじめじゃあないさ!愛情よ」


 ライカの失言に、腰に手を当てて胸を反らして反論する少女に、思わず「ごめんなさい」と謝ってしまうライカであった。

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