第87話 諍い

 隊商は農園を後にして、川沿いの道を進んだ。

 日射しは柔らかく、空高く舞う小鳥の声も響いて、のどかな春間近な風景が続き、隊商の一同も以前にあったどこかピリピリとした空気を払拭して至ってのんびりとした雰囲気である。

 多くの人が通るらしい道には、街道として整備されていないにも関わらず、ゆったりとした広さと足元の確かさがあった。

 その日常的な利用を証明するように、彼等の隊商と行き交う商売や仕事の途上であろう人とも出会う頻度が上がり、


「よーほー!商人さん、上都ですかいの?どうです、獲れたての水鳥があるよ」

「よーほー、これはこれは、商人相手に売り込みですか?」

「あはは、そういう訳じゃあないが、手早く現金に出来るなら手間が省けていいからなぁ」

「それじゃあ鳥を見せていただこうかな?ほう?青首ですか?罠ではなく矢獲りですな、血抜きは?」

「もちろんおれっちもプロだからな、もうむしって捌くだけにしてあるよ」


 そんな突発的な交渉が始まって予定にない休憩になることもしばしばあった。


「マウノさん、ちょっとお聞きしたいんですけど」


 他の男達はまた何か怪しげな賭け事を始めてしまい、前に散々カモにされて懲りたらしいマウノがそれに加わらずにいた所にライカが声を掛ける。


「どうした?」

「王都まではあとどのくらいあるんでしょうか?」

「ああ、そのことか。しかし君達も暢気だな、それってもっと早く確認しておくべきことなんじゃないか?」


 指摘されて、ライカは少し赤くなった。


「すみません、そういうその、先の予定を聞くっていうことをあんまり考えていなかったんで」

「あは、別に責めた訳じゃないから気にするなよ。そうだな、この後、船場にある倉庫街に行ってそこで一泊、そこで川を渡って半日で王都の次に大きいと言われる武の都ウーロスに着く。ここがいわば西側の王都の玄関みたいなもんで、ここを過ぎれば二日程で王都だ」


 ライカは指を折って数える。


「そうすると後四日って所でしょうか?」

「そうだね、大体そんな感じだ」

「そうですか、わかりました。ありがとうございました!」


 ライカは元気良く礼を言うと、その場を去った。

 にこにことその姿を見送るマウノに、今度はカッリオが声を掛ける。


「ったく、賑やかなガキだ。仕事と遊びの区別もついてないような青臭い小僧にあんまちょろちょろさせるんじゃないぞ」

「カッリオさん、そんな、ずっと一緒にやってきてるんですから。それにちゃんと仕事もするし、礼儀正しい良い子じゃないですか。もう一人のほうはどっか近付き難いですけどね」

「けっ、俺はあの澄ましかえった貴族面見ると反吐が出るんだよ。あのガキもおんなじだ、どうしたって俺達と違う匂いしかしないじゃないか、手前もあんなのに構ったりするんじゃねぇよ」

「まったく、人見知りが激しいんですから」

「馬鹿か!どっかのむずがる赤ん坊みたいに言いやがって、お前ちょっと入れ、ケツの毛までむしってやるからよ」


 どうやらライカ達の話はたんなるついでで、カッリオはマウノを賭け事に誘いに来ていたらしい。


「いや、俺もう賭け事しませんよ!ダメです。今度の稼ぎで所帯持つんですからね」

「なんだと、女の話か?オイ、こっちでたっぷり聞かせろ」

「ちょ、ダメですよ!」


 マウノとカッリオが揉めている所へ何時の間にか他の男達が寄って来て、哀れな青年はアッという間に全員に根掘り葉掘り恋人とのアレコレを聞かれることとなったのだった。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


「サッズ、あと四日で到着だって。そろそろ機嫌直せってば」


 長い道中ですっかりイライラを募らせたサッズは、荷物を放り出してむすっと寝転がっている。


「いい加減人間の群れにいるのはゴメンだ。王都ってのは特別沢山人間がいる場所で、ようは人間の多いほうへ行けばいいんだろ?気配を辿れば俺達だけで行けるぞ」

「だけど、仕事っていうのは約束事なんだ。最後までちゃんと終わらせる約束で雇われているんだから、それを放り出しちゃダメなんだよ」


 約束事と聞いて、サッズの口がふてくされたように結ばれた。

 竜族は元より、何故か前代の生き物というのは総じて約束に弱い。

 誓いとか契約などは彼等を強く縛るルールでもあるのだ。


「わかったよ、後四日だな、それだけ我慢すればいいんだな」

「そうそう、我慢我慢、昔タルカスも言ってただろう?大人に必要なのは我慢だって。サッズももうすぐ大人なんだから我慢は大事だ、イタッ!」


 サッズは皆まで言わせず、ライカの頬を抓り上げた。


「お前はその説教癖をなんとかしろ、まるで小さいセルヌイがいるみたいで余計イライラするんだよ」

「さっふわせふぬひにおふぉふぁれてふぁっかりふぁかりふぁからふぃがへなんひゃろ」『サッズはセルヌイに怒られてばっかりだから苦手なんだろ』

『おおおお、何二重に重ねて言ってんだ、いっぺん泣かせたろうか?こら』

『図星なんだ』

『お前なぁあああ!』


 傍から見るとほっぺと耳を抓みあっている、微笑ましいがちょっと年齢からすると子供っぽい喧嘩をしている二人だが、当の本人達は真剣だった。


『なんだ、サッズなんかお兄さんぶってるけど、いつも我が侭ばっかりじゃないか!』

『お前は末っ子だからっていい気になるなよ、俺だって怒る時は怒るんだぞ!』

『勝手に怒ればいいだろ、おこちゃまだから怒りっぽくても仕方ないし』

『ああん、お前の方が遥かにおこちゃまだろうが!雛っこが!』

「バーカ!」

「ガキ!」


「何やってるんだ?お前等」


 すっかり喧嘩に夢中になっていた彼等は、あろうことか、サッズですら他人の接近に気づかなかった。


「あ、ゾイバックさん」

「うっさいな、関係ないだろ?引っ込んでろよ、おっさん」


 サッズは噛み付くように吐き捨てると、一瞬目を光らせる。

 ぎょっとしたライカは慌ててゾイバックの近くに行くと、サッズの視界を遮った。


「言うじゃないか、ガキ。まぁ揉め事は好きにすればいいが、そろそろ出発だぞ?」


 クククと喉で笑いながら歩み去っていくゾイバックを見送りながら、ライカは胸を撫で下ろす。


「サッズ、今何かやろうとしただろ!」

「ち、脆弱な人間のくせして踏み込んで来るからだ。連中にはいい加減飽き飽きなんだよ」

「サッズ……」


 ライカはその琥珀の瞳で、じっとサッズを見た。


「そんなに嫌なら帰ってもいいんだ。俺は本当はサッズに無理してまで居て欲しくないんだ。今の世界ここはサッズには良い所じゃないし」


 ライカの夜明けの色のその瞳が深い憂いを湛え、ふと伏せられる。

 サッズはハッとしたように息を呑んだ。

 彼は無言で自分の指に嵌った銅の指輪を見る。


「あー、ごめん。悪い。すまなかった。許してくれ」


 謝罪の言葉の引き出しから見つけた限りの言葉を綴ると、しょんぼりと項垂れた。


「違うんだ、ここに来たのは俺の我が侭なんだ、だから、無理なんかしてはいない。今ここにいるのは俺の意思だ。誰がなんと言おうと、たとえそれがお前でも、それは変えられないことだ」


 サッズは柔らかく微笑むと、ライカの頭に自分の額をコツンと当てた。


「悪かった、すまない」

「ううん、サッズがそうしたいんならいいんだ。俺は止めたりはしない。でも無理をしてるなら一人でイライラしたりしないでちゃんと話して欲しいんだ」

「ああ、わかった。……っと、なんか置いてかれてるぞ」

「え?ああっ!急がないと!」


 先刻までのアレコレは綺麗に吹き飛ばして、ライカはわたわたと慌て出す。

 二人は急いで(やや反則気味に)荷物を担ぐと、隊商の後を追ったのだった。

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