第78話 道なき道

 街道を外れると、もはやそれは道と呼んで良い代物では無くなった。

 ライカ自身は詳しいことは知らないが、食堂にたびたびやってきて自慢話をぶちあげていたウリックによると、街道はただ表面を均せば良いというものでは無いらしい。

 岩をどけ、土を掘り下げ、道に向いた質の土を入れ、ちょっとやそっとでは崩れないようにひたすら突き均す。

 それを何度も繰り返し、幅と道なりの水平を計り、と、途中からライカには理解出来ない専門的な話になっていたが、ウリックとて理解してやってる訳ではないようだった。


 街道を歩いている時は別段そのありがたみも深く感じなかったライカだが、いざ外れてみるとそれが良くわかる。

 一応ある程度開けた場所を辿るのだが、その地面の起伏は激しかった。

 しかも、草は生え放題、ぬかるみがあったり蛇が潜んでいる可能性もあるし、モグラの穴もあったりするので、特に馬にとっては厳しい。

 馬の世話の責任者も兼ねている御者は馬車から降りて馬を引きながら常に足元を杖で払いながら慎重に進んでいた。


 一行の疲労も当然ながら街道を進む比ではなく、休憩はより細かく頻繁にとっている。

 そして人間で一番この道行きに苦しめられているのは荷負い人達だ。

 なにしろ重い荷を背負っているのである。ちょっとバランスを崩しただけで転倒の危険をはらんでいる。

 足場の悪さというのは彼らにとっては最も恐るべき敵なのだ。

 実際、何度か体勢を崩して転び掛けた者も出た。

 だが、彼等はそういう場合の『転び方』を知っている。


「いいか?転ぶと思った時は必ず前に転べ。そうすればこの体がクッションになって衝撃が荷に伝わらねぇ。荷に傷が入ってみろ、それを弁償させられ、信用を失って仕事を失う。死活問題だろ?それを考えれば骨を折ろうが顔が潰れようが、そっちのほうがどんだけマシか」


 口々にそう教える先輩達は、実際に青年達やライカ達にもこの訓練を何度もやらせた。

 いわく、手で支えようとするな、腕を曲げ、足を曲げなるべく広い面を地面に当てろ。

 荷の重さに引っ張られそうになったらそのまま片足を後ろに回して反転して倒れ込め。


 実際には道の途中で倒れた傷よりもこの時の練習による傷のほうが多かったのだが、しかし、この練習のおかげか、後ろに倒れこむ者は居なかった。

 これはライカはともかく、サッズには無用の練習だったのだが、本人はなにやら面白がってやっていたので、ライカはほっとする。


 竜は、そしてその中でも特に飛竜は、空間に対する位置取りを感覚的に行う生き物だ。

 バランスを崩すとか転ぶとかいう事態は、わざとか意識を失うかという場合でない限りほぼ有り得ないことなのである。


「転ぶってのは面白い感覚だな」


 などとずぶずぶ崩れる足元の地面をひょいひょい渡りながら言っているのは、ライカもさすがにムカつくが別に責めるべきことではないだろう。

 ライカの方は、足場の悪い道で自重を減らせば荷物の重さに引っ張られて尚更バランスが崩れるので、ここではヘタな小細工はしないで歩いている為、口を開ける余裕がない。

 心声で、『ちょっと俺、もう少し自分を鍛えるべきだと思ったよ』と珍しく泣き言を返した程だった。

 尤も、サッズからは『ライカはそういうのが好きだな』と、何か変な感心のされ方をしてしまったが、それにリアクションを返す余力もない。


「よし!ここで一旦休憩!いよいよ黒の荒野に入るぞ!途中で日が落ちる。準備を怠るな!」


 聞き慣れた隊商長のがなり声が響き渡る。

 その瞬間全員がくずおれるようにその場に倒れこんだ。

 といっても限界というわけではなく、体力を節約する為に行動を最小限に抑えるようにしているだけである。

 話し声すら聞こえないのだから、実際その疲労度が大きいということも本当ではあるのだろうが。


 荷を外して大きく伸びをしたり、皆がゆっくりと体を解すのを見て、ライカもそれに倣って体の状態を確かめた。


「どうだ?平気か?」


 サッズが何かを手にやってくるのを見て、ライカは笑ってみせる。

 どうやらどこからかなにやら調達してきたらしい。


「ありがとう、何?」

「知らんがこれ食っとけってさ。飯はもうちょっとしたら作るって」


 見ると赤黒い、何かの実を漬けた物のようだ。


「あ~、酢桃果だね、塩漬けか」

「塩か」


 複雑そうなサッズの顔を見て、ライカは思わず苦笑した。

 だまし討ちで食べさせられた塩スープの印象がよほど強かったのか、サッズは塩を見るとやや腰が引ける。


「今は疲れてるから助かるよ。この実には疲労を取る効能があるんだ」


 そうは言ったが、ライカとて治療所の先生から貰った一覧の中の絵で見ただけで実際に食べたことはない。

 外から仕入れるしかない果物なので、彼等の住んでいる街に荷として着く頃にはとうてい手軽に口に出来るような値段ではなくなっているのだ。

 要所要所でこういう貴重な品を出して来る辺り、この隊商を仕切る商人はケチでは無いのだろう。


 ライカはとりあえずその一つを口に入れる。

 実際に味わったその実は、塩辛いというより酸っぱい味がした。

 今の体の状態に相応しいからか、ライカは不思議にそれを美味しく感じる。

 サッズも恐る恐る口にして「う~」とか唸っているが、吐き出したりはしない。

 少し元気が出て来たライカは、食事の準備まで時間があるのをいいことに少し前方の様子を見に行った。

 例の用心棒達に遭遇するとまずいが、それとてここでいきなり襲って来たりはしないだろうし、なにより好奇心がまさったのである。


「まあ、今のとこ敵意がある奴はいないようだぞ」


 サッズが気持ちいい程あけすけにライカの意識を読んで周囲の様子を探って報告をしてきた。


「うん、ありがと」


 ライカもそれには慣れているので、別に気にせずにそう受け応えて進む。

 馬車に囲まれた辺りでは男達がなにやら馬の足に布のような物を被せていた。


「あれは何をしているんですか?」


 近くに居た男に聞いてみると、一瞬、驚いたようにライカ達の顔を見て、ややあって、何か思い出したように頷き、答えを返す。


「馬の足を守る為に靴を履かせているのさ」

「馬に靴ですか?」

「ああ、黒の荒野の地面は馬の足に厳しいからな」


 男はこともなげにそう言うと、


「気をつけないとお前等の靴なんかあっという間にボロボロだぞ」


 と付け加えたのだ。


 ライカは自分の足を見ると少しうなった。

 ライカの履いている靴は、祖父が作ってくれた編み上げの靴である。

 替えはあるものの早々に駄目にしていいような物でもないのだった。

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