第77話 行程・十一日目
「見ての通り、ゴツイのばっかりの大所帯、小隊とはいえ兵士が常駐してる。しかも金目の物は無い。という事で、ここいらの盗賊はほぼ姿を消したな」
この現場の責任者に当たる警備隊の土の班の班長は気さくな調子でそう告げた。
それもそのはず彼は元々庶民の出で、単に領主に雇われている兵士に過ぎない。
貴族ではないのだから商人達に威張り散らしたりするはずもなかった。
しかし、他領の威圧的な貴族身分の兵に慣れた商人達からすれば、やや調子が狂う所だ。
「なるほど、それはおかげさまで有り難い事です。荒野へ入ってすぐと、出る間際というのはこの道中で最も危険な場所ですからね、その半分でも不安が減れば安心感は全く違います」
「なにしろ、単に食い詰めて賊になっていたような輩に至っては、こっちの仕事のほうが良さそうだってんで、作業の現地で雇ってくれってやってきた奴さえいるぐらいだし。そりゃ逆の立場で考えれば誰だって危ない橋を好き好んで渡りたくは無いだろうしな」
「そうですね、この国は豊かですから実感しがたいでしょうが、私は外を見てますからね。よそでまともに生きることに絶望して飢えた連中が賊となり、この国の豊かさに惹かれて来ているのですから、元はほとんどは普通に暮らしていた連中だ。争い事をせずに食えるならそっちがいいに違いない」
商人の言葉に土の班の班長は頷いた。
「正に商人さん達は智の
「ははは、やめておきましょう?我等は因果な商売でしてな、過剰に褒められると何かを割り引かれるのではないか?と用心したくなるのですよ」
「なるほど、我等は我等で荷物を積んだ馬車が入ると何かやっかいな荷を紛らせているのではないかと気になるようなものですね」
「まこと因果なことですな」
はははと再び笑い、商人は話を詰める。
「で、街道の先はまだ通れないとなると、昔の迂回ルートになる訳ですが、この道筋でそちらの作業に何か問題はありますか?」
「いや、ここから荒野までの間は旧道との接点は無いですね。大丈夫です」
「そうですか、ならば我等は旧道で荒野に入ることにします。皆様のお作りになる街道が出来上がるのがまことに待ち遠しいですな」
「お待たせして申し訳ないが、精一杯やっているのでご安心ください」
「いやいやわかっておりもうしますとも、我等が大地をしろしめす精霊の加護のあらんことを」
「道中の安全を、我等も祈らせていただくとも」
互いに無事を祈る挨拶を済ませ、穏やか場を分かつ。
商人は隊商に戻ると、主だった者達を集めた。
「道は最初の予定通りだ、荒野に入るまでは盗賊の危険は薄い。休憩を多めに取って馬の疲労を蓄積させないようにしておいて荒野に入ろう」
「はい、了解です。旧道を辿るということになると荒野へは夕方に入ることになりますが、手前で野営を組みますか?」
「いや、そのまま行こう。やはり直前直後は緊張がある。水をここである程度賄えたのは幸いだった。それを無駄にすまい」
「それでは夜駆けを?」
「そうだな、早荷でもないのに余計な疲労は避けたいが、荒野は野営向きではない。次の昼間に休憩を長く取って休ませよう」
「わかりました、人足達にも通達しておきましょう」
「そういえば荷持ちに子供が混ざっていたが大丈夫そうか?」
「元気が有り余ってるようですから大丈夫でしょう。むしろ俺のような年寄りにこそ夜駆けは酷ですな」
「違いない」
「そこは否定してくださらないと、立つ瀬が無くなります」
ひょいと肩を竦める隊商長に、商組合の責任者は笑ってみせた。
「お前が冗談を言うようなら問題は無いさ」
― ◇ ◇ ◇ ―
「夜駆けってなんですか?」
出立の準備中に回って来た知らせに、ライカはその内容の説明を近くに居たエスコに求めた。
「夜寝ないでそのまま進むことさ、きっついぞ」
「暗い中で進んで大丈夫なんですか?」
「お前は初めてだから知らないよな。荒野って所は本当になんもない所なんだ。だから星が出てる夜の方が方向を間違わないぐらいなのさ。足元に注意しながら進むから歩みは昼間の半分も行かないが、夜はおっそろしく寒いんで歩いてたほうがましだしな」
教えに礼を言って、ライカは手早く準備を整えた。
ついでにサッズの荷造りも手伝う。
荷造りが適当でもそこに場を作ってしまえばどうにでもなってしまうものだから、サッズの荷造りは粗いのだ。
本人は良いとしても、そうなると今度は周りから不安がられてしまう。
ということでその足りない体裁の部分をライカが補うことにしているのだ。
「俺は寝ないのなんか問題ないが、お前は辛いだろう?」
「う~ん、眠いかもしれないな、でもなんとかするしかないだろ、寝てたら起こして」
「そのまま運んでやってもいいぞ」
「またそんなこと言って、みんなに変に思われないように振舞わなきゃいけないんだからダメだよ、勿論」
サッズはムッと口を尖らせた。
その子供っぽい仕草にライカは噴き出す。
「なんでそこでむくれるんだよ」
「周りを気にするっていう感覚がよくわからないんだ」
「だって、人間はお互いを意識して行動する生き物なんだから仕方ないだろ?そういう部分は俺が補うから大丈夫」
「そうやってお前がなんだか嬉しそうなのが納得いかない」
「気のせいだよ」
「そんな訳ないだろ、わかるんだから」
「いやいや」
「ごまかそうったってそうはいかないぞ、お前俺に偉そうに出来るのが嬉しいんだろう」
「正確には違う、偉そうに出来るのが、じゃない」
「なんだ?」
「お兄ちゃん気取り出来るのが楽しい」
「兄は俺だ!」
「うんうん、わかってるから」
にこにこしながら堂々と頷くライカにサッズはため息を吐いた。
「段々手に負えなくなる」
「まさか、サッズ程じゃないよ」
ふ、と再び息を吐いて、サッズは手に何かを持ってひらひらさせた。
「実はだな」
「ん?それなに?」
「昨夜吹き飛ばした時にくすねたんだが、干し肉がある」
「サッズも場慣れて来たね」
「一人で食うことにした」
「え?なんで?」
「生意気な弟に対する精一杯の抵抗だ」
ライカは更ににこにこと微笑んだ。
「俺、思うんだけどさ」
「なんだ?」
「サッズには交渉事は無理だと」
「いや、勝手に思ってればいいだろ?」
「俺は予見する。サッズは絶対それを俺にわけたくなる」
「そうか、良かったな」
「眠くなったら頂戴」
「なんで断定口調なんだ?」
「ほら、荷物を縛り終わったよ。前のほうが動き出してるし、行こう」
ライカが尚も何か言いたげなサッズの手を引いて歩き出す。
その触れる手が暖かいのをサッズは不思議な感覚で捉えた。
それは竜であった時のサッズには大雑把にしか感じ取れなかった繊細な触感だ。
人の熱は仄かで儚いが、その僅かな温度がその存在を確かに示してもいる。
弱く儚い肉体は、今でもサッズにとっては馴染まない形だった。
だが、そうやって同じ位置から動き出せて同じ高さで物を見る。それは案外悪くはないと、サッズは最近そう思うようになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます