第76話 春の嵐

 この日は久々に屋根のある建物の中で寝る事となった。

 そこは街道を作る作業をしている人夫達の為の建物であり、ただひたすらがらんとした、屋根と柱と壁があるだけの広い空間でもある。

 個別の部屋などに分かれていないそこは、それぞれが思うままに雑魚寝をするためだけの場所であるらしかった。

 それでも中心には大きい囲み炉があり、赤く燃える火の上には鉤に掛けられた鍋にお湯と、いくつかの串に刺された何かの食べ物が置いてある。


「やっぱり屋根のある場所は違うね。びゅうびゅう吹く風ん中で身を縮めずに寝れるぜ」


 商隊メンバーの中で、この場に最も違和感なく馴染んだのが荷負い人達だ。

 どちらも雇われの肉体労働者であり、パッと見の雰囲気はそっくりだったので互いに親近感が湧いたのだろう。

 もっとも、どちらの集団からも浮いているライカとサッズを除いた場合の話だが。


「よお」


 荷負い人達の中で最年長のカッリオは、炉の周りで思い思いに寛ぎながら新参者の彼らを観察している人夫達に近づくと、抱えていた中型の樽をドンと置いて見せた。


「一晩やっかいになるぜ、、ついてはお近づきの印に一杯どうだい?」


 樽は彼等の隊商からの宿賃代わりであり、こういう交渉事のために用意してあるいくつかの中の一つで、辺境には滅多に入って来ない珍しい蒸留酒だった。


「へぇ、さすがに商売人だ。わかってるね」


 正確に言えばカッリオ達は商売人ではないのだが、この樽を用意したのは商人達なのだから見当違いでもない。


「わずかながら燻製肉もあるぜ、良かったら俺等の旅の無事を祈って一献傾けちゃくれないか?」

「そりゃいいや、そういう理由がねぇと酒盛りなんざ許してもらえないからな」


 相手方、人夫達の交渉の表に立ったのは、まだ若いがいかにもリーダー然とした態度の男で、肉体労働者らしく引き締まった肉体を、これ見よがしに半裸にむき出して、筋肉の盛り上がりを見せ付けていた。

 路地裏で顔を合わせたら疑問を抱く前に道を譲ってしまう。そんな手強い印象を放っている男だ。


「ウリックさん、こんばんは」


 その相手はライカにとっては見知った顔だった。

 城からの荷運びの際に力を借りて、その見返りにご飯を奢って以来、食堂にちょくちょく顔を出してはミリアムを口説いている人夫頭のウリックだったのだ。


「あ?なんだお前ら、家出か?」


 ライカ達の顔を確認しても笑みの一つも浮かべる訳でもなく、馬鹿にするかのような口ぶりで見下ろして来る。

 いつも通りの傍若無人ぶりだ。


「知り合いか?」


 むしろ驚いたのはライカ達と共にいた荷運び仲間の方で、独特の精神的な『押し』を持つ人夫達にやや圧倒されていたまだ若いマウノなどは、目を丸くしてライカにそう聞いた程だ。


「食堂で働いていたんで、そこのお客さんだったんです」


 何でもないように笑って、そう応えたライカは、ウリックに向かって答えた。


「違いますよ。王都まで行くのに雇ってもらったんです」

「ガキだけでよくもまぁ外に出して貰えたもんだ。せいぜい王都で骨までしゃぶられてくるこったな」


 ニヤニヤとライカ達を眺めやりながらも、声音だけは大真面目に彼は告げる。

 一方のライカは、その発言を至極真剣に聞いて首をかしげた。


「王都には人を食べる生き物でもいるんですか?」


 骨をしゃぶるというのを文字通りの意味で捉えたのだ。

 ライカの答えに、ウリックはふき出すように笑い、それだけでは耐えられないように、更に腹を抱えて大笑いした。

 きょとんとしたライカに答えを返すこともなく、周りの仲間達を見回す。


「はあっは、こりゃ傑作だ!確かに王都には人食いの化物がゴロゴロしてるわな」


 振られて、周りの仲間達もゲラゲラ笑い、「ちげぇねぇや」と口々に賛同した。

 彼等の豪放な笑いに、若いマウノやエスコ等はびくりと身を縮ませたが、世慣れたカッリオやゾイバックは、一緒になって笑い出す。


「どうだい兄弟?ケツの青いガキどもを肴に一献」

「そりゃいい、まぁ火に当たれや」


 と、いつの間にやら意気投合したのか、そのまま酒盛りに雪崩込んでしまった。

 肴にされた当のライカと言えば、話に取り残された形でしばし唖然としていたが、すぐに外から呼び出されて食事の用意の手伝いに借り出され、とりあえずその場を離れることとなったのである。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 ちゃんとした窯で焼き上げられた平たいパンと、煮込まれた肉と野菜のごった煮と、暖かなスープを気の良い料理当番に味見させてもらい、重い鍋ごと彼等の宿となった人夫宿舎に運びながら、ライカは改めて酷く真剣な顔でサッズに話し掛けた。


「やっぱりさ、からかわれたんだと思うんだ」


 何かの真理を告げるように、重々しくそう言ったライカの顔をちらりと見て、


「そうだな」


 と、サッズはあっさりと答えた。

 それを聞いたライカの目に、珍しく暗い色が灯る。


「もしかして最初から気づいてて黙ってた?」

「まさか!お前が気づいてないと思わなかっただけだ」


 ライカは別段寒い訳でもないのに全身をぶるぶると震わせたが、何かに耐えるようにぐっと奥歯を噛み締めてそれを鎮めた。


「サッズも面白がってたんだな」

「誤解だ」

「嘘だ」

「誤解だ。人食いの化物だってもしかしたらいるかもしれないぞ」

「今度その話をしたらヘッぴり草を体に擦り込んでやるからな」

「なんだ、それ?」

「糞尿みたいな匂いのする草だ」

「いや待て、そもそもは俺のせいじゃないぞ?」

「ふ~ん」

「あ~、ライカ、別に俺は面白がった訳じゃない。知識がないから何が正しいかわからなかっただけだ」

「相手がからかっていることはわかったよね」

「この煮込みっての美味いな」

「作り方教わったけどサッズには食べさせないから」

「いやいや、そこまで怒るような話じゃないだろ?な?」


 到着した建物の扉を開けた二人は、そこまでの刺々しい雰囲気を一瞬で忘れることとなった。

 中が余りにも酒臭かったのだ。


「これは空気を入れ替えるべきだと思うんだ」


 酒をくらって大騒ぎをしている男達を冷たい目で見据えながら、ライカは表情だけにこりと笑ってそう言った。


「ああ、確かにな」


 当然ながらサッズに否やはない。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 その夜の荷負い人と人夫達の宴会は、突如として吹き込んできた突風が何もかもを引っくり返してしまい、その原因となった扉を開けた少年達に抗議をしようとした男達の声は、


「じゃあご飯いらないんですか?」


 という、どこか断固とした言葉と態度に跳ね返されて尻つぼみに終わり、健全に食事をして寝るといういささか不本意な次第に終わったのだった。

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