第75話 人間の歩幅

 隊商全体がピリピリとした緊張感に包まれて進んでいた森を抜けると、一気に頭上が開けて開放感に満たされる。

 みんながそんな気持ちになるのか、ほとんどの者が頭上を見上げて「おー」と感嘆の声を上げていた。


 森の終わりは緩やかな下りが続き、均された広い道が黒っぽい色の柔らかい土から茶色く固い土に変わる。

 周囲にはまばらに生えた痩せた木々と、地面にしがみつくように広がる緑の草があるだけの、先ほどまでと比べると寂しい景色だ。


「あ、これ全部大葉地這いプランテだ。少し採取したいなぁ」


 ライカは、足元にポツポツと生えている野草が薬草である事に気付いて、物欲しそうに横目で眺めるが、大荷物を担いで歩いている最中に屈んで摘む訳にもいかない。


「うう」


 未練たらしく唸っていると、横を歩くサッズと前を歩くカッリオが射るような視線を向けて来た。


「ライカ、ボヤボヤしてるとまたあのおっさんが突っかかって来るぞ。どうも俺達が何かと事件を起こすことに苛ついているようだし」

「うん、わかった」


 そうまで言われてしまっては、流石にライカも気持ちを切り替えて荷運びに集中することにする。

 カッリオはどうもライカやサッズが遊び半分でこの仕事をやっていると思っているらしく、先夜酒が入った後に散々説教を食らったのだ。


「でもさ、俺達が事件を起こしているわけじゃないよね?」

「まあそうだが、人間の物の考え方は雑然としていて、自分の気に入らないことの、原因と結果の間にあるなにもかもに対して一纏めにして不快感を覚えるらしいからな」

「巻き込まれただけでも?」

「巻き込まれたそのことこそが悪い、という感覚らしいぞ?あいつらの意識ってのは不快と快とで大きく二つに分かれているんだ。そして不快を感じた場面に存在した相手を無意識の内に不快をもたらす物として分類している。これが高じて、理由の無い嫌悪という形に昇華した結果、今度は相手を見ただけで不快になる」


 サッズの説明に、ライカは両手を開いてみせる。

 掴みどころがないという肉体言語の一種だ。


「それは同じ人間ながら俺にはどうも把握するのが難しい感覚だな。サッズは今に俺より人間について詳しくなりそうだよ」

「つまらん知識が増えてもつまらんだけだけどな」

「そんなこと言って、最近は人間に興味が出て来たんだろ?休憩の時に心ここに在らずって感じがしてるけど、あれって意識を広げて隊商全体を眺めてるんだよね?」

「ああ。あれはあいつら対策だぞ。あの気持ちが悪い連中のな」

「用心棒の人達、か。最近は全然見ないけど大丈夫だったのかな?」


 ライカの言葉に、サッズは呆れたように肩を竦める。


「大丈夫も何も連中は毛筋程にもあの時のことを気にしてないようだぞ」

「覗いたの?」


 ライカの聞いているのは相手の奥に眠る意識を直接覗いたのか?ということだった。

 竜族には他者の意識を纏めて抜き取り、その情報を吸い上げて、それを組み直して元の形を理解するという一種独特の相互理解のやり方がある。

 大体において大雑把な竜族らしいやり方ではあるが、実を言うとこれを人間に対して行うと、相手の意識に混乱が生じる危険があるのだ。

 元々認識能力が桁違いの竜族同士でやる分には問題のない方法だが、脳という物質に保管を依存している人間は、一度その整合性が失われると再構築が難しい。

 ライカが、人間社会に出て来たばかりのサッズの知識補完のために他人の知識を利用するやり方を許さなかったのは、結果として相手がその知識全部を失ってしまう恐れがあったからなのだ。

 今更、そこをわかっていないサッズではないとライカは思っているが、あの人間離れした相手になら遠慮をしないのではないか?とも危惧したのである。


「まさか、その言動を眺めてるだけでもそこら辺はわかるだろ」


 ホッとすると共に、サッズのその理解力の速さにちょっとした感動を、更に言えば誇りのような物を感じてしまうライカではあった。


 それこそ黙っていても互いの意思がわかる竜だからこそ、他者の気持ちを想像することなど、サッズは今まで考えもしていなかったはずだ。

 それが『人間の言動を見て、その内心を量る』などということを自然に行うようになるとは、ライカですら想像もしていなかったのである。

 少し前ならせいぜい漏れ出でる意識を集めて、方向性を推し量る程度だったろう。

 どうやらサッズは、人の漏れ出ている意識を見る内に、人間の思考パターンを学習してしまったようだった。


「それにしても、あの人、班長さんと戦いたいだなんて、世の中には変な趣味の人がいるんだな」

「ふん、自分に匹敵する程強いというのなら、その相手と戦いたいと思うのは力持つ者なら誰だって抱えている望みだろ」

「そんな、エイムじゃあるまいし。それにあの人、正々堂々と班長さんと戦いたい訳じゃなくて、罠に嵌めて倒したいみたいな言い方してた気がするよ」

「お前よくあの頭がおかしくなるような言葉をちゃんと聞いて覚えていたな。俺は途中から全部遮断してたぞ」

「そりゃあ誰かさんみたいに自在に音を止めたりとか出来ませんからね」

「この特技はだな、説教を聞くときに役に立つんだ。少なくとも音声からの攻撃は防げるだろ?」

「説教とか、今度セルヌイに言いつけてやるから」

「あ?誰がセルヌイの事だと言ったよ、お前こそ日頃からあいつが説教くさいと思ってるから自動的にあいつを思い浮かべたんだろうに」

「へぇ、俺に責任を持ってくるんだ?サッズっていつも自分がお兄ちゃんだとか主張する割にはそういう所で俺からの信用を削ってるよね」

「ぐっ、そんな風に言っても無駄だ、ぞ?事実は事実に過ぎないからな」

「サッズ、今、右足と左足を両方一緒に前に出したよ。動揺するのはいいけど、人として不自然な振る舞いをしないようにね」


 ライカの指摘に歯噛みするサッズは、しかし言い争いをそこで中断せざるを得なかった。


「いい加減真面目に進め!おまえら!」


 カッリオがこめかみに青筋を浮かべて怒鳴ってきたからだった。


「俺は真面目だぞ」「すみません」


 返事が少々かみ合わなくても結局二人共が黙るのは同じなので、別に問題ではないのである。

 少なくとも彼等の間では。


 ― ◇ ◇ ◇ ―


 黙々と進む隊商の先から、なにやら大勢の人間が発する雑然とした独特の音が響いて来ることに一番最初に気づいたのはライカだった。

 すぐに先頭の者もそれを察知して、どうやら一瞬盗賊かと思って血の気の引く思いをしたようだったが、やがてそうではないと気付いて力を抜く。


 緩やかなカーブを描く坂が終わり、土地が平らになった場所を大きく切り開いてその施設は建っていた。


 賑やかさからすると小規模の村のようにすら見えるが、そこは普通の人の集落とは一つ大きな違いがある。

 そこにいるのは青年から壮年の男ばかりで、女子供の姿が全く無いということだ。


「お~、去年の場所から移動しているなとは思ったが、随分早く立派な施設を作り上げたな」


 一番の年長で、経験豊富なカッリオの呟きに、自身は初めてこの施設に遭遇するはずのライカも一緒になって感心する。

 荒削りながら大きな木造の建物がいくつか並び、不自然に綺麗に築かれた土の山に人が大勢たかっていて、何やら順繰りの手渡しでそこに新たな土を落としていた。

 そしてライカは、その作業をやっている中に見知った顔がいくつかあるように思った。

 その断片的な情報だけで、ライカはそこが何をする場所であるのかに早々に気づく。


「土なんか運んでどうするんだ?食えるのか?」


 不思議そうにしているサッズに微笑んで、そこにあるはずの物を探す。

 そして、ほどなくそれは見付かった。

 まだ、ほんの僅かな間離れただけなのに、すでにどこか懐かしい気持ちになっている自分をライカはちょっと笑ってしまう。


 くすんだ赤を基調とした隊服。

 それはライカの住む街、ラケルドの治める地の警備隊の物だ。


「あれはこの街道を作ってるんだよ、きっと。ここがその作業の拠点なんだ」


 つまりそれはもう少し先で街道が終わるという印でもあった。

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