第27話 食堂の午後

 この時期は食材が極端に少ない。

 ありていに言えば芋と豆と僅かな塩漬けの果実や野菜、ほんの少しの肉。

 それもギリギリ食べ繋げる程度で豊富にはない。

 なので、人々は料理の嵩を増やす為に冬場はスープを食卓の主体にするのだ。


「たいした料理は出来ないけど、このスープは夏場に作った骨粉とお店で仕入れた魚粉をベースにしてるから、まだこれから育ち幅があるあなた達ぐらいには身になるはずよ」


 食堂に戻ると、にこやかに出迎えたミリアムが事の経緯を聞きたがり、驚いたり、うっとりしたり、怒ったりしながら一連の出来事に耳を傾け、話のお礼にと料理を奢ってくれる事になった。

 出てきたスープは淡い金色の照りを浮かべ、芋をこねて団子にしたものとペースト状にした豆を薄く伸ばして干したものをスープで戻してふやかした具材がほっくりと浮いている。

 ライカの見る所では、それはサッズにとっては間食にすらならない量だったが、だからといって心遣いが有り難くないはずもなく、二人はお礼を言ってその気持ちを頂いた。


「骨粉や魚粉なんて高いのに、良かったの?」

「いいのいいの、ライカにはいつも頑張ってもらってるんだから幼なじみぐらいには良い格好させてあげたいじゃない?」


 ミリアムは、彼女らしいおおらかさで軽くライカの恐縮を受けると、無理をしていない事を保証してみせる。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 つい昨日には約束をすっぽかしてしまったのに、結局はこうやって気に掛けてくれる心遣いが嬉しくて、ライカは素直に心から礼を言った。

 みんなに少しでも美味しい食事を提供したくて食堂を始めたというミリアム達家族は、いつもこんな風に軽やかに暖かい。

 そもそもこの街に来たばかりでもの慣れないライカに対して、最初に細々と世話を焼いてくれたのも彼女だった。


「美味かった。塩辛くないし」


 二人がそんな事を言い合っている間に、サッズはライカが譲った分もすっかり平らげてしまったらしい。

 サッズは彼にしては稀有な事に、素直に礼を述べてみせた。


「そうでしょう。ライカも来たばっかりの頃塩辛いスープで苦しんでたのよ。最初はやせ我慢して平気な顔してたんだけど、とうとうある日弱音を吐いてね」

「ミリアムが変な顔で食事するんじゃありません!って怒って聞き出したんじゃないか」

「だって美味しそうな顔をしないんですもの、そりゃ気になるじゃない提供する側としては。大体そんな事を我慢してるライカの方がおかしいのよ」


 今度はまた違う言い合いを始めた二人をサッズは不思議そうに見て、何気なくという風に尋ねる。


「お前達は家族でも恋人でもないんだろう?それにしちゃ仲が良いな」


 その言葉にミリアムがびっくりしたようにサッズを見て、少し赤くなった。


「だって、一緒に働いてるんですもの、私からすれば家族みたいなものよ。ライカは家族は家族だから私達は友達だって冷たいけどね」

「そりゃそうだろう。家族は家族だ。でも、トモダチって感覚は俺には良く分からないな」

「友達が分からないって、だって、ライカと貴方は友達なんでしょう?」

「まさか、家族だ」


 即答に、ミリアムは目を瞬かせて一瞬黙る。


「でも、血縁は無いんでしょう?」

「それを言うならうちの家族の大半は血縁はないぞ。だが絆を繋ぎ、過去や未来を共にする相手が家族というものだろう?」


 ミリアムはサッズの言葉に何かを感じ取ったらしく、小さくうなずくと、にっこりと笑った。


「そっか、そうだよね。血縁とかじゃないもんね、家族って。私の知り合いにも戦から逃げる時に一緒に逃げて、出身も年齢も違うのに家族として暮らしてる人たちもいるもの。うん、そっか、おじいちゃん以外にも良い家族がいるんだ、ライカには」

「うん」


 彼女の言葉にライカははにかんだように笑う。


「それで、サックくんは友達というものが分からないって事は、家族以外に周りに年の近い人がいなかったって事?こればっかりは理屈じゃないものね」

「俺は理屈は苦手だ。トモダチというのはよくわからんが、おまえとライカが打ち解けてるのは分かる。まぁこいつは昔からなんでもかんでも訳の分からんモノとトモダチとやらになっていたし、俺には分からないがそういうもんなんだろうとは思う事はある」


 サッズは希有な事に、自然な笑顔を見せてそう言った。

 対していたミリアムは、その顔を見て身体機能の全てを止めたように凍り付くと、先ほどとは比べ物にならないぐらいに赤くなる。


「あ~、君、なんか無駄に顔が良いよね。うん、お姉さんはちょっとドキドキしてしまいましたよ」

「無駄ってなんだ?見た目はある程度は大事だろう?男ってのは女に選んでもらえなきゃ次の世代へとは繋げないんだし。選んでもらえる要素は多いに越した事はない。まぁ見た目が良すぎて選んでもらえない場合もあるようだけどな」


 ライカはちょっと目を閉じて遠い家族を思って胸を痛めた。

 まさかセルヌイもこんな所で人間相手に自分の不遇をバラされるとは思ってもいなかっただろう。


「そういう考え方って面白いわね、普通は女が男に選ばれるって考えるものなのに。私からすれば君でも十分に良すぎると思うんだけど、見た目が良すぎて選ばれないっていうのはなんとなく分かるわ。だって自分より目立つ相手なんて嫌じゃない?女にだって誇りはあるんだから」


 ミリアムはそう言って、いくら顔が良いからと言ってまだ子供のような少年にどぎまぎした自分の戸惑いをも笑い飛ばすと、軽くサッズの頭を撫でた。

 ライカはぎょっとしたが、サッズは別に気にする風もなくそれを受け入れている。


「女が誇り高いのは良い事だと思う。なにしろ女は母親になるんだし、一番子供に影響するのは母親だ。母親に誇りがなければ子供も誇りを持たないだろうからな」


 サッズはどこか自慢げに持論を展開した。

 確かにそれは女性を立てた立派な持論に聞こえる。

 おまけにサッズには独特の雰囲気があり、口にする言葉が本来以上に聞く相手に影響を与える力を持っていた。

 竜であるその身に纏う『威』が、周囲に影響するのである。

 だが、そういうものを身近すぎて感じなくなっているライカは、すっかり呆れていた。

 話の流れを辿れば、要するにサッズが言っているのは女性を口説くのに自分の容姿が有効だということなのである。


「ミリアム、サックは見た目は良いかもしれないけど、ちょっと考え方が変でさ。増長するからあんまり見た目のことで持ち上げないで欲しいんだ」

「ちょっと変ってなんだ、変って、俺は全然変じゃないぞ!」


 さっそく文句を付けるサッズを横目に見ながらライカに視線を移し、ミリアムはクスクスと笑って見せた。


「確かにちょっと変よね。でも、悪い人じゃなさそうだし、この世の中、女なんて物みたいに考えてる男が多いんだから、そう悪い変さじゃないわ。私は結構好きよ」

「ミリアムって、心が広すぎるよね」


 ライカは呆れたように言う。


「そりゃそうよ。そうじゃなきゃ我が侭な人が一杯いるのにこんな仕事なんてやってられません」


 そのミリアムとライカの会話をどう聞いたのか、サッズが不思議そうに言った。


「変というのは悪口じゃないのか?なんか褒められてるような気もするんだが」

「ああうん、褒められてるよ。良かったね」

「お前、にこやかにしながら冷ややかな意識を向けるのをよせ。言ってることがちぐはぐじゃないか」

「そもそもが複雑なことを理解するための複雑な言語なんだろう?理解力の足りないのまでは責任持てないよ」


 言葉というものは使い方によっては理解を拒む。

 にっこりと笑ってみせるライカから伝えられた心声こえが、柔らかい罵倒という微妙なモノだったため、サッズはしばしどう反応して良いか迷ったが、やがて吹っ切るように伸びをした。


「まぁいいか。ところで、この貨幣というのを使えばもう少し何か食べさせてもらえるのかな?」


 悩むのをすぐに止めて気持ちを切り替えたサッズは、そう言ってのけ、またもうっすらとその場を凍りつかせる。


「食べ盛りだから、仕方ないよね」


 ライカは諦めたように言ったが、ミリアムは目を丸くして彼を凝視した。


「お城で食べて来たのよね?ライカと一緒に」

「ああ、食べた。辛くて参ったが、仕方ないから食べた」

「ミリアム、彼の一族はすっごい食べるんだ。ある程度は食べさせてやってくれないか?お金はちゃんと持ってるから良い客だと思えばいいよ」

「俺は普通だぞ、むしろ小食な方だ!上の連中の小さい頃なんて、もっと食ったに違いないぞ!」

「うん、比較対照の相手って大事だよね」


 眉を潜めて、ムッとしたようにライカの頬を突付きだしたサッズに、ミリアムは思わずふきだすと、そのまま使われた食器を持って調理場へと向かった。


「さっきのスープ、沢山作ったからまだまだあるわよ。それで良い?一皿五カランになるけどお茶も付けてあげるわ」

「ああ、それで良い。金の払いはこいつに任せてるからそっちから貰ってくれ」


 その言葉にライカが何かを達観した顔になる。


「結局お金の計算自分でやる気ないんだね?まぁ分かってたけど、……って、いい加減突付くの止めなって!」

「突付くのが駄目なら引っ張るぞ」

「その変な理屈はなに?って、やめ!」


 突付かれ続け、更に頬を引っ張られることとなって、ムカついたライカはすかさず報復に打って出た。

 無駄に顔が良いと評価されたにも関わらず、その顔をライカに引っ張られ、見る影もない程残念なことになってしまった少年は、結局、ライカと互いの隙を窺う攻防を始めてしまった。


「男兄弟っていいわよねぇ」


 ミリアムはそんな彼等に方向のずれた感心をしてみせて、お代わりを運ぶ。

 その後、サッズは五皿のお代わりをして食堂のスープを干し、更に物欲しそうな様子で小さな食堂を食材の危機に直面させ、食料事情から配膳停止を言い渡されることになったのである。


「足りないは足りないなりに、サッズは満足そうだったよ」


 とは、この時の様子を後に語ったライカの談である。

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