第4話 精霊祭~七ノ刻~

 通りをうかがって人気ひとけの無い場所を選んでうろうろしていたライカは、ふと聞こえて来たた音に気を惹かれてそちらへと足を向けた。

 乾いた木片を叩き合せたような音がいくつか重なって、不思議なリズムを刻んでいる。


 辿り着いてみると、そこは市場の中の広場だった。

 いつもは固定した店舗を持たない露天の店があちこちで呼び込みをしているその場所も、今日は別の意味で賑やかになっている。

 見れば皮を剥がして磨かれた丸太が横倒しに置かれ、それを手持ちの棒で叩いていたり、両手に持った二本の棒を打ち合わせたりしている数人の男達が、互いの叩きだす音を絡み合わせて複雑な一つの音の連なりを生み出していた。

 その周囲ではそのリズムに合わせて足を踏み鳴らす男女が大人も子供も混ざって、くねくねと不思議な動きをみせている。

 人間以外の種族にも似たような習性を持つ生き物はいるが、それは競い鳴きとか戦いの舞踏とかいう、要するに何かを奪い合う為のものが多い。

 他には番いが互いを確かめる愛の作法のようなものもあるが、目前で行われているものは、ライカの目から見て、そのどれとも違う感じがした。

 彼等に聞いて確認しようにも、ライカは現在自分の今の姿について収まりのつかない葛藤にさいなまれていて、他人の前に出る決心が付かないでいる。


「みんな仮装をしてるって言ったのに」


 ライカはぼそりと文句を口にした。

 みんなと言ったかどうかは怪しかったが、怪しげな格好をした人間は他にもいるはずだと、ミリアムは保証してみせたはずである。

 しかし、実際そこいらを歩いている人々は、いつもとは違う少し鮮やかな色合いの服装をしてはいるものの、どう見ても、本来と違う性別の装いをしているのはライカ以外いないように思えるのだ。

 目前で行われている行為の意味を知りたい気持ちと、思いっきり他人から浮いている自分の姿を人目に晒す恐れを天秤に掛けた結果、事の追求を諦めてライカはそこを離れ、また人気の無い場所を探して歩いた。


 普段人があまり通らない街壁の近くなら少しは人が少ないだろうと思って行ってみると、なにやら若い男女がそれぞれに間を置いてひとかたまりに壁際に寄っていて、そこそこ賑わっている。

 かと言って城前の広場の方は一番賑やかなので問題外だ。

 なぜか意外と人の少ない表通りを足早に通り抜け、こうなったら思い切って門近くの街壁の抜け穴を通って外へ出ようかと思っていたライカの目に、見慣れた姿が映った。


「そんな可愛らしい格好で人気のない場所をうろうろしていると狼に引いていかれるぞ」


 笑い含みの声で、そんな風に言って来る相手は、所々擦り切れた皮のズボンに、長袖の毛織シャツ、その上に生地の薄くなったチュニックを被るように着て、手足と左胸には皮の防具を嵌め、ズボンと同じ色の、擦り切れ具合も同じような皮のマントを羽織っている。

 目の上に巻かれたのは仮面ではなく単なる布で、かろうじて目の場所に穴がなければ目隠しでもしているのかと思った所だ。


「領主様、それって仮装ですか?」

「ふむ、俺はどうも姿に特徴があり過ぎるんだな、皆が皆、領主様ご機嫌ようとか挨拶をくれるぞ」


 彼の体は骨の歪みが酷いので、どんなに頑張ったとしても正体を隠すのは無理だろう。

 領主は、その己の少し他人と違う身体を普段から隠すでもなく、むしろそれが当たり前のように衆目の前に晒して、時に冗談の種にもして街の人々と触れ合っているので、住人も彼の体の話題をさほど気にせずに口に乗せるのだ。


「普段街中に出てなければ、気付かない人もいたかもしれませんね」

「なるほど、俺自身の責任という訳だな。ライカは頭が良くて良いな。そういえば治療所の先生の所で勉強もしていると聞いたぞ。偉いな」

「あ、はい。ありがとうございます」


 ライカは褒められて素直にパッと顔を輝かせる。


「あの、ところで先ほど言っていた、『狼に引かれる』ってどういう意味ですか?狼は街の近くには寄らないですよね?」

「ん?はは、狼と言っても森狼の事ではないさ、人間の中にいる狼の事だ。つまりこないだの人狩りの連中のような他人を食い物にしている輩の事だな」

「あ、なるほど、隠語ですね」


 いつぞやの街道整備の労働者達に教わった、仲間同士でしか通じない言葉の事をなんとなく連想したライカは、思わずそれを言葉にする。


「お前、変な事まで覚える必要はないんだぞ?」


 領主はその言葉を聞くと、やや複雑そうな顔をしてみせた。


「隠語って変な事なんですか?」

「まぁ日常会話で出されるとドキリとするような類の言葉ではあるな」

「そうだったんですか、気を付けて使いますね」

「あと、今言った狼のような人間の前でも口にするなよ、ありもしない腹を探られるからな」

「結構使いどころの難しい言葉なんですね。ところで腹を探られるというのも隠語ですか?」

「いやいや、下品な言葉の類だな。正直に話しても嘘を付いていると思われて物事がろくでもない方向に転がるというような意味かな」

「色々難しいんですね」

「人生経験で自然と馴染んで来るものだから、まあそんなに気にする必要はないな。理解していないのに使うのはあまり勧めんが」

「気を付けます」


「しかし、」


 領主は口の端を上げる笑みを見せると、言葉を継いだ。


「うん、化けたな。えらくべっぴんさんに見えるぞ。口を利かずに歩き方を変えれば男が寄ってくるのは保証する」

「それって、求婚にって事ですか?冗談じゃないです。そんな事になったら相手を殴りますよ、警備隊の人に捕まってもかまいません」


 憮然と、そう言ったライカに、領主は口を押さえて震え出す。


「笑ってるんですか?」

「いや、笑っては悪いと思って、な」

「全然隠してないです」


 ライカは頬を膨らませると、そこらに適当に腰を下ろした。


「おいおい、それは借り物なんだろう?汚れるぞ」

「う~、実はですね、これ、ミリアムが自分が着れなかったから着て欲しいって言って俺に着せたんです。でもなんとなく、ただからかわれているだけなんじゃないかって気もしてきている所です」

「ふ、む?なるほど。それは特別な衣装だからな、あの娘もさぞ着たかったのだろう」

「特別な衣装?」

「初めの六元は知っているな」

「はい。世界の元の六つの卵から生まれた物の事ですよね」

「そうだ、風、火、水、天、地、空、これが世界の6元と言われている。これを色で表すと緑、赤、青、白、黄、黒だ。火と大地、つまり純粋な赤と黄は今回の祭りの主神である大地の実りを体現する女神様の色なんだよ。それを使う事が出来るのはまだ大人にならない子供のみ。つまり子供達は精霊を呼ぶ依り代である。という考え方があるんだ」

「さっぱり分かりません。そもそも神とか精霊が関係する時点でよく理解出来ないんです。それらが本当に存在するとしても、それってつまりただそこに在るだけのモノですよね?人間がどうしようと、それは在るように在るんであって、願いを掛けてそれを叶えるというモノではないと思うんです」

「なるほど、現実的な考え方だな。子供らしからぬ夢の無さだ」


 領主は笑ってみせる。


「す、すみません」


 ライカは思わずつくろわずに本音を語ってしまい、慌てて謝った。

 領主が、いや、竜騎士であるラケルドが相手だと自分が気を抜いてしまう事をライカは自覚しつつあった。


「そうだな、それならちょっと一緒に回ってみないか?」

「え?」

「言葉で答えるのは簡単だが、人々の様子をまずは何も先入観を持たずに見てみる方がいいだろう。そもそもお前に俺が教えてやれるのは俺自身が考えた答えでしかない。それは俺が色々と経験して来た事が根底にある訳だが、俺が出した結論が全部お前にとって正しいという事もないだろう。俺の経験自体は、話せばお前が答えを探す助けにはなるかもしれんがな」


 そう言って、ラケルドはその手をライカに差し伸べた。


「お手をどうぞ」

「手?ですか?」


 ライカは言われた通り右手を差し出すと、ラケルドの手がそれを掴まえる。


「ちょっと特殊な場所を通ったりするから離れないようにな。しかし、こんな子供を連れ歩いたりしたら、もしかすると俺の悪い噂が立つかもしれんが、まあ気にする事もなかろう」

「ええ?」


 ラケルドの言葉には不思議な力があるとライカは感じていた。

 そしてそのせいで、うっかりするとそのままその言葉を丸呑みに自分の答えとしてしまいそうになる。

 しかし、今、自分の言葉をそのまま受け取らず、自ら見聞した事を元に判断し、考えろと、ラケルドはわざわざライカに忠告してくれたのだ。

 その期待を裏切る訳にはいかなかった。


「さて、お嬢さん。どこから回りましょうか?」

「お嬢さんは勘弁してください」


 言われて、自分の恰好の恥ずかしさがぶり返したライカは真っ赤になって俯いてしまう。

 陽はまだ高く、祭りはその序盤が始まったばかりだった。

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