第3話 精霊祭~朝~

「お祭りは夜にやるんじゃないの?」


 着付けの複雑さに既に目を回し気味になりながら、ライカは溜息を吐き、とりあえず遅まきながら聞いてみた。


「本番は夜だけど、昼から色んな催しがあるのよ。昨日表通りの宿に詠い語りが来てたらしいし」


 答えるミリアムも母親に着付けをされながらである。

 下着である一枚布の貫頭衣の上に背中で紐を縛るタイプの上衣、巻き付け式のスカートと更にその上に短い上掛けスカート、そしてまた上衣に移って袖の広がった長袖のシャツ、そしてエプロンタイプの飾り前掛け、それから上衣に袖なしの色鮮やかな短衣、その短衣は前を飾り紐で留めるようになっていて見事な刺繍が施してあった。

 そこで終わりかと思えば更に袖をリボンで結び、結った頭を覆う為の、布で作った飾り花の縫い付けられた貴族の物とはだいぶ形の違う飾り頭巾も傍らに置いてある。

 ライカもそれとほぼ全く同じで、ただ、スカートの長さがミリアムが踝まであるのに対して、ライカのものは膝下より少し長い程度だった。


「詠い語りってなに?」

「そっか、隠れ里で育ったライカは知らないわよね。詠い語りっていうのは色んな所で起った事を節を付けて語る旅の芸人の事よ」


 ライカは、「隠れ里ってなんだろう?」とは思ったが、自分の育った場所についてなにやら色々な噂が飛び交っているのは気付いていたので、真実を話す訳にもいかない事もあり、あえてそこは指摘しなかった。


「でもそれって街の外から来た人だよね。冬の間は荒地を越えるのは無理なんじゃなかったの?」

「このぐらいの時期になるとあそこは雪が減って、地面が凍り付くんだけど、頭の良い人がそこを上手く渡る方法を考えてね、商人さんとか芸人さんとか祭りで稼ぐ為に結構来るのよ」

「どうやって越えるの?」

「ええっとね、ソリを使うんだって?」

「ソリって?」

「木の板をね、二本並べて引っ張って滑らせるの。ほら、氷遊びのソリよ」


 ライカは前に見た、氷の上で板を滑らせて遊んでいた子供達を思い出した。


「あああれか、なるほどね」

「荒地ではそれを馬車の車輪と交換して進むんですって。結構早いらしいわよ」

「色々考え付く人がいるんだね」

「お金を稼げると思ったらどうやっても辿り着くのが商人で、祭りがあればなんとしてもそこへ行くのが芸人なんですって」

「そういうのって格好良いね」

「え~?格好良くはないと思うわ」

「ほら、ミリアム、服は終わったから髪をやらなきゃ」


 ミリアムの母、シアーラが娘の全身を見渡して満足そうに頷くと、ライカに掛かりっきりの娘を促す。


「ちょっと待って母さん。後ろで留めるところだけはやっておかないと、自分じゃ出来ないだろうし」

「いや、全部分からないから。しかも凄い息苦しいんだけど」

「我慢して、これがちゃんと締まってないと全体の体の形が綺麗に見えないの」

「別に綺麗に見えなくてもいいよ」

「何言ってるの!私の憧れの服を着るんだから綺麗に着てくれなきゃ駄目でしょう?」

「ミリアム、俺が男の時点で色々無理があると思う」

「大丈夫よ、ライカの年頃ぐらいまでなら男女の差なんて大した事ないんだから」

「まだ昼間なのにこんな格好でうろつけないよ」

「おじいちゃんに作ってもらった仮面があるじゃない。それにしても綺麗に作ってもらったわね」


 ぎゅっと、ミリアムが力を込めて内着短衣の紐を締め、ライカは返事をしようとしていた声を失った。

 息が詰まったのである。


「ちょ、っと」

「大丈夫、慣れるから」


 そう言うと、彼女は自分の髪を結い上げてもらう為にライカから離れ、姿勢を正して母親に身を任せた。

 ライカは暫くガンガンと鳴り響くこめかみの痛みと戦っていたが、やがてそれもなんとか治まり、呼吸のコツを掴むと、やっと口を開く。


「これって、いつも付けてるの?」

「さすがにいつもは着けないわ、でも貴族のお姫様とかはいつも着けてるみたいね。なんか皮で出来たもっと鎧みたいなものらしいわ」

「凄い、尊敬する」


 ミリアムの母シアーラは、やや指が短くふっくらしている為、見た目はそれ程器用に見えないが、彼女が娘の髪を編み上げる様子は見事だった。

 いつも編んだ髪を単に纏めているミリアムだが、今回はその見事な紅い髪に白い飾り布を編み込み、まるで花に包まれているかのように見える。


「そうやって髪を綺麗にしても、どうせ頭には被り物を付けるんだよね。変なの」

「ふふ、ライカは子供ね、これにもちゃんと理由があるのよ」

「理由って?」

「ないしょ」

「ミリアム、俺をからかってる?」


 さすがに少し険のある声でライカが言うと、ミリアムはクスクス笑って見せた。


「そうじゃないけど、時期が来たら分かるわよ。さ、今度はライカの髪ね」


 ミリアムはライカの緩く一つに編んだ髪をさらりと解くと、櫛を入れる。


「綺麗な色ね、羨ましいな」


 瞬間、ふとライカの胸の奥に懐かしい思いが蘇った。


「ありがとう」


(セルヌイもこの髪が好きだったな)


「ライカは少女衣装だから編み上げずに編んだ髪を垂らすのよ、衣装が赤と黄色だから編み込む飾り布は赤がいいかな?」

「赤に赤は派手過ぎるよ。お前のスカートの余り布の花染めの夕暮れ色があったじゃないか、あれがいいよ」

「ライカの髪が夜明けの色だから夕暮れ色と組み合わせるのはなんとなく素敵ね、うん、それがいいわ」

「俺は分からないんで好きにしてください」


 すっかり諦めの境地でライカは我が身を彼女等に任せる。

 どこかから軽快な太鼓らしき音が響き、耳を澄ませば人々の楽しげなざわめきが通りに流れているのも聞き取れた。


(お祭りか。存在しないかもしれないものを奉る意味はやっぱり分からないけど、冬の一番大変な時期はその日を乗り切る事だけで精一杯だったから気軽に誰かを訪ねる事も出来なかったし、こうやってみんなが楽しそうなのはやっぱり嬉しいな)


「痛、」


 そんな感慨も、髪を強く引っ張られた痛みに吹き飛んでしまう。


「あ、ごめん、でもほら、良い感じでしょう?」

「いや、自分じゃ分からないから」


 右側に何本にも編まれた髪が複雑に絡み合って長さを変えて胸元へと流されているのは分かるが、ライカ自身には何がどうなってるか分かりようもない。


「とっても可愛いから」

「なぜか外へ出るのが嫌になったよ」

「ほらほらこれ」


 ミリアムがすかさず祖父の作った仮面を手渡した。

 白く滑らかに磨かれた白皮の木の表皮に黒い竜が羽根を広げた姿のシルエットデザインが嵌め込まれている。

 恐ろしく精緻なその細工は、まるでそれが元からそのような模様だったようにすら見えた。

 竜の双翼に抱かれるように開けられた両目部分の穴にライカの琥珀の瞳が嵌ると、それすら一つの文様の一部のように見える。


「さすがおじいちゃんね、愛する孫の為に最高のものを作ったんだわ」


 うんうんと、一人頷くミリアムに、これだけはちょっと嬉しげにライカは尋ねた。


「どう?」

「その仮面はちょっとその衣装には勇ましすぎるけど、おかしくはないわ、素顔だと可愛いって感じだけど、それを着けると神秘的で綺麗に見えるもの」


 ライカは複雑な心境で表情を選びそこね、苦笑いのような顔になる。

 祖父が褒められるのは嬉しいのだが、ミリアムに可愛いとか綺麗とか言われる度に、何となく肌が粟立つような気分がするのだ。

 仮面の皮ひもを頭の後ろで結び、改めてミリアムを見ると、彼女は夕暮れ色のスカートに刺繍の入った枯葉色の前掛け、上衣は白い長袖の袖部分を前掛けと同じ枯葉色のリボンで飾り、袖なしの短衣の上着は少し明るめの緑の地に白で刺繍が入っている。


「ミリアムこそ凄い綺麗だ」


 その全体の配色が紅い髪と相まって彼女を豪奢な花のように見せていた。

 ライカの言葉に、ミリアムはさっと頬を染める。


「ライカったらとうとうお世辞を言う事を覚えちゃったのね」

「お世辞とかじゃないよ、着るのが大変だけど、この祭りの衣装って綺麗なんだね」


 ミリアムは今度はたちまち頬を膨らませた。


「服ね、服が綺麗なのね」

「ミリアム、さっきからおかしいよ」

「いいの、子供に期待した私が悪いんだから」

「ミリアム、そろそろ約束の刻限じゃないか?」


 二人をニコニコしながらも少し呆れたように見ていたシアーラは、そう声を掛ける。


「あ、そうだわ。ライカも一緒に来る?」


 彼女の言葉が終わる前にライカは穏やかな断りを意味する手を払うようなしぐさをして見せた。


「一人で回るよ、ミリアムだって女友達だけで回った方が楽しいだろ」


 ミリアムが例の女友達と約束している事を知っていたライカは、断固としてそう告げる。

 出来ればもう二度と彼女達の輪の中に飛び込まずにいたいのが正直な気持ちだったのだ。


「そっか、でも一度その姿を見せてあげてね、楽しみにしてたんだから」

「う、ん」


 祖父が言うまでもなく、竜の常識的にも女性には逆らってはならないものなのだろうとライカは思う。

 大きく溜息を吐き、ライカは彼女らに再び弄られる覚悟を決めたのだった。

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