第44話 門の中

 ライカが息せき切って辿り着いた先は、常とは違いしっかり門が閉じられていた。

 思わず呆然と見ていると、門前の歩哨をしている守備隊の青年が声を掛けて来る。


「何か用か?知っているとは思うが、本日は王が来城なされているので、よほどの用件でない限りは通せないぞ」


 感情の見えない声でそう告げる相手を、ライカは見上げると、斜めに頭を傾げて挨拶をした。


「こんにちは、あの、実は治療所に行きたいのですが、通していただけないでしょうか?」


 何か慌てた様子で駆けて来た少年が、整わない息のままでそう告げるのを聞くと、さすがに兵士といえども人の子、気の毒そうな表情になったが、片手を払うようなしぐさをすると、先刻とほぼ同じ言葉を返す。


「今日は駄目だ、明後日ぐらいなら門を開けられる時間があると思うのでその頃に来ると良い」

「今日じゃないと間に合わないんです」


 ライカは引かなかった。

 さすがに子供相手に強い態度に出るのも気が引けるものがあったのか、歩哨の青年も困ったようにまた手を振ってみせる。


「とにかく駄目なんだ、出直しておいで」

「治療所の先生はいつでもおいでって言ってくださいました」

「それは通常の時の話だろう。今は城に賓客がある、門内に入れる訳にはいかんのだ」

「でも!」

「治療所への通行の要請があるとの事だが」


 二人の押し問答へ割り込むように、やや野太い声が響く。

 ライカはその声に聞き覚えがあった。竜車が来た時に警備の指揮を執っていた馬上の隊長のものである。


「あ、はい!」


 慌てて、ライカの相手をしていた青年が礼を取る。

 どうやらもう一人の歩哨が彼らが揉めている隙に上に指示を仰いでいたらしい。


「この少年が、治療所への通行を願い出ています」

「ふむ、」


 守備隊の隊長はしばし苦虫を噛み潰したかのような顔で考えを巡らせていたが、


「仕方ない、通行を許可する」


 明らかに渋々といった様子でそう告げた。


「え!よろしいのですか?」

「馬鹿者!命令への疑問を口に出す者があるか!」

「あ、はい!」


 しかし、彼は部下を責める口調を改め、自身が納得しかねるといった口ぶりで彼らに説明をする。


「領主様から、念を押されている事を忘れたか、くれぐれも治療所へ訪れる者を遮ってはならないと」

「確かにそうですが、それは通常の時の話では」

「命令に例外への示唆はない。配下の者が命令の内容を勝手に裁量してはならんのだ」


 なにやら困惑気味の彼らに、その原因の少年、ライカが声を掛けた。


「あの、それでは通してもらってよろしいのですか?」

「ああ、だが案内を一人付ける、故意にだろうが迷ってだろうが、本城に近付かれては困るのでな」

「あ、はい、ありがとうございました!」


 ライカはにこりと笑って礼をすると、正門へと近付いた。


「ああ、いや、正門は手間取る、こっちへ。ダシニア・イセィス、この少年の治療所までの行き帰りに付き添え」


 彼はそう言うと、正門の横に細く作られている通用口へとライカを招いて、同時に部下に命じる。


「はい、了解しました」

「ここは私が代わろう、くれぐれも陛下の御心をお騒がせせぬようにな」

「はっ、心得ております」


 互いに礼を交わして、ダシニアと呼ばれた青年がライカを先導する。

 急いでいるライカとしては、もう道は把握しているので一人でさっさと行きたい所だが、先刻のやりとりを見て、何か迷惑を掛けているらしい事を察し、とりあえずおとなしく彼に従った。

 しかし、


「あの、申し訳ありませんが、少し急いでいただけると助かります」


 ゆっくりと歩いて進む様子に、さすがに時間が惜しくなる。


「……急患かなにかか?」


 青年は先ほどと同じような感情の見えない言葉でライカに質問した。


「いえ、でももしかすると命に関わるかもしれないんです」


 青年はそれに返事を返さなかったが、少しだけ足を速めてくれる。

 そぞろ歩くよりやや早い程度といった感じだが、今の城内では彼らにとってギリギリの譲歩に違いない。

 ライカは小さく礼を言うと、後は黙々と彼に従った。


 治療所は以前訪れた時と同じようにやや不思議な雰囲気を纏って、花や薬草の畑に囲まれてそこに在った。


「着いたぞ」

「はい、ありがとうございます」


 ライカは残りの短い距離を飛ぶように走ると、治療所の扉を開いた。

 中には以前と同じように受付の女性が穏やかな笑みを浮かべて座っている。


「あの、すいません、先生はいらっしゃいますか?」

「お取次ぎいたします。お名前とご用件をどうぞ」

「あの、以前お世話になったライカと言います。先生にお願いしたい事があって来たんですが」

「お願いとはなんでしょう?」


 女性が優しく微笑んで先を促した。


「あの、ハーブオイルが余分にあれば分けていただきたいのです」

「ハーブオイルですか?分りました、少しお待ちくださいね」


 彼女は少し意外な事を聞いたような顔をしたが、それ以上追求せずに奥へと向かった。

 見回すと、治療が行われている様子はない。

 治療場所はここだけではないのだろうから全く何もないという事はないのかもしれないが、城の来客の影響もあるのだろう。


「お待たせしてすみませんでした。久々にゆっくり時間が取れたので研究に没頭してしまって」


 相変わらず優しげで背の高い、染みのない白いローブ姿だ。


「先生、お久しぶりです」

「君は確か以前、乱暴者の被害に遭って治療に来た子ですね。あまり治療の必要もなかったのに、その後急に倒れてしまった」

「あの時はお手間を取らせて申し訳ありませんでした」


 ライカはうっかり倒れてしまった事を思い出して赤くなった。


「それで、ハーブオイルが必要だとか、どなたか酷い皮膚病にでもなりましたか?」

「それが、竜なんです」

「竜?」

「はい、あの、今回の王様と一緒に来ていた」

「ああ、王都からの巡幸に竜車と竜騎士が来ていたのですね。しかし、なぜあなたがそんな事を?」

「それが、その竜の治療用のハーブオイルが足りないとの事で、友人のハーブ屋さんの所にその巡幸の御付の人達が来て、ハーブオイルを1樽持って来いと言われたみたいで」

「お友達ですか?ハーブ屋さんと言えばサルトーさんでしょうが、あの方は確か三十二歳程だったと思うのですが」

「あ、そうだったんですか、年齢は知りませんでした」


 ライカの返答に少し笑った療法師のユーゼイックだったが、すぐにうなずいて立ち上がった。

 背の高い彼は、ライカの話を聞くためにかがんでいたのだ。


「なるほど、あそこにハーブオイルがひと樽もあるはずもない。分りました。あなたは良い所に目を付けましたね、うちなら確かに治療用のオイルがあります」

「やっぱり、ありますか?あの、申し訳ないんですが、」


 分けていただけませんか?とライカが言い掛けると、彼はいたずらっぽく微笑んだ。


「ですが、ちょっとだけ考えが及ばなかったようですね。ひと樽のオイルはとても重く、衝撃に容易く割れてしまいます。街の外までこれを運ぶ算段はありますか?今、この城の馬車や荷車を借りる為のお伺いを立てられる状態ではない事はご存知だと思いますが」

「あ、」


 ライカは瞬時呆然とすると、ユーゼイックの顔を見た。


「ええっと、それじゃ、オイルを分けてはいただけないのでしょうか?」

「いえ、輸送手段さえ確保出来れば大丈夫です。ここのものは全て街の方々が健やかに過ごせるようにする為のものですから、そういう事ならかまいません、ちゃんと用意します。ただ、封をした物がないので、早速きちんと詰めなければなりませんが」

「あ、ありがとうございます!」


 ライカは勢い良く礼を言った。


「ですが、運べなければどうにもならないでしょう。大丈夫ですか?」

「ええっと、多分大丈夫だと思います。当てがありますから、でも」


 ライカは自分に着いて来て、所在のなさそうに入り口に佇んでいる青年を見た。

 しばし考えて、彼の所へと駆け寄る。


「あの、お城の兵隊さん」

「ん?用事は済んだか?」

「ちょっとお尋ねしたいんですが、樽入りのオイルを運ばないといけなくなったんですが、ここに荷車を入れていいでしょうか?」


 ライカは城内に入る時のやりとりを経て、彼らが内部に入る者に対して、かなり注意を払っている事に気付いていたので、そこが不安だった。


「無理だ」

「ええっと、どうしても?」

「無理だ」

「あの、だったら城の門前まで樽を運んでもらう訳にはいかないでしょうか?」


 さすがにこれには青年は目を剥いた。


「貴様は、我らを何と心得ているのだ!我ら剣を佩く者を人夫とでも思っているのか?我らを侮るのも大概に!」

「おやめなさい」


 いきり立った青年をユーゼイックが制した。


「子供相手に何をむきになっているのですか。王の盾たる王国守備兵なれば、民を守るのもあなた方の仕事でしょうに」

「しかし、こやつが」

「落ち着きなさい、ダシニア殿。少し血の滾りが過ぎるのではないですか?血の滾りは体に毒ですよ。落ち着くお茶を煎じてあげましょう」

「あ、え、いえ!」


 たちまち青年の顔が強張り、怒りの色が引いた。


「いや、申し訳ありません。我ら王国の盾たるものが見苦しい様をお見せしまして」


 彼はぴしりと背筋を伸ばすと、ユーゼイックに礼を取る。


「ですが、一応お茶は飲んでおきませんか?」

「いえ、大丈夫です!」


 一方のライカはそれどころではない。

 青年に断られて、しばし思い悩んでいたが、やがてハッとしたように顔を上げた。


「あの、こういうやり方は駄目でしょうか?」


 一つの提案を再度彼に持ちかける。


「ううむ、それは俺では返答が出来ん、隊長に直接お尋ねしてみた方が良いだろう。それに隊長の許可が出ても当人達にも話を通さねばならん」

「分りました、それじゃあ一度戻りましょう」


 ライカは早速身を翻すと、出口に向かった。


「先生、なんとかして持って行けるようにしますので、用意しておいていただけますか?」

「大丈夫ですよ。液体を密封するのには慣れています。あなたも色々大変でしょうが、頑張ってくださいね」

「はい、ありがとうございます」


 言って、駆け出したライカを、守備隊の青年が慌てて追った。


「馬鹿者、走ってはならん」


 大声を出す訳にもいかず、潜めた声での注意は少年の背に届かず空に消える。

 彼らを見送って、ユーゼイックは助手に声を掛けると、指示を伝えながら奥へと急ぎ姿を消した。

 夏の日差しはまだ明るく夕暮れは遠く思える。

 しかし、夕刻からは一気に夜の闇が訪れるのだ。

 約束の時刻は迫っていた。

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