第82話闇の婚姻

「幸せへの道筋には苦痛の伴うこともあるだろう。でも、そんなのは一瞬だ……」

 燃えさかる街を遠景に、俺はみんなへ微笑んだ。

 当然だろうが、誰も納得したような顔をしていない。


 マトイが目をつりあげて銃口を向けてきた。

「なにがあったかしらないけどっ! 正気に……」

「もう言葉は必要ない」

 俺はマトイの言葉をさえぎって動いた。

 この場にいる全員を狙う。

 刹那の喘ぎ。

 圧倒的な戦闘力の差。

 戦いは始まりもしなかった。

 みんなが攻撃をする前に、ほかの次元から来た俺の分身たちが、彼女たちの胸を貫いていた。

 一撃死だ。

 可能性の世界の俺が消えると、支えを失った死体が崩れ落ちる。

 イクサの死体の横へ、さらに三つの死体が転がった。

 マトイ、ヒサメ、アデーレは死んだ。


 ただひとり、身をかわした者がいる。

 シャルロッテが、俺から距離をとって右腕を振りあげる。

「これで!」

 そのかけ声とともに、周囲から光の刃が襲いかかってきた。

 その程度じゃ、俺は動じない。

 ほとんどは空間防御が弾く。

 新しい鎧も貫けないだろうが、ここは力の差をみせつけておきたい。

 俺は後ろへ身体をひねって跳び、光の刃を難なく回避した。

 なんの苦労もない。

 ペルチオーネを掲げて、俺は笑顔で話しかける。

「フフフフ、シャルロッテ、手間をかけさせるなよ。グズグズしてるとアデーレの死体がデーモンメイルに消化されちゃうだろ?」

「そんなことは脅しになりません。ここであなたを止めます」

「違う、違う、おまえは物事の本質が見えていない。事態が衝撃的過ぎて、まだ気づかないのか?」

「なにをおっしゃっているのかわかりません」

「残ってるだろう、死体が。この世界に」

 シャルロッテは虚を突かれたようにハッとした。

「そういえば、なぜ……?」


 隙が生まれる。

 俺は動いた。

 シャルロッテが反応する前には、分身が背後から胸の中心を貫いていた。

 俺は自分の焦点をそちら側へ合わせ、シャルロッテの背後に回る。

 シャルロッテを貫いているのは分身ではなく、俺自身になっていた。

 右手でペルチオーネの柄を押しこみながら、左手でシャルロッテのあごをつかむ。

 耳元へ囁くように教えてやった。

「この世界で死んだ者は肉体を失い、この世界から解き放たれる。なぜいまは死体が残っているのか? わかるか? 身体が残っているのは、命が囚われているからだ」

 ペルチオーネの柄をひねりながら続ける。

「この俺にな!」

 シャルロッテは刀身を両手でつかみ、身体を痙攣させながら言った。

「そうだとしても、わたくしはこの程度では死にません。あなたも万能ではないのです……」

「そうか? いつもと違う痛みのはずだ」

 シャルロッテが苦痛にうめいた。

 シャルロッテの顔が歪むのを初めて見ながら、俺は言葉を続ける。

「ボンゼン・ブードーの知識のおかげで、夜の種族のことがわかったよ。産まれながらにして魔神に魂を捧げ、かわりに不死性を得る種族か。仕組みがわかっていて、対処できないと思うか……?」

「……」

 シャルロッテは意識を失いかけていて、言葉を紡ぐこともできない。

 俺は剣に命じた。

「ペルチオーネ、奪いとれ」

 シャルロッテがのけぞって、一息深く吸い込んだ。

 その後、力を失って両腕が垂れさがる。

 不死性を誇った夜の種族も死んだ。

 ペルチオーネを引き抜き、倒れるままにする。

 さすがにシャルロッテには手間取ったが、俺はひと仕事終えることができた。


 遠くからは、悲鳴と喧騒のなかで街が燃えあがり、家々の壁が崩れ、妖魔が怒り狂う咆哮が轟いてくる。

 音楽がはじまっていた。

 ダンスの相手を迎えなければ。

 俺は満足感を覚えながら、薄闇に包まれて横たわる五人の死体を眺めた。

 力なく四肢を投げだし、地面の上で血の海に沈んでいる。

 愛すべき俺の姫君たち。

 いまこそ、身も心も、すべてをこの手中に収めてみせよう。

 俺は五人の中央に近い場所へ移動した。

 切っ先を上にして、ペルチオーネを胸の前に構える。

「ペルチオーネ、奪った命を返してやれ! 俺の刻印を刻んでなッ!」

『了解、マスター』

 ペルチオーネの切っ先から、空気をつんざいて稲妻が走った。

 五条の雷光が死体を鞭打つと、その身体が魚のように跳ねた。

 電撃が終わると、俺は剣をおろして待つ。


 少しの間をおいて、マトイがぎくしゃくと身体を起こし始めた。 

 イクサ、ヒサメ、アデーレ、シャルロッテも続く。

 動きはしだいに滑らかとなり、五人が俺の前へそろったときには、まったく自然なものとなっていた。

 みな、瞳はうつろだが、俺と目を合わせると薄ら笑いを浮かべてくれる。

 愛情と服従の証だ。

「フフフフ……」

 嬉しくなって俺も笑いを漏らす。

「俺は幸せだよ。この思い、言葉だけじゃ足りない。贈り物を受け取ってくれ、みんな……」

 俺は装甲に包まれた左手で、目の前の空間をなでる。

 そこに指輪が生まれた。

 銀色に輝き、表面に魔の文字がゆらめく五つの指輪が。

「これから盛大な披露宴が始まる。その前に力を分かちあおう。それが俺の贈り物だ……」

 みな、目を伏せて自分の仕草で身動ぎする。

 死から蘇った姫たちは、個性も取り戻しつつあった。

 いい傾向だ。

 俺は剣を鞘に収めた。

 ソードリング・ペルチオーネが姿を現し、儀式を見守るようにかしずく。

 イクサのソードリング、リキハが強い眼差しを向けていたが、ペルチオーネは無視しているようだった。


 俺は口を開く。

「まずマトイからだ。左手を出してくれ」

 マトイが一歩進み出て、おずおずと手をあげた。

 俺は空中に浮かんでいる指輪をひとつとって、マトイの薬指にはめた。

「マトイ、今日もキミが最初だ。俺は初めて会った日のことを忘れない」

「フフフ、アタシも……」

 マトイははにかみながら、後ろへ下がった。


「次はアデーレ」

 俺が言うと、

アデーレがデーモンメイルの篭手に包まれた左手を差し出してくる。

 俺は鎧の上から指輪を通した。

「美しいアデーレ、いま必要なのは鎧を着たキミだ。本気を見せてくれ」

「わたしはいつでも本気だ」

 アデーレが下がる。


 俺はポニーテールのヒサメに向きなおった。

「ヒサメ」

 ヒサメが左手を差し出し、俺は指輪をはめる。

「有能で強烈なヒサメ。今日も俺をノックダウンするんだろ? 強烈な戦果で」

「いいだろう、それが主の望みなら」

 ヒサメは口元だけで微笑んで一歩引いた。


 残りはシャルロッテとイクサの二人。

 この二人とは肉体関係を持っていないが、今日のダンスはうまくいくことだろう。

 破壊と躍動に関しては、手練れなのだから。


 俺はシャルロッテへ顔を向けた。

「シャルロッテ」

 シャルロッテがゆっくりと青白い左手をあげる。

 俺は冷たい手をとり、指輪をつけながら聞いた。

「シャルロッテ、キミのミステリーは消えてしまった。不服か?」

「いいえ、心の底ではこうなることを望んでいました。お仕えします」

「いい返事だ」


 俺は最後に残ったイクサの前へ立った。

 イクサが躊躇いがちに左手を向けてくる。

 イクサは身長が低い。

 俺は身体を曲げ、指輪を与えながら言った。

「イクサ、まだ短いつきあいだけど、これからが本番だ。よろしく頼む」

「でゅ、でゅふふふふ……」

 鉄球のソードリング・リキハは、いつも通り、無言で成り行きを見守っていた。

 イクサが指輪をいじりながらさがる。


 これですべての指輪を贈り終えた。

 俺は黒い喜びに満たされて、みんなを見回した。

 全員、瞳に暗い炎を燃やしている。

 素晴らしいひとときだった。

 俺たちは新しい絆で結ばれた。

 指輪を通して、ボンゼン・ブードーの力が、みんなにも送り込まれている。

 俺たちは、お互いが分かちがたい存在となっていた。

 これこそ、俺の望んだ関係。

 俺はみなの瞳を覗きこんだあと、号令をかけた。

「踊るぞ!」

 布のはためく音がして、五人の花嫁は漆黒のウェディングドレスに包まれた。

 背中には黒い翼も生えている。

 みなが初夜に臨むように、妖しく微笑んでいた。

 その禍々しい美しさに、俺は慄えた。

「いこう、俺の花嫁たち! 殺しは化け物どもに任せておけ。俺たちはこの世界の中枢を破壊するッ!」

 花嫁たちは恥ずかしげに頷いてくれた。

 ペルチオーネを引き抜いて高く掲げる。

「死がわかつまでッ!」

 花嫁たちも自分の武器を掲げて、口々に答えた。

「死がわかつまで!」


 フフフフ……。


 俺たちは闇の婚姻を交わした。


 俺たちなら。


 もはや何十人の女神たちが来ようと、敵じゃない。

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