第71話紛糾

「フフフ、おとなしくしてればすぐ済むからさ……」

 背後からシフォラナの熱く湿った息がかかる。


 俺は首をひねって言い返した。

「俺に任せてくれてもいいんだぞ?」

「おお、その気になってきたかぁー?」

 自室のベッドに座った状態で、背後からシフォラナから羽交い締めにされ、足も開かされている。

 俺の開いた足のあいだに、サレニアが腰をおろして身を寄せてきた。

 潤んだ瞳を輝かせて言う。

「男の人のってどんな味なんですのー? タンパク質が豊富だって聞いてますけどー?」

「うっ……」

 これだけ求められると身体も反応してくる。

 だが、まず自由の身になってから考えたかった。

 シフォラナもサレニアも、ドリフティング・ウェポンを持ってない。

 だから俺には奥の手があること知らないだろう。

 自由への第一歩。

 ドリフティング・ウェポンの力を使う。

 俺は命じた。

「ペルチオーネ、第一種空間防御!」

 机の前にある椅子に足を組んで座り、ペルチオーネは落ち着いた態度で言った。

「この場合、もう密着してて第一種空間防御の内側だから、使うなら第三種空間防御ねー」

「じゃ、それを!」

「あたち、なりゆきを見学させていただきます」

「ぬぉおおおッ! なぜ命令に従わないッ!」


 身体をバタバタ振っても始まらない。

 シフォラナがカラカラと笑った。

「話のわかるソードリングでよかったなー。さっさとむいちゃおうよー」

「ではさっそくむきむき」

 サレニアが床に降りて、身を屈めてきた。

 俺のベルトを外そうとしながら楽しげに言う。

「被ってたら、中身もむいてあげますからねー」

「おおおおッ!!!」

 叫んでいる場合じゃない。

 逆レイプされるとしても、相手が普通の女の子なら、してくることに限度がある。

 しかし、こいつらは岩をも砕く超人だ。

 そのうえ、いままでの話からして男性経験はないようだった。

 為すがままになっていたら、なにをされるかわかったもんじゃない!


 俺は身体の力を抜いて、提案してみた。

「よし、わかった、お互い楽しもう。自由にしてくれ。おまえたちに任せてたらとんでもないことになりそうだからな……」

 シフォラナが腕を離した。

「ふーん、やっぱり経験豊富なんだー?」

「ま、まあな……」

 サレニアも俺の前からどきながら言った。

「じゃあお任せしまーす。ちょっとくらい乱暴でもいいですよー」

「コホン……」

 俺は立ちあがって咳払いをひとつ。

 まず、腰から剣を外してペルチオーネを見る。

 ペルチオーネが上目遣いで見返してきた。

「見学」

「見学ノーッ!」

 剣をわずかに引き抜いてソードリングを消す。


 剣を机の上に置き、振り返る。

 Tシャツ、ショートパンツのシフォラナと、灰色パジャマのサレニアが並んで腰をおろして見守っていた。

 満面の笑みでサレニアが言う。

「色っぽく脱いでくださーい!」

 シフォラナも続いた。

「気分を盛りあげるようにゆっくりとー!」

「くっ……!」

 そのとき、天啓があった。

 俺は為すべきことを見つけた。

 二人に向かって斜に構え、第一ボタンに指をかけて片目をつぶる。

「……ちょっとだけYO☆ お客さんも好……」

「キャーっ!!!」

「ギャーッ!!!」

 思いのほかウケて黄色い声援が飛ぶ。


 こうなったからにしかたない。

 片袖を脱いだとき、唐突に部屋のドアが開いた。

 弾けるような明るい声で、マトイが入ってきた。

「ばんわー! 今日はアタシの番だったよー、忘れるとこだったーっ!」

 そして硬直する。

「ナ、ナニしてんの……アンタたち……?」

「これはそのあれ、えっと」

 しどろもどろに弁解を始めるものの、なんと言ったものやら困る。

 サレニアが立ちあがって、マトイに向かい合う。

 いままでとは打って変わった冷たい表情で口を開く。

「あなたたちの彼氏、今晩はわたしたちが借ります。これは上級生の命令よ、文句ないわね?」

 マトイが怒りに眉根を寄せて言い返す。

「タネツケはモノじゃないのよ! そう気安く貸し借りできませんっ!」

 サレニアも引かなかった。

「じゃあ、人と人としての自由恋愛なら文句ないのね?」

 そう言うと、俺の胸に顔を埋めてきてつぶやく。

「タネツケくん、だいすきー」

 シフォラナも俺の肩に手を回してきて、おどけた口調で言った。

「アタシも愛してるー」

 マトイが大声を出す。

「バカにしてっ!」

 俺は仲裁に入ろうとした。

「いや、これはそもそも俺にとって……」

 サレニアが俺を押しのける。

「タネツケくんは黙ってて。これは上級生と下級生の問題です」

 マトイにも言われた。

「ひっこんでてタネツケ! アタシに任せておきなさい!」

 おお、立つ瀬がない……。

 サレニアが腕組みし、あごをあげてマトイに挑む。

「で、どうするの? 力づくなら望むところよ?」

「ちょっと待ってなさいよ!」

 マトイは真っ赤になってトークタグを起動した。

「マトイから全員へ! アルバ部全員集合! タネツケの部屋!」

 サレニアは余裕の表情だった。

「雑魚は集まっても雑魚よ。待ってあげるわ」


 さっそくシャルロッテが顔を出した。

「いったいどうしました?」

 マトイがシャルロッテにすがりつく。

「この人たちヒドイのー! タネツケを無理やり……」

 サレニアは慌てるでもなく言った。

「シャルロッテさん、彼女に教えてあげてください。二年は二年の分を知れと」

 シャルロッテは毅然と言い返した。

「いいえ。わたくしはマトイさんの味方です」

 シフォラナが暢気な口調で割って入る。

「おお? いいのー? 学園の風紀が乱れちゃうよー?」


 直後、轟音とともに俺の部屋の壁が砕けた。

 赤い影が転がり込む。

 壁を砕いた弾丸は、デーモンメイルに身を包んだアデーレだった。

 みなが怯むなか、瓦礫を落としながらアデーレが口を開く。

「大丈夫か、タネツケ! 飛んできてやったぞ!」

 本当に直線距離を飛んできたんだろう……。

 そして……、壮絶な舌戦が始まった。


 その最中に他の仲間も到着し、争いの勢いが強くなる。

「オマエたちだけで男を独占とかずるいじゃん?」

「アタシたちはちゃんと信頼と絆があるんです!」

「だいたい貴様ら三年の偉そうな態度は気に食わなかったんだ」

「半人前ほどナマイキでしかたないわ」

「わたしは別に貸してやってもいいんだが」

「人を貸し借りなんていけません!」

「わたくしは思うのですが……」

「面倒くさいわね! 痛い目みないとわからないの!」

 もう誰がなにを言ってるのかわからない。

 おまけに俺の話は誰も聞いてくれない。

 ドアが開けっ放しなので、外には野次馬が集まっていた。

 イクサもニヤニヤしながら、だらしない格好でこっちを眺めている。


 サリーの声が響いた。

「ちょっと! 3―A、3―Bのみんさん、通してください!」

 人垣を割って、ピンクのパジャマを着たサリーが姿を現した。

 頬を赤く染め、ティッシュを鼻に詰めている。

「とうとう問題起こしたね、タネツケくん! やっぱり問題起こしたねタネツケくん! 思っていた通りよ!」

「い、いや俺が問題を起こしたわけじゃ……」

 サリーも俺の言葉を聞かず、手を叩きながらみなに言った。

「こうなることは予想してました! ケースAです! こうなった場合の対処を用意してあります!」

 みなが静まり、サリーの言葉を待った。

 少しの間をおいてサリーが口を開く。

「上級生と下級生でいさかいが生じたなら、戦って決めるしかない! 明日の放課後、集団戦闘シミュレーターで勝負! わたしの独断でタネツケくんを賞品につけちゃいます! 勝ったほうは好きにしていいよ!」

 な、にぃっ!

「ちょっと待て、俺の意思は……」 

 サリーはもっともらしく言った。

「学園の平和のためには、ある程度は個を犠牲にしてもらわないと」

 俺は周囲を見渡した。

 部屋には濃密な気配が圧縮されている。


 全員、やる気と殺気がみなぎっていた……。

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