第66話サリーの余裕

「くそっ、あんな化け物どうしろってんだ……」

 俺のつぶやきも、もっともだろう。

 巨大な怪物だ。

 岩壁を拳で打ち崩しながら、こっちの空間に出てくる。

 魔法の照明弾が光と影を作る地下の大空洞。

 地面の上には夥しい数の死骸が散乱し、苔みたいなものへと変わっていく。

 その向こう。

 この死と腐敗の空間の主として、そいつが姿を現した。

 赤剥けの歪な頭の高さは十メートル程度。

 筋繊維の浮きでた両腕はドラム缶より太い。

 下半身に足はなく、肉が乾いて固まったような質感の車輪が巨体を支えている。

 混沌とした異形の怪物だった。

 そいつが鼻面を突き出し、牙を光らせて吠えた。

 空気がビリビリと振動する。

 こいつを俺とシャルロッテ、イクサの三人で始末しなければならない。

 残った連中は背後の岩陰でのんびり見物している。

 3―Cの基準からして楽な相手なのだろう。

 誰かが大ケガでもしないと助太刀は得られそうにない。


 いや、そんな弱気でどうするッ!


 ここは楽に倒して見せつけてやるッ!


 ケガなどしたくないし、それには接近戦を避けるべきだった。

 俺はシャルロッテとイクサのあいだから一歩進み出て、ペルチオーネを上段に構えた。

「まず俺がゆく!」

 頭のなかで唱える。

『緊急魔法陣展開』

 時間の流れがゆっくりとなった。

 右手首に赤い輪が生まれ、まわり始める

『ブルート・ファクツ収束』

 周囲から右腕に、金色の靄が集まってくる。

『破壊力量錬成』

 右手からペルチオーネの刃に、細かい放電が走る。

『限界突破、確認』

 時間の流れが元に戻った。

 俺は剣の切っ先を迫る怪物に向けて叫ぶ。

「ヘルバウンド・エクスッ!」


 ペルチオーネの先端から、光の砲弾が飛び出して怪物へ向かう。

 砲弾は怪物の胸で、赤黒い火球となって爆発した。

 轟音と爆風の余波が俺たちの髪をなびかせる。

 派手な一撃だったが、結果は芳しくない。

 怪物はのけぞったものの、その強固な皮膚を軽く焦がしてやったに過ぎなかった。

 怪物はより猛り狂って、車輪の速度をあげて迫ってくる。


 次の手を考えるまもなく、今度はイクサが飛び出した。

「ちょっとじゃれあってやるわさ!」

 そう言い放ち、真正面から突っ込んでいく。

「バカ、無茶するな!」

 俺が言っても聞くようなイクサじゃない。

 援護のために、俺も走る。

「剣・ビィィィムッ!」

 向かって右側に回り込みながら、ビームを放つ。

 光線が伸びたが、つけた傷は浅い。

 ビームは怪物の身体を引っ掻いた程度だ。

 俺を取り巻く状況の危険レベルがあがって、剣・ビームもすっかり使えなくなっちまった。

「くそ……」

 俺は接近戦に備えて、ペルチオーネの対物質粒子を展開した。

 イクサの気合が聞える。

「とおりゃぁああーっ!!!」

 イクサは跳びあがり、鉄球のつながった右足で回し蹴りを放っていた。

 鎖が物理的に長く伸びて、輝くトゲの生えた鉄球が、怪物のあごを横殴りにする。

 直後、鎖が縮まり、弧を描く鉄球の反動で、今度はイクサ自身が突っ込んでいく。

 赤いオーラを帯びたイクサの左足が、怪物の肌をえぐる。

 イクサと鉄球は、そのままバトンのように空中で高速回転を続けた。

「おらおらおらおらぁーっ!!!」

 鉄球と四肢で、怪物に連撃を打ち込む。

 怖いもの知らずのすごい攻撃だが、首でも切り落とせないと決定打にはならない。


 この後の展開を考えて、俺は走り寄っていく。

 怪物の腕が襲ってくる寸前に、イクサの身体はストンと落ちた。

 着地の瞬間に集中攻撃を受けないよう、援護が必要だった。

「くらえ!」

 俺は肉迫し、車輪に斬りつけて走り抜ける。

 怪物の注意がこっちに向いた。

 降ってくる巨大な拳を跳んでかわす。

 車輪は黒い血しぶきをあげていたが、こんなの嫌がらせ程度にしかならないだろう。

 さらに追撃を食らいそうになったとき、怪物のまわりに銀色の玉が数えきれないほど出現し、いっせいに弾けた。

 こっちにはまったく爆風の届かない、指向性の強い爆発だった。

 怪物が怯む。

 見回すと、シャルロッテだった。

 左手から銀の玉をばらまきながら、こちらへ走ってくる。


 俺たちの攻撃にはパンチが足りない。

 ダメージを与えてはいるものの、虫がたかっているのに等しい。

 シャルロッテには、なにかアイデアがあるのかもしれない。

 そう考えて、俺のほうからも走り寄っていく。

「シャルロッテ! なにか考えがあるのか?」

 シャルロッテは早口で言った。

「全力を振り絞れば、少しのあいだだけ動きを止められそうです。そのあいだにお願いします」

「ええっ?」

「やはり一発があるのはタネツケさんですから」

 頭のなかにペルチオーネの声が響く。 

『あれがあるじゃない! 爆発物体内注入!』

「それがあるというより、それ『しか』ないんだよ!」

 シャルロッテが頷いた。

「なにかは存じませんが、それでいきましょう!」

「しかたない、これが効かなかったら、俺は電池切れだぞ! フルブーストッ!」

 俺の関節のすべてに赤い輪が回る。

 ブルート・ファクツの金色をした靄が集まって、魔力を注ぎ込んでくる。

 魔法が連射可能になった。

「では、攻撃しやすい位置に移動してください」

 そう言って、シャルロッテはその場に片膝をついた。

 地面に白い手をつけると、肘までが地中に消える。

 俺は回りこむために走り出した。

 動きを止めたシャルロッテをひき殺そうと、怪物が迫ってくる。

 俺たちが会話しているあいだちょっかいを出していたイクサよりも、簡単に殺せると判断したに違いない。

 シャルロッテは動かなかった。

 なにか手があるのだろう。

 俺はシャルロッテを信じて走り続ける。


 突然、大量の湿った音が響く。

 怪物の下の地面から、半透明の触手が躍り上がっていた。

 数えきれない触手は、怪物の車輪を絡めとり、その動きを止めた。

 さすがシャルロッテ、グロい!

 怒りに身をよじる怪物へ、いったん離れていたイクサが攻撃を再開する。

 変則的な動きの、いい攻撃だった。

 怪物の意識から、俺は消えているだろう。


 いましかないッ!


「デクリーザー!」

 反重力の魔法で、怪物の頭上へ跳ぶ。

 ペルチオーネの切っ先を下に向けて、着地姿勢をとる。

「インクリーザー!」

 俺は自分に重力の魔法をかけて、怪物の頭頂部へ垂直落下する。

 硬い音が響いて、ペルチオーネの切っ先が刺さった。

 間髪をいれず、魔力を注ぎ込む。

「ヘルバウンド・エクスッ!」

 ペルチオーネの刃を通って、怪物の頭のなかで魔法が爆発した、はずだ……。

 魔力の余力波が広がった。

 魔法は効果を発揮したはずだが、怪物はまだ生きている。


 怪物は予想以上に強かったが、こっちも一発でゆくとは思っていない!

 俺を捕らえようと怪物の両腕があがってくる。

「もう一発喰らえ!」

 俺は構わず二発目を放った。

 ボコリ、と怪物の額が膨らむ。

 もう少し!

 怪物の手が俺を潰すのが早いか、俺が勝つか、ぎりぎりの線だった。

「ヘルバウンド・エクスッ!」

 三発目ッ!

 内部からの爆発によって、怪物の顔面が吹き飛んだ。

 両腕が俺に達する寸前で動きを止め、怪物の身体が痙攣する。

 この場所に長居する必要はない。

「デクリーザー!」

 俺は魔法を使って飛び退いた。

 離れた場所に着地して様子をうかがう。

 シャルロッテとイクサも退避してきていた。


 しかし、怪物のほうは頭を半分吹き飛ばされても死ななかった。

 口のあった場所からごぼごぼ音をを立てながら、車輪をごろごろ鳴らして敵を探している。

 相手は死にぞこないといっても、俺たちのほうもこれ以上打つ手がない。

「どうするよ、あれ……」

 俺のつぶやきに、パチパチ手を叩く音が重なる。

 サリーが澄ました顔で拍手しながら近づいてきた。

「はいはい、おみごとおみごと。キミたちの実力はわかったから、トドメくらい手伝ってあげるわ」

 サリーは俺の隣に来て、右手を差し出してくる。

「?」

 意味がわからず立っていると、サリーが語気を強めて言った。

「手! 握って! そしていつものビーム! そっちの波長はわかったから、わたしが合わせる。さぁ早く!」

「わ、わかった」

 俺は左手を伸ばして、サリーの手を握った。

 サリーの手はじっとり湿っていて、まるで緊張してるみたいだ。

 サリーが紅潮しながら言う。

「こっちは準備オッケー!」

「じゃ、いくぞ、剣・ビィィィム!」

 俺はペルチオーネを振るってビームを発射した。

「コンビネーター!」

 続いて、サリーのバイザーからも青い光線が発射される。

 俺のビームとサリーのビームが一本に混じり、太さが数倍に膨れあがる。

 肥大したビームは、簡単に怪物の身体を引き裂いた。

 怪物は二片となって崩れ落ちる。


「これは……」

 その威力に、俺は言葉を失った。

 まだ手をつないだまま、サリーが言った。

「ま、真の3―Cならこんなもんよ」

 サリーは頬を染めがら俺を見あげて続けた。

「手、手をつないでみたいとか、ぜんぜん、ぜんぜんそんなんじゃないから! こ、これが一番効率的だっただけだから!」

 そう力説するサリーの鼻の穴から、一筋の鼻血が垂れた。

 コイツ、こんな状況で……。

 余裕のあるヤツだ。

 もうすぐ気を失うであろう俺には、感心することしかできなかった……。

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