第57話アルバ部、遠征する
マトイが入ってくると、ペルチオーネはガバっと身体を起こした。
大声で言う。
「マトイ! いま、この二人ねー……」
俺はほぼ戦闘速度の素早さでペルチオーネに身を寄せ、片手でその口をふさぐ。
「もごごごごごっ?」
「ペルチオーネ、おまえの口はお菓子を食べるためにあるんだろ、そうだろ? 今日はあるだけ、全種類買ってみようかぁー?」
言いながら、俺の目は据わっていたかもしれない。
「なに遊んでんのよ」
気にした様子もなく、マトイはテーブルのほうへ来る。
左手にアルコータス製の長い銃を持ち、腰には昨日買った大型自動拳銃をホルスターに入れていた。
マトイの後ろに続いて、残ったメンツも現れる。
ヒサメは弓と矢筒を携え、イリアンは腰の両側に銃のホルスターとレイピアを装備していた。
最後尾で入ってきたアデーレは手ぶらだ。
マトイがテーブルの上に長い銃を置き、俺の向かい側に座った。
ヒサメはホワイトボードに弓を立てかけながら、俺とペルチオーネに向かって言う。
「なんだ? とうとう人間以外にも手を出し始めたのか?」
ペルチオーネが澄ました顔で、口をふさいだ俺の手のひらをれろれろとなめた。
「うおっ?!」
俺は驚いて手を引っ込めた。
ペルチオーネが舌なめずりしながら睨みつけてくる。
「ホントに全種類だからね、マスター?」
「ま、まあ、食べられるだけ、な?」
答えながら、ズボンで手を拭く。
金は足りるだろうが、お菓子を買い占めてしまっては他の生徒から不興を買いかねない。
なんとかセーブさせなければ。
イリアンが下座に座った。
ネコミミを震わせながら、不安げに言う。
「武器がガチャガチャごわごわして落ち着きません」
アデーレはため息をつきながら、ペルチオーネの隣に腰を下ろす。
「はぁー……、鎧、欲しいですぅ……」
ナムリッドは来られるかわからないし、これで全員そろった。
マトイの隣に座ったヒサメが口を開く。
「今日は備品も買いに行きたいし、銃の試し撃ちもしておきたい。どうする、ぶちょー?」
俺は適当に答えた。
「二手に別れるか。人数いるし」
けっきょく、その提案が通ってしまった。
ヒサメとマトイ、イリアンは体育館の二階へ銃の試し撃ちに行く。
残った俺、シャルロッテ、アデーレは購買棟へ買い出しだ。
火薬の銃を初めて扱うのに俺がついていけないのは不安があった。
だが、買い物するのにも俺が行かなくちゃならない。
俺はマトイの銃とイリアンの銃を調べて、アルコータスの銃にはない安全装置の使い方を教えた。
マナ・ファクツで発射する銃とは違い、指先の動きだけで弾が出るから十分注意するようにと、何度か繰り返して言っておいた。
ヒサメもマトイも歴戦の戦士だから、これくらいでイリアンの面倒も見られると思う。
そして俺たちは、体育館の前まで一緒に行き、そこで二手に別れた。
俺とシャルロッテ、アデーレ、それにペルチオーネの四人は購買棟へ行く。
中へ入って、まずは品物を見て歩き回り、買うものの品定めをした。
必要な品物の数からして、運ぶのに骨が折れそうだったので、買ったものを入れるための大きなリュックを最初に購入した。
俺の背負ったリュックに、次々と品物が入れられていく。
マナ・ファクツを使って湯を沸かすポット、ティーセット、追加のティーカップ、紅茶の缶数種類。
タブレット教科書を入れて持ち運ぶためのバッグも、人数分買った。
最後はペルチオーネのお楽しみだ。
お菓子売り場に行く。
そこには手作りらしい焼き菓子が数十種類、ぎっしりと並んでいた。
ペルチオーネは、あれもこれもと指をさす。
焼き菓子は数が多く、買い占めるほどにはならないようだったので、好きなだけ買ってやった。
☆☆☆
俺たちの分の仕事は終わった。
かなり時間がかかったというのに、射撃組はまだ部室に戻っていない。
トークタグで連絡をとると、マトイが「もう少ししたら帰る」と答えた。
俺たちは買ってきたものをさっそく開封し、シャルロッテが紅茶をいれてくれた。
紅茶を飲み、焼き菓子をかじり、まったりとおしゃべりして過ごす。
この部活も悪くない。
紅茶をもう一杯いれてもらおうかな、などと思っていたところへ、射撃組が帰ってきた。
開口一番に、ヒサメが言う。
「タネツケ、遠征に行くぞ!」
「遠征? って、なんだ?」
ヒサメは詳細を語った。
体育館の射撃場で近くにいた射撃部の部員が、マトイとイリアンを指導してくれたのだという。
打ち解けておしゃべりをしているうちに、射撃部の部員が「部活は楽しいけど、討伐依頼が入るとめんどくさくって……」などと言った。
詳しい話を聞いてみると、
「マザー・アカバムの生み出すモンスターのうち、力の弱いものは数が多く、また繁殖力が強いそうだ。だいたいは一年生が始末することになるんだが、撃ち漏らしがあると地上に出てきて数を増やすらしい。そういうモンスターの巣になりやすいスポットがいくつか存在する。そのひとつに対して、射撃部に討伐依頼が入った」
「ふーん、それで?」
俺は先を促した。
ヒサメは続ける。
「そういうモンスターは大したクレジットにならないし、なにより巣だと目されている場所が、徒歩だと行って帰ってくるのに丸一日かかるところなので厄介だ、と」
「なるほど」
俺は事情が飲み込めたが、いちおうヒサメの言葉を待つ。
「ま、そういうことならと、我々アルバ部が討伐依頼を受けることにした。わたしたちははした金でも欲しいところだし、イリアンに実戦経験も積ませたい。一石二鳥だ!」
そこまで言うと、ヒサメはシャルロッテがいれてくれた紅茶に口をつけた。
反対するものなど誰もいないと確信している様子だ。
まあ、めんどくさいけど、俺も反対じゃない。
俺は言った。
「そうすると休日の夜明け前に発って、夜中に戻ってくるって感じか。食料もそれなりに持っていかないとならないな。場所は迷わず行けるのか?」
「マトイが地図を借りてきてる」
ヒサメがそう促すと、マトイが身を乗り出してきた。
「はいはーい、これ!」
と、教科書と同じようなタブレットをテーブルの上に置く。
確かに画面には地図が映っていた。
画面を指でなぞって操作しながら、マトイが言う。
「退学者の街を出て川に突き当たったら、川沿いにまっすぐだって。川の水は飲めるっていうから、水は持っていかなくていいかも」
ここまで、特に異を唱える者はいない。
俺は言った。
「学園の外へ初めて出るっていうことになりそうだな。ピクニック気分で行ってくるか」
そこで、いままで黙っていたシャルロッテが口を開いた。
「申しわけありません。そういうことでしたら、わたくしは休ませてください。元来、わたくしは夜に起きて昼に寝るという生活を送ってきましたので、このごろ寝不足なのです。休日は一日中寝ていたいと思います」
事情を間近で知っている俺は、無理に誘う気にはならない。
俺はまとめに入った。
「じゃあシャルロッテは休んでいてくれ。無理をしたって得にはならない。あと、携帯食料のようなものを出してもらえるか、カフェテリアで聞いてみよう」
それで話が決まった。
☆☆☆
それから三日間、学園での勉学に励んだ。
座学で学び、戦闘訓練で身体を動かす。
特に応用工学は楽しかった。
その授業では学園の装甲車、ミッションシップの操縦を習っている。
初等魔法の授業もあった。
魔法を使えない者が集められているので、人数は多かった。
イリアンや他の一―Cの生徒、二年のマトイやヒサメ、アデーレとも一緒だった。
俺は魔法が使えるので飲み込みは早かったが、基礎を学ばなければならないのは同じだ。
空気から水を作る魔法や、火を起こす魔法、光を灯す魔法なんかを新しく覚えた。
錬成気術はちょっと苦手だ。
ヨガみたいなことをやらされたかと思うと、深い峡谷にかかったロープを渡らされたりする。
峡谷はシミュレーション空間だったが、魔法が封じられていて、ツルツル滑るロープから足を踏み外すと、実際に落下したような感触を味わうことになる。
そのおかげで何度も気絶したし、まだうまくいってない。
女の子ばかりのクラスにも馴染みはじめている。
サリーとシャルロッテを仲介として、俺とイクサもクラスメイトと話すようになっていた。
放課後には部室に集まり、夜は夜の営み。
女性陣は俺の知らないところで、うまい具合にスケジュール管理しているらしい。
すっかり付き合いが悪くなった形のナムリッドとも、夜にコミュニケーションをとっておいた。
そうこうして出発日の休日。
夜明け前の一番暗い時間に、俺は寮を出る。
食料の詰まったリュックは俺の担当だった。
ペルチオーネを鞘に納めても、ソードリングのほうは出てこない。
たぶん歩くのが億劫なんだろう。
開け放たれた校門で武装した女性陣と合流し、石畳の坂を下っていく。
初めて足を踏み入れた退学者の街は、綺麗なものだった。
近代ヨーロッパ風の街並み。
よく清掃されたひとけのない路上に、小洒落た街灯が光を放っていた。
空気まで、どこか爽やかな匂いがする。
マトイが感嘆して言った。
「アルコータスよりずっとキレイ……」
住んでいるのは、もちろん女ばかりのはずだった。
女性好みのデザインのみで街が構築されているのだから、マトイをはじめ、女性陣が心を奪われるのも道理だ。
見物しながら三十分も歩くと、唐突に街が途切れた。
石畳の舗装がなくなり、土の道になる。
しばらくは周囲の草木も刈られていたが、すぐ森になった。
森のなかをまっすぐ進み、清流の川に突き当たると、俺たちは川沿いに進路を取る。
そのまま歩き続け、日が高くなり、昼食をとってからさらに進んだころ。
ヒサメが無言で片手をあげて、足を止めた。
俺たちも止まったところで、前方を指さす。
見ると、二十メートルほど先、茂みの前で不気味な生物が食事をしていた。
ボコボコとした青い皮膚を持つ、カエルのような生き物だった。
体長一メートル、四つの赤い目、鋭い乱ぐい歯。
その生き物は、捕らえたうさぎにかじりついていた。
これまでの生態系から浮いた姿形だ。
マザー・アカバムの怪物である可能性が高い。
それ以上様子を見守るでもなく、ヒサメが矢を放つ。
矢は怪物の胴体に突き刺さった。
怪物が叫んでのけ反ったところへ、第二の矢が頭を貫く。
怪物は倒れた。
死んだだろう。
俺たちは怪物を調べるために寄っていく。
近づいていくうちにも、怪物の輪郭がぼやけ始めた。
身体が崩れて苔の塊のようになる。
食われていたうさぎの死骸はそのままだ。
二つの死骸の元へつくと、ヒサメが言った。
「これはマザー・アカバムの怪物だろう。他の動物と違う」
だが、はっきりとしたことは言えなかった。
そこで俺は思いついた。
「マザー・アカバムの怪物なら、学生証に金が入ってないか? 俺が例の怪物を倒したときはすぐに大金が入った」
ヒサメは、ショートボレロの内ポケットから学生証を取り出す。
学生証に目を落として、すぐに顔をあげた。
「一万クレジット入ってる」
これで確実だ。
いまのがターゲットだった。
俺は声を落として言う。
「よし、近くに巣があるはずだ。手分けして探そう」
マトイが長いほうの銃を持ちあげて、口を開く。
「やっぱ、えげつないデザインだったよねー、モンスター」
その隣で剣を引き抜いて、アデーレが申しわけなさそうに言った。
「あ、あの、すいません、差し出がましいようですが、タ、タネツケくんは手を出しちゃだめですよ? イリアンにやらせないと……」
イリアンもプチ・プライベートを引き抜き、両手で構えながら不安を口にする。
「わ、わたくしにできるでしょうか……?」
俺はイリアンの肩を叩いて励ました。
「大丈夫だよ、イリアンは器用だから」
そして、俺たちは静かに散開した。
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