第56話放課後の一コマ
体育館ですべての授業が終わった。
俺とシャルロッテとイクサは、連れ立って外へ出る。
体育館から外へと散っていく他のクラスメイトたちはみな、タブレット教科書を小洒落たバッグに入れて運んでいた。
俺とシャルロッテは、まだ裸のまま持ち運んでいる。
今日の部活は買い物が中心になるだろうから、そのときにバッグも含めていろいろ買おう。
俺たちは、ほとんどこの身ひとつでこの世界に飛ばされてきた。
金があるのなら、必要な買い物はたくさんある。
もっともイクサなどはそもそも教科書を持ち歩いていないし、髪もボサボサのままで気にしていない。
バッグもヘアブラシも必要なさそうだった。
コイツには服と食べ物があれば十分なのかもしれない。
身体を動かす授業を経て、制服の着こなしがいっそうだらしなくなっていた。
左隣を歩く、そのイクサを誘ってみる。
「これから部室へ行くんだけど、イクサも一緒に来ないか? まだなんにもないけど。どうせ暇なんだろ?」
イクサは軋むような笑いをたてて答えた。
「キシシシシ、アタイはカフェテリアで腹ごしらえ」
「よく食べるな。夕食もあるのに……」
俺の後ろで、ペルチオーネが腕を振りあげて喚いた。
「あたちもカフェテリア行きたいっ!」
俺は振り返ってなだめる。
「残念だな、俺たちは部室へ行くんだ。購買棟にお菓子が売ってたみたいだから、あとで買ってやるよ」
「ぜったいねっ!」
ペルチオーネはしぶしぶ納得したようだ。
表情豊かでわがままなペルチオーネと違い、イクサのソードリング、リキハは静かなものだった。
無表情、無言で鉄球を抱え、イクサにつき従っている。
ソードリングとしては、どちらのほうがより洗練されたものなのだろう?
そんなこと考えていると、シャルロッテが左のほうを指さして、唐突に言った。
「アレ、やっぱりすごいですね……」
「ああ、あれか……」
シャルロッテの視線を追って、俺も同意する。
視界に広がる校庭は、一日にして元通りに修復されていた。
ボンゼン・ブードーのスポーンとの戦闘によるダメージは、パッと見る限り、まったく残っていない。
すべてが綺麗に整っていた。
いまは二本腕の重機が、昨日設置した円筒形の装置を回収しにかかっている。
この修復が、あの円筒の作用によるものだということは間違いない。
このイシュタルテアのテクノロジーは、ずっと進んでいる。
俺のいた地球よりも、アルコータスのある地球よりも。
そう認識すると、ここ数日でうっすらと湧いてきていた疑問が、はっきりとした言葉になった。
『マイアズマの処理はどうしているのか?』
便利な魔法を使うことで世界に生じ、生物、無生物を問わず、人間を襲うモンスターへと変容させる混沌のエネルギー。
アルコータスの世界では、そのモンスターの存在によって文明が影響を受け、ある意味発展が阻害されていた。
この世界でも魔法が使える限り、忌々しいマイアズマが発生しているはずだった。
その処理をどうしているのか?
俺がこの疑問を口にしようとしたとき、イクサが先に口を開いた。
「キシシシシ、ぢゃ、また夕食で会うべ」
そう言い残して、リキハとともにカフェテリアへ続く庭園のほうに歩き始める。
「じゃ、またあとでな」
俺もイクサに声をかけて、シャルロッテと一緒に部室棟へ向かう。
陸上トラックの上を横切りながら、シャルロッテと話しあう。
「どう思う? この世界でのマイアズマの処理について? これだけバンバン魔法を使っていれば、マイアズマの発生量も多いはずだ」
シャルロッテは俺に顔を向け、落ち着いた様子で答える。
「どうでしょう、疑問に思いませんでした。この人里から遠く離れた場所にマイアズマ・デポが建ってるんじゃないでしょうか?」
「もしかしたら、それだけのことかもしれないな。でも、この世界ははるかにテクノロジーが進んでいる。もっと優れた処理の方法があってもおかしくないなと思ってさ。モンスターをまったく発生させないような処理方法とか」
「どのみち、マザー・アカバムという存在がモンスターを産み出しているようですが……」
「でもマザー・アカバムのモンスターは特定の場所にしか現れないようじゃないか。自然発生的に湧くマイアズマのモンスターとは違うよ」
「そうかもしれませんが、わたくしたちもここへ来てまだ三日です。右も左もわからないような状況ですよ?」
「まだ三日……、それもそうか。先生になっちゃったナムリッドに聞けば、なにかわかるかもな……」
そんなことを話しているうちに部室棟へ着いた。
ガラスドアを開けて、汗の匂いがこもる空気のなかへ入っていく。
廊下を進んでいると、部室の引き戸がひとつ開いた。
中から女の子たちがどっと出てくる。
みんなラクロスで使うラケットを手に持っていた。
ラクロス部があることにも驚いたが、この子たちは誰か試合をする相手がいるんだろうか?
俺は思わず話しかけてしまう。
「ここで集団球技の相手なんかいるの? 学園の生徒なんて人数が知れているし、その割には部活の数が多いっていうし」
緑のリボンをつけた二年生の子が、きょとんとした顔で答えてくれた。
「試合の相手チームなんて退学者の街にいくらでもいるじゃない……ですよ?」
変な敬語になっているが、俺は納得した。
「なるほど、そういうことか」
女の子たちは「しゃべっちゃった!」などと言いながら、キャッキャウフフと走り去る。
この世界は狭く閉じているが、学園は開放的な場所らしい。
部室に着いて引き戸を開けてみると、まだ誰も来ていなかった。
パイプ椅子に腰をおろして一息つく。
シャルロッテは二つ離れた椅子に座った。
ショートボレロの袖口についたボタンを押しながら言う。
「戦闘訓練をしたから埃がついているでしょう。タネツケさんもクリーニングしてはいかがですか? わたくしも初めて試みるのですが」
「そうだな……」
俺は答えて、詰め襟についているボタンを押した。
低い唸りとともに、服の生地がしゅうしゅうと音を立て始めた。
着たまま服をクリーニングできるなんて不思議な感覚だ。
部室は防音が甘く、遠くから女の子たちがスポーツをしているらしいかけ声が聞こえていた。
遠くから響く声と服の立てる音の中で、俺たちは無言だった。
部屋の中に女の子と二人きりだと、微妙に甘酸っぱいような空気が流れているような気になって落ち着かない。
いや、ペルチオーネもいたっけか。
しかし、コイツはたまに存在感が希薄になる。
今もテーブルに突っ伏して寝ているが、その存在をつい忘れてしまった。
静かにおとなしくしている分には、かわいいヤツだ。
ペルチオーネの寝姿を眺めていると、シャルロッテがおもむろに口を開いた。
「タネツケさんは経験豊富なんですか?」
「えっ?」
顔を向けると、シャルロッテは俺のほうを見てるわけでもなく、静かに真正面を向いたまましゃべっていた。
「わたくしは夜の種族として、それなりに長く生きていますが、いままでそういうことにあまり興味がなかったもので……、その、まだ経験がないのです……」
なにを言っているんだ……?
というか、やっぱりナニの話か……?
俺は黙って聞いていた。
「タネツケさんはアルバのみなさんほとんどと関係を持っていらっしゃるようですし、単刀直入に教えていただきたいのです」
ここで、シャルロッテの顔がくるりとこちらを向いた。
「そんなによいものなのでしょうか? もしできましたらわたくしに……」
これはッ!
民人の口伝に残るというッ!!
部室の引き戸がガラリと開いた。
ぬおおおおッ!!!
俺は心臓が飛び出しそうになる。
のんきなマトイの声が響く。
「おいーっす!!!」
シャルロッテのこの話は、とりあえずここまでだ……。
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