第29話勃発

 食卓にはついてないが、ロシューとイリアンも予備の椅子を持ってきて座っていた。

 このネコミミ兄妹にも関係のある話が始まるのかもしれない。


 だが、団長が先を続ける前に、クラウパーが口を開いた。

「ヤツらはマイアズマ・デポを破壊するつもりなんですか?」

 トゥリーがそれに答える

「俺はそう思ってない。マイアズマ・デポが機能していれば、ヤツらの仲間は自然に増えていくんだからな」

 団長が口を開いた。

「マイアズマ・デポからの報告も、それを裏づけている。管理中枢は無事だ。モンスターたちはむしろ、管理中枢から遠ざかっている」

 ナムリッドが口を挟む。

「じゃあ、エッジワンを攻撃するつもりなのかしら……?」

 トゥリーが腕組みしながら言った。

「指揮者がいて統率されているという推測が事実なら、血を見ずには済まないだろう」

 アデーレが声を上げる。

「復讐か?!」

 俺はちょっと話についていけなくなった。


 エッジワンという街はこの前地図で見た。

 マイアズマ・デポから十キロしか離れていない街だ。

 誰かに話を整理してもらいたくて、口を開く。

「エッジワンて、マイアズマ・デポに一番近い街だろう? そもそもなんでそんな街があるんだ、危険だろう……?」

 これにもトゥリーが答えてくれる。

「まだ話したことはなかったか……」

 そこで区切って続けた。

「エッジワンはトリファクツ結晶の一大供給地だ。狩っているのさ、モンスターを」

 クラウパーが口を挟む。

「つまり、猛者ぞろいで鉄壁の要塞都市さ。モンスターの恨みを買ってても不思議じゃないが、これはあくまで人間的な理屈だ」

 トゥリーが頭を捻った。

「問題はそこだ。怨恨で一致団結するモンスターなんて聞いたことがない。ヤツらは半分獣だぞ。この世界で人間が生きていられる理由もそこによっている。人間は協力し、ヤツらはしない」


 団長が話し始めた。

「その常識をくつがえす指導者が現れた可能性が高い。ともかく現在エッジワンは厳戒態勢に入った。アルコータスはこれから夜通し避難者を受け入れる。だが、我々は逆に明朝、エッジワンに向かう。予備役も招集する。これにはすべての自警団が参加することになった。警察と政府軍のほとんども続く。首脳陣はエッジワンが落とされたら、それだけで済むとは考えていない」

 それからロシューとイリアンのほうを向いて言った。

「封印兵器も開放される。今回の作戦にはロシューとイリアンも参加してもらう」


 マトイが俺に向かって説明してくれた。

「ロシューとイリアンは普段非戦闘員だけど、いざってときのために封印兵器を扱う訓練を受けているの」

 俺は当然、尋ねた。

「封印兵器って?」

 トゥリーが答える。

「榴弾砲という。マナ・ファクツを込めると爆発する砲弾を発射する兵器だ。個人での所有は認められていない」

「ああ、なんとなく想像つくよ……」

 俺は答えつつも、かなり暗い気分になった。

 封印兵器というからには、この世界で最高クラスの破壊力を持った武器なんだろう。

 それがたかだか榴弾砲だなんて!

 魔道士の攻撃魔法のほうが頼りになりそうだった。


 ヒサメが団長に聞いた。

「戦力はどれくらいなんですか?」

 団長は愉快そうに身を乗り出した。

「聞きたいか? 教えてやろう。エッジワンの住民は一万人、そのうち戦える者は五千人。タネツケ、我々一騎当千の自警団員は全部で何人いるか知ってるか?」

「え、いやちょっとわかりません」

「自警団は六つ、予備役を含めて七十人だ。アルコータスの警察と軍人を合わせて三千人。だが、義勇兵も三千人いると見られている。全兵力は一万と一千、それに何十人かの魔道士も加わるだろう」

 トゥリーが合いの手をいれるように言った。

「対する敵勢は……」

 団長が目を輝かせる。

「五万」


 一瞬の沈黙のあと、クラウパーが軽口を叩いた。

「いい勝負になるんじゃないかな。エッジワンにこもれれば」

 団長も同意した。

「私もそう思う。だが、山麓にあとどれほど潜んでいるかわからん。激しい戦いになるだろう」


 俺は考えてみた。

 相手の攻撃力が獣並みなら、勝ち目のある数字だ。

 なにしろオークたちは弓矢も使えない。

 だが、この前のメタル・ゴーレムのようなヤツが百体もでてきたら、もうわからない。

 数では比較できない戦いだ。

 敵と味方の質による。


 団長が言った。

「明日は四時に起床、準備を整えて六時には全自警団がそろって出発する。軍に先駆けて、我々が最初の一団だ。よって今夜は自重してもらおうか、タネツケ」

 俺は思わず姿勢を正してしまった。

 団長はそれぞれのほうへ顔を向けて続けた。

「マトイも」

「ナムリッドも」

「ヒサメも」

「アデーレもだ」 

 それから首を巡らし、「当然、ロシューとクラウパーもな」

 トゥリーがニヤリと笑った。

「生きて帰ってきてから存分に楽しんでくれ」


 団長は優秀なリーダーだ。

 俺たちは言いつけに従って……。

 寝た。


 ☆☆☆ 


 ピッという音で目が覚めた。

 トークタグの鳴った音だ。

 すぐに団長の声が続く。

「全員食堂に集合! 着替えなくていい、すぐにだ」

 まだ三時だった。

 予定より早い。

 俺たちは起き抜けの寝間着姿で食堂に集まった。

 団長はシャツにスラックス、トゥリーはすでに皮鎧を着込んでいた。


 全員がそろうと団長が口を開いた。

「エッジワンへの攻撃が開始された。作戦の変更があるだろうが、すぐに出発できるよう準備を整えて待っていてくれ。私は会議に参加してくる」

 団長が出て行くと、俺たちは簡素な朝食を済ませ、準備に取りかかった。


 ロシューとイリアンも武装していた。

 胸当てとすね当てを着け、ネコミミ用の兜を被り、短剣を装備している。


 トゥリーの指揮でトラックに三日分の糧食とマトイの弾丸、ヒサメの矢、医療品などを積み込む。

 他の物は後続の軍に頼るしかない。

 俺にはそれも不安の種だった。

 アルコータスの軍は規模が小さい上に、いま行われようとしているような軍事行動に不慣れだった。

 細々した話から、明らかにその雰囲気が伝わってくる。


 外に出てみると、夜明け前だが街はざわついていた。

 行き交う車やバイクの数も多い。

 トラックに荷物を積んでいると、後ろから声がした。

「アンタ、まだいたの?」

 どこかで聞いた覚えのある声だった。

 振り返って仰天する。

 そこにはメガネをかけ、ハーフプレートに身を包み、長い銃を片手にもった女が立っていた。

 彼女の後ろにも武装した男が三人。

 小太りの男、無精髭の男、ひょろっとしたメガネの男。

 こいつらはッ!!!!

「『マトイちゃん親衛隊』ッ! おまえらまさか……!」


 女が答えた。

「そーよ、アタシたちがアルバの予備役よ。アタシはケイリー」

 それから小太りを指さして、「アレック」

 無精髭を「ノーマン」

 痩せメガネを「フウセツ」と紹介してくれた。


「じゃ、そういうことだから」

 と、ケイリーは本部の中へ入っていく。

 むすっとした様子の男たちも続いた。


 出入口の前でアレックが俺に言った。

「背中に気をつけろよ」


 ノーマンも続く。

「背後に注意しろ」


 最後にフウセツが言った。

「戦場には流れ弾っていうのもある」


 クソッ、こいつらッ!


 ガリアンズ・クロークを買っておいて正解だった。

 こいつは確実に背中を守ってくれる。

 まあ、深刻にはとらえてないけど。


 俺たちは一時間半で準備を終えた。

 ロシューとイリアンがお茶を淹れてくれた。

 それを飲んで一休みしていたとき、トークタグが鳴った。

 夜明け。

 エッジワンへの攻撃が始まってから二時間だった。

 団長の声が衝撃を告げる。

「エッジワンが落ちた。もはや中枢は機能していない。作戦が変更されたが、一刻をも争う事態だ。私が帰り次第出発するぞ」


 五分で団長が帰ってきた。

 俺たちは無駄話をすることもなく、十分後には車両にまたがっていた。

 予備役のマトイちゃん親衛隊たちは、レンタルしていたトラックに乗る。

 ロシューとイリアンとは、ここで一旦お別れだ。

 ネコミミ兄妹は、後続の封印兵器部隊として合流する。


 街中に鐘の音が鳴り響き、音源がどこにあるのかわからない、魔法的なアナウンスが流れた。

『現在東方の都市エッジワンがモンスターの軍勢に攻撃を受けています。東方への外出は禁止されました。また政府ではアルコータスを守るための義勇兵を求めていています。受付は……』

 アナウンスは正確な情報を伝えていない。

 バイクにまたがったトゥリーの号令が聞こえた。

「いくぞ!」


 俺たちは発進した。

 アルコータスの外で他の自警団と合流する。

 総勢五十台の車両が、縦列で緑の舗装路の上を走り出す。

 夜明けの藍色の空の下、太陽の方向へ。

 浮足立ったアルコータスをあとにして。


 先頭を走るのはアルバ。

 そして、アルバのベテラン、トゥリーだった。

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