第24話絶倫大回転

 食事も終わり、俺は自室で入浴の支度をしていた。

 と、ドアがノックされる。

「どうぞ」

 俺は答えたが、返事もなく、ドアも開かれない。

「……」

 しばらく待ったが、何事も起きなかった。

 俺は出入口へ向かい、ドアを開く。

 案の定、誰もいなかった。


 だが、足元になにか置いてあった。

 皿に載った二切れのロールケーキとフォーク。

 紙切れが添えてある。

 俺は紙を拾い上げた。

 へったくそな字で、こう書いてあった。


 今日は助けていただいてありがとうございます

 迷惑をかけてごめんなさい

 甘いものを食べて疲れを癒してください

              アデーレ


 アデーレの差し入れか。

 けっこうかわいいところがあるじゃないか。

 鎧の音はしなかったな。

 脱いでいたのか。

 俺はアデーレの部屋へ目を向ける。

 右斜め前だ。

 特に動きはなかった。


 皿を持って中へ戻り、ベッドに座ってケーキを食べる。

「ん? んん……?」 

 スポンジはパサついていた。

 クリームは固まりかけで、パラパラと落ちる。


 これ……。


 今朝、戦闘が始まる前にクラウパーが言ってた、消費期限のロールケーキだな……。


 まあ甘いものは嫌いじゃないけど。

 腹壊さないといいな。

 そう思いながら、すべて平らげてしまった。


 今度こそシャワーを浴びに行こうと準備を始めると、再びノックがあった。

 今回は返事をしない。

 そっと忍び足でドアへ寄っていく。

 俺は驚かせてやろうと思い、ドアを開くのと同時に大声を出してやった。

「こらっ!」

「きゃっ!」

 アデーレじゃなかった。

 目の前で身をすくませたのは、ナムリッドだった。

 今晩は花がらのワンピースだ。

 ナムリッドは眉をひそめて言う。

「いったいどうしたの……?」

「いや、ちょっとネズミがいたみたいでさ……」

 気まずくてごまかしたが、ナムリッドの反応は過敏だった。

「やだ、ネズミ?!」

 悲鳴のような声を出し、両手を上げて左右の耳の上端を握る。

「なんだよ、そのポーズは?」

「ずっとおばあちゃんに聞かされてきたのよっ、ネズミに耳をかじられると、悲しみで肌が青くなっちゃうって!」

 ……、どこかで聞いたような話だ。

 ナムリッドの狼狽ぶりが気の毒になって、俺は別の話にした。

「ネズミってのは嘘だよ。アデーレにちょっとイタズラされてね」

 ナムリッドは見るからに安堵した。

「そう、ならいいけど……」

 それから流し目をくれる。

「ライバルが増えるのかしら? それともまた姉妹にするつもり?」  

 なんとも言えないので、それには答えず。


 俺は話をすりかえた。

「アデーレって何歳なんだ?」

「アデーレとクラウパーは一番年下よ。十七歳」

「一番年下はイリアンかと思ってたよ」

「イリアンは十九歳。見かけは若いけどしっかりしてるし。まあ、ここはみんな若作りで、知らない人には子供の集団に誤解されることもあるけど」

「ついでに、他のメンバーの歳も聞いておきたいな」

「ヒサメは二十歳、ロシューは二十二歳、トゥリーは三十四歳……だったかな? 団長は四十二歳」

「そうか、ありがとう。じゃ、おやすみ」

 俺はドアを閉じかけた。

 それをバシッと止められる。

「ちょっと待って!」

「ああ、用事があって来たんだっけ? なに……?」

「なんかそのスッキリした態度、気に食わないわね」

 一瞬、頬を膨らませかけたあと、ナムリッドは妖艶に微笑んだ。

「今夜も図書館でお勉強会しない……? わたし、学生時代に聞いたことのあるワザを試してみたいの……」

 そう言って身をくねらせる仕草。


 俺はつばを飲み込む。

 夕食前にさんざんマトイといたしたばかりだが……。

 俺の熱量はたぎった!

 たぶん、十八年分の怒涛が押し寄せているのだッ!

 いまッ!


 俺は乾く口で答えた。

「べ、勉強は大好きだよぉ?」

 ナムリッドはにっこりすると、無言で手招きしながら先を歩いて行った。


 ☆☆☆ 


 夜間図書館、例の部屋で、俺たちは。


 ナムリッドは今夜も我を忘れたようだった。

 学生時代に聞き及んだというワザも披露してもらう。

 顔の下のほう、ものを食べる場所を大いに、豊かに、先進技術的に使ってもらった。


 それはもうッ!


 いにしえに聞くッ!!


『確かな満足』やったァァァ!!!


 今日のナムリッドは、やたらと身体をこすりつけてきた。

「マトイの匂いがする」そうだ。

 これもまた上書きか。

 俺はもう、数を数えることをやめていた。

 求められれば、こちらも不思議なくらい際限がない。

 ナムリッドは満足すると、荒い息をつきながら絨毯の上に伸びた。

 もごもごと言う。

「覚え始めはくせになるって、本当だったのね……」

 俺は確かな満足、ぎっしり詰まった疲労感に抗って答える。

「もと居た世界でも同じことが言われてたよ。本質的には人間て同じなんだな」

 満ち足りた様子で溜息を漏らして、ナムリッドは言った。

「これからわたし、本当に少し勉強していくから……。先に帰ってて……」

 ちょっと寂しいような気もするが、まあいいや。

「じゃ、お先に」

 俺はゆっくり服を着ると、部屋を出た。


 図書館を出るとき、銀髪のメイドさんの赤い唇が笑みを形作っていた。

 メイドさんはお辞儀をして言った。

「今夜もお勉強、お疲れさまです」


 ☆☆☆ 


 アルバ本部に帰り着くと、真っ暗だった。

 照明にエネルギーを送っていたイリアンは、もう寝ているようだ。

 俺は自分用のリングで明かりを灯し、鍵を外して中へ入っていく。

 食堂からは階段に向かわず、まっすぐシャワー室を目指した。

 けっきょく入浴しそびれていたからだ。

 男用女用にわかれている出入口。

 もちろんきちんと男用に入る。

 脱衣所で服は脱ぐが、リングはつけたままだ。

 イリアンの寝ているいま、給湯も自分のマナ・ファクツで行わなければならない。

 コックをひねると、すぐお湯が出た。

 まだ冷めていなかった分だ。


 頭を洗い、身体を洗い、さっぱりした。

 俺はさらにお湯の快さを味わうために、シャワーを浴び続けた。

 そうしていると、前置きもなく、いきなり背後のドアが開かれた。

 鍵はついているが、かけていなかった。

 驚いて振り返った、その先には。

 一糸まとわぬ姿のヒサメが立っていた。

 入浴用か、長い黒髪をアップでまとめている。


「な、ヒサメ! 俺が入ってるんだぞ?! こっち男用だし!」

「見ればわかる」

 そりゃそうだろう。

 ヒサメのような名射手が、注意力や視力の悪いわけがない。

 ヒサメは惑うこともなく、シャワー室へ入ってくる。

「湯を沸かすのが面倒なのでな。ご一緒させてもらおう」

 確かに、ヒサメの白い手首には、湯を沸かすためのリングが無かった。

「い、いや、俺もう出るから……」

 股間を隠し、脇をすり抜けようとしたが。

 ぐっと手首をつかまれ、引き戻される。

「フフフ、わたしの裸を見ただけで『出ちゃう』のか……? 早いぞ」

 さらに背後から抱きすくめてきた。

「おまえが出たら湯が冷めるだろう。一緒に浴びろ」 

 背中に適度な大きさの膨らみが押しつけられた。

 ヒサメは滑からな肌を密着させて、俺をシャワーの下へ押し出す。

 お湯が俺たち二人を同時に濡らしていく。


 ヒサメは冷ややかな口調で言った。

「湯を沸かしてもらう礼に身体を洗ってやろう。肌にはハンドウォッシュが一番いい」

 だが、その吐息は熱く弾んでいた。

 それを受けて、俺のエネルギーは底なしに湧き上がった。

 背後から俺の身体に手を這わせながら、ヒサメは続ける。

「こんな時間までどこへ行っていた? 夕方、一緒に帰ってきたマトイは目の下にクマを作っていたし、いまはナムリッドがいない……、そこまでしても足りないとは、見上げたものだな」

「ぐっ……」

 ヒサメの手は下へ伸びていた。

 熱い足りなさ加減を、確認されてしまう。

 次いで、耳にぬるっとした感触が這った。

 ヒサメは俺の耳をねぶりながら囁く。

「男ならもうわかるな……? おまえのような男を待っていた。最初の主導権は譲ってやろう。わたしの処女をくれてやる。だが、そのあとは……」

 乳首をつままれてしまったッ!

 味わったことない感覚がこみ上げるッ!


 ヒサメはもう、荒ぶる吐息を隠すことなく告げてきた。

「そのあとは、存分に愉しませてもらうぞ、おまえの身体……」

 そう言って、俺の尻を撫であげる。


 ボクは……。

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