おまけ 愛原そよぎの異世界留学

※これは本編1巻の途中の時系列のお話です


「留学してみようかなと思うんだ」

 突然、そんなことを呟いたのは、見目愛くるしい美少女、愛原そよぎである。

「え?」

 僕は呆気に取られて彼女を見る。

 彼女が留学などというものに興味を持つというのは、完全に予想外のことで、彼女に片思いしている僕は激しく動揺する。

「留学ってそんな……」

 僕は思わず言葉を失う。

「少し違う世界を見てみるのも面白いかもしれないなって……」

 今のそよぎは普段の能天気さはなりを潜め、真剣な表情を顔に浮かべている。

 僕はそんな彼女の表情を見て悟る。

 彼女は本気で留学を考えているのだ、と。

 彼女が本当に留学してしまえば、今のように簡単に会う事はできなくなる。僕は彼女に遠くに行ってなど欲しくなかった。

 だが、彼女が本気で留学したいと思っているのだとしたら――果たして僕に彼女を止めるだけの権利があるのだろうか。

 僕らはただの友人でしかないのだ。

「本気なのか……」

「うん……」

「そうか……」

 今の僕に彼女を引き留めるだけの力はない……。

 そんな事実が無性に悲しかった。

「そよぎが本気だっていうなら、僕には止めることはできないな……」

「幸助くん……」

 僕の言葉にそよぎは一瞬、心がゆらいだようだったが、首を振って、また真剣な顔を造る。

「でも、私は『留学』して確かめたいんだよ、自分の力がどこまで通じるのかっていうことを」

「そよぎ……」

「そう。現代日本人誰もが憧れる夢の国――」

 そよぎは椅子から勢いよく立ち上がり言い放つ。


「異世界で!」


「えっと……あ、比喩的な意味かな?」

 彼女が行きたい国は、中世ヨーロッパ風の街並みで魔法が普及した国だそうです。


「異世界に『留学』なんてできるわけないだろう」

 そよぎがあまりに堂々と言い放つので、「あれ? 現実って普通に異世界移動とかできるんだっけ?」と珍妙な考えに囚われたが、その辺りに歩いていた男子生徒に「異世界転生したことある?」と聞くと、無言のまま足早に去られたので、僕の常識は間違っていなかったようである。よかったあ……。

 僕の言葉を聞いたそよぎは、なぜかきょとんとした顔をしている。

「え? 嘘? 異世界に留学するのって無理なの?」

「当たり前だ」

「グーグルで検索したらこんなに体験記がヒットするのに?」

「すまない……おそらく、それは体験記ではなく創作なんだ……本当にすまない……」

 ネット上にはあらゆる異世界の体験談が溢れています。


「百歩譲って異世界転生があるとして」

 まあ、こんなことを言っているそよぎ自身が、魔法少女であるという時点で、異世界転生が現実に絶対にないとは言えないだろう。

「どうやって、異世界に行く気なんだ?」

 僕が尋ねると、なぜかそよぎはしたり顔を見せる。

「ふっふっふ、私も何の下調べもせずに異世界留学を果たそうとしているわけじゃないよ。きちんと、必要なものは調べたんだから」

「必要なもの……?」

 彼女は紛れもないアホ(婉曲表現)なのだが、一応本物の魔法少女らしい。ならば、僕が知らない転生アイテムか何かを知っていてもおかしくはない。

「何があったら異世界にいけるんだ?」

「幸助くん、日本から出るのに必要なものといったら一つだよ」

 そよぎはドヤ顔で言った。

「パスポートに決まってるよ」

「えっと……なんか魔法的なアイテムかな?」

 彼女が持っていたのは、紛れもなく外務省が発行した日本国のものでした。


「そっか……パスポートでは異世界にいけないんだ……」

「うん、残念ながら日本は、まだそこまでグローバルに開けていないんだ……」

「ああ……鎖国ってやつだね……歴史の授業で習ったね……」

「うーんこの」

 彼女が「鎖国」という言葉を覚えていただけでも褒めるべきなのだろうか?

「確かにネット上にあるお話でもパスポートを使って空港から異世界に行った話は一つしかなかったね……」

「逆に一つはあったんだ……」

 もう本当になんでもありだな、異世界転生。

「いや、トラックに轢かれるのが一番だってことは知ってるよ。ただ、私、なんでか解らないけど車に轢かれるのって苦手でさ」

「奇遇だな、僕もだよ」

 車に轢かれるのが得意な方はご一報を。


 そよぎは話を続ける。

「だから、あとはトンネルを通るとか、不思議な扉をくぐるとか、その辺りが有力かな」

「まあ、そのパターンなら想像できなくもないな……」

 洞窟なんかが異界に通じているなんていう神話はいくらでもある。何かを「くぐる」という行為は境界線を越える行為だ。その越境の性質が、世界を跨ぐことに通じるのだろう。

「実は一つ目星をつけている場所があるんだ」

 そよぎは言う。

「ほう。どんな場所なんだ?」

「その場所に私が入ろうとすると必ず大人が現れて、入れてくれないんだ。だから、あそこは何か異界に通じる重要な場所として守られているのかもしれない」

 神社や寺とかだろうか。あるいは、人里離れた山奥とか。誰も近付かない廃墟とかもあるかもしれない。

「どこにあるんだ?」

「それは――」

 そよぎはまたも真剣な表情で言い放った。

「『ソフマ○プ』の『18禁』って、のれんがしてある――」

「あ、それ絶対関係ないから」

「え、でも――」

「ないから」

 その向こうにある異世界を体験するのは、彼女にはまだ早いです。


「あと、あるとしたら夢の世界から移動するっていうパターンかな」

「ああ、それもありがちだな」

 夢というのは現代の科学でも未だ完全に解明できたわけではない不思議な現象だ。夢の世界が異世界に通じているなんて考えを持った人間が居ても何ら不自然なことではない。

「だから、夢からの異世界転生はワンチャンあるかなと思ってさ」

「うん」

「ここ最近は『どうやったら異世界に通じる夢が見れるだろう』って考えてて、一睡もしてないんだ」

「うん、まず寝ようか」

 夢は叶えるものではなく、寝ている間に見るものです。 


「あのさ、根本的なことに突っ込んでいいか……?」

 そよぎのボケをさばくのも疲れて来たので本題に切り込んでいくことにする。

「仮に異世界に行く手段が見つかったとして、そよぎは本当に異世界に行きたいのか……?」

「え? 行けたら行くよ」

「いや、そんな友達と遊びの約束をするときのノリみたいな話じゃなくてだな……」

 もちろん、異世界転生なんて話はただの創作でしかない。

 だが、この現実世界には確かに魔法は存在する。そよぎの存在がそれを証明している。ならば、この世界に異世界転生の手段が絶対にないとは言い切れない。

 だからこそ、万が一そういう方法をそよぎが見つけたときに、彼女は本当に異世界に行ってしまうのではないか。そんなことを僕は考えていた。

 馬鹿らしい考えだとは思う。それでも、彼女が僕の目の前から居なくなってしまう、遠くへ行ってしまうという可能性を想像するだけで僕の胸は絞め付けられてしまう。

 僕は彼女が本当に好きなんだ。

 だから、僕は彼女を引き留めたいんだ。

 僕はどう言えばそよぎに話が伝わるのかを真剣に考え、言葉を整理する。

「つまりな、異世界に行くってことはこの世界から離れるってことだぞ。今と同じ生活はできないんだ。そんな世界で本当にそよぎはやっていけるのか?」

 僕の言葉にそよぎは笑って応える。

「やだな、今時の異世界には薬局も図書館もあるし、コンビニだってあるんだよ」

「いや、確かにあるけどさ……」

 もはや、異世界と言っても日本と同じ生活ができそうなレベルであることは否定できないが。

「そういうことじゃなくてだな……」

 僕は彼女を引き留める言葉を探す。

 一瞬のためらい。

 そんなためらいを振り払って僕は言う。

「……異世界に行っちゃったら、僕と会えなくなるけど」

 言い切った瞬間に、カッと顔が熱くなる。

 ありもしない異世界転生に関しての話にどこまで真剣になっているんだという馬鹿らしさと、彼氏気取りのめんどくさい言葉を吐いたという情けなさが、ないまぜになって、羞恥心が爆発しそうになる。

 そんな僕の言葉をそよぎは、呆けた顔で迎えて、

「ふふっ」

 そして、にっこりと微笑んで答えた。

「私が異世界に行っちゃたら寂しい?」

「……当たり前だろうが」

「ふふっ、そっか」

 そよぎは、誰もが振り返るような柔らかな笑みを浮かべて言った。

「幸助くんは寂しがりだね」

 そんな風に語るそよぎの頬が少し赤いような気がしたのは、僕の都合のよい妄想だったのか――それは、きっと彼女にしか解らないことなのだろう。


 ちなみに、

「あ、異世界に留学って言っても、二泊三日くらいで帰ってくるつもりだから、そんなに心配しなくてもいいよ」

「異世界舐めすぎだろ」

 そよぎは異世界転生の小説も、冒頭しか読んでいないので、異世界から帰ってくるのは大変だということを理解していないようです。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

愛原そよぎのなやみごと 雪瀬ひうろ @hiuro

フォロー

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のタグ

『愛原そよぎのなやみごと』で特別賞を受賞しました。 3月30日ファミ通文庫から発売予定です。 ツイッターアカウント。よかったらフォローお願いします。もっと見る

近況ノート

もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料