第89話 六花の思い出

「おまえ、いい加減にしろよ……」

 それは文化祭本番を数日後に控えたある日。

「す、すまんのだ……。わざとではないのだ」

 僕と六花は文化祭実行委員の仕事のために割り当てられた教室に居た。

「これがわざとであってたまるか……」

 僕はその教室に積み上げられた書類の山に埋もれていた。比喩ではない。文字通り埋もれていた。僕に向かって書類の山が倒れてきて、その下敷きになったのだ。

 そして、それをやったのは――

「六花……書類の山を倒したのは何度目だ……」

「ご、五回目……」

「多すぎるわ……」

 しかも、なぜか毎回、その倒れた書類が僕に直撃してるんだが……ほんとにわざとじゃないんだよね?

「で、でも!」

 六花は声を震わせて呟く。

「書類はぶつかっても死なないからまだましという考え方もできるのだ!」

「うん、熱いお茶をぶちまけられたり、カッターナイフが首もとを掠めるよりはましだな」

「それはほんとにすまんと思っているのだ!」

 六花はドジだ。もはやギャグか、と言いたくなるレベルでドジを踏む。しかも、そのドジの大半が人を巻き込むものだ。そのため、六花のドジに巻き込まれることを恐れた周囲の人間は彼女に近寄らなくなった。おかげで同じクラスの実行委員である僕ばかりが彼女と組むことになり、自然、彼女のドジに巻き込まれるのも僕ばかりになった。

「こういう辺りはセシリアと同じだよな……」

 僕は書類の山から抜け出しながら呟く。

 セシリアとは、六花の身体にとりついている異世界の魔法使いの名前だ。六花とセシリアは同じ魂を持つ『魂の同一人物』だ。ちょうど、僕とワルドの関係と同じものだ。

「バルバニアに居たときは、何度おまえのドジで死ぬ目にあったかわからん……」

 バルバニアはこちらの世界より魔法が発達している。実際に僕も魔法使いになるために魔法学校に通っていた。セシリアもそのときの同級生だった。だから、当時のドジは魔法を伴うものであり、その危険度は今とは段違いのものだった。

「いや、六花が言うのもなんだが、ほんとにおまえを殺さなかったのは奇跡だと思う……」

 僕と六花には、それぞれワルドとセシリアとしてバルバニアで過ごした記憶がある。だから、彼女と思い出話のようなことができる。

「一番ヤバかったのは、僕が複合魔法で電気を出そうとしているときに、おまえがなぜか水魔法を暴走させたときな」

「ああ……。おまえは私の水で自分の電気に感電して死にかけたやつな……」

「あのとき、治癒魔法が得意な先生がすぐそばにいなかったら、本格的に僕は死んでたよ……」

「それについてはほんとにすまないと……」

 六花は気まずそうに顔を伏せた。

 そんな姿を見て、ふと思う。

「僕たちはついこないだ出会ったばかりなのに、同時にずっと一緒に過ごしてきた記憶もあるんだよな……」

 それは我ながら不思議な感覚だった。彼女と共に過ごした異世界での記憶は、確かに実感を伴ったものだった。映画やドラマを見ているようなものではない。確かに僕はセシリアと共に長い時を過ごしていたのだと言える。

「……確かにな。すごく不思議な感じだ……」

 六花はどこか遠くを見る様な表情を浮かべる。昔を懐かしんでいるのだろうか。

 そして、六花はぽつりと呟いた。

「でも、その記憶はセシリアだけじゃなく、りっかにとっても大切な宝物だ……」

 六花は神に祈る様に自分の両手をぎゅっと握りしめる。

「宝物なんだ……」

 僕はそんな彼女の姿を見て思う。

 きっと彼女は『勘違い』をしている。

 彼女が僕に抱く感情はセシリアとワルドの過ごした記憶に起因している。二人が愛し合って過ごした楽しかった日々を見て、それを自分に重ねているだけだ。確かに僕は『ワルド』だし、彼女は『セシリア』なのだけど、ここに居るのは『渡辺幸助』と『菊川六花』なのだ。それを誤解してはいけない。

 だけれど、僕はそれを指摘しない。

 それはひどく卑怯なことだ。

 それでも必要なことだった。

 だから、僕はそれを利用する。

「そうだな……」

 そう言って六花の言葉に僕は同意する。そうすれば、六花の『勘違い』を煽れると思ったから。

「あの頃は楽しかったな……」

 でも、同時にそんな打算とは別のところで僕にも思うところがあるのだ。

 彼女と少ない食べ物を分かち合って生きてきたこと。

 体罰を行う施設の大人から互いを庇いあったこと。

 二人で黙って夜空の星を見上げていたこと。

 そのどれもが確かな思い出として、僕の胸の中で光を放っていた。

「本当にいい思い出だ……」

 だから、僕の中にも確かに六花を思う気持ちはあって――

 でも、それは間違いのない幻想で――

「いい思い出よ……」

 すべては終わってしまった過去だった。

「………………」

 六花は泣きそうな顔で僕を見ていた。

 僕はそんな彼女から黙って目を逸らすのだった。

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