第90話 風音と占い

「この位置のカードは貴方自身を示します」

「………………」

 そう言って、めくられるカード。

「『塔』の正位置……これは『転落』や『崩壊』、『良きせぬ不幸』を示すカード……ここから考えられる貴方の運命は――」

「………………」

「――死です」

「………………」

「そう遠くない将来、あなたは突然死ぬことになるでしょう」

「………………」

 占い師はさらに別のカードを指差す。

「この位置は貴方の健康運を示すカード……」

 先程と同じ様にカードがめくられる。

「『運命の輪』の逆位置……これは『急降下』や『不運』を示すカード……ここから考えられる貴方の運命は――」

「………………」

「――死です」

「………………」

「そう遠くない将来、あなたは突然、死ぬことになるでしょう」

「………………」

 そして、占い師はまた別のカードに手をかける。

「この位置が示すのは、あなたの恋愛運……」

 めくられるカード。

「『魔術師』の逆位置……これは『優柔不断』や『実行力の無さ』を示すカード……つまり――」

 占い師は僕にガンを飛ばしながら言った。

「――貴方は優柔不断さから恋愛に失敗して死ぬでしょう」

「おまえ、僕が死ぬことにしたいだけだろ」

 風音は机の上に並べられたタロットカードを、なぜか神妙な顔で見つめながら呟いた。

「……人はいつか必ず死ぬのよ」

「だからと言って、積極的に死の運命を押しつける必要はないですよね」

「誰も永遠に生きることなんてできない。生命には終わりがあるから、人は生を慈しむことができるのよ」

「そんなどこぞのゲームのラスボス戦みたいな会話はしていないですよね」

 やはり、どうあってもこの女は僕を生かしておく気はないようである。


 文化祭における僕たちのクラスの出し物は『占いの館』だった。

 わりとベタなところをチョイスしたなと思う。だが、このベタなチョイスに走るまでには実は紆余曲折があった。

 うちの学校の文化祭のシステムは少し変わっていて、飲食を伴う出し物は、屋外の屋台のみと決められている。つまり、ベタな『メイド喫茶』とか『執事喫茶』という出し物は原則できない。

 そよぎは『メイド喫茶』をやりたがり、そして、クラスの過半数がそれに賛同したのだが、教師によって却下されてしまった。そよぎを含めたクラスの連中は不満を垂れていたが、結局、その裁定が覆ることはなかった。

 そして、白羽の矢が立ったのが『占いの館』だった。

 これは風音の提案だった。占いならば飲食は関係ないため、問題はない。第一候補だった『メイド喫茶』が却下され、ある種、消去法的に持ちあがった『占いの館』。当然、皆は、積極的には受け入れない。

 そんなとき、そよぎは言った。

「『メイド占いの館』にすればいいんだよ!」

 意味が解らないと、僕がツッコミを入れようとしたとき、

「それいいじゃねえか!」

「最高だ!」

「ああ! もうそれ以外には考えられねえな!」

 何故か皆(主に男子が)にわかにその提案に飛びついた。

 その結果――


「『コスプレ占いの館』か……」

 『占いの館』としての雰囲気を出すために教室には暗幕がめぐらされ、占いのスペースは仕切りによって、畳一畳分程度の広さに区切られている。

 薄暗い室内、狭い個室、コスプレした女生徒……。

(どことなく卑猥な雰囲気が……)

「幸助、あんた、くだらないこと考えてないわよね……」

 机一つを挟んで向こう側に居る風音は眼鏡越しにぎろりと僕を睨んでいる。

「何の話だか」

 僕は風音の怒気を受け流しながら言った。

 ちなみに風音のコスプレは魔女。

 つばの広い大きな帽子に、黒いマントをはおっている。ちなみにそのマントの下はただの制服である。

 僕はそれを見て言う。

「おまえは、あんまりコスプレしてねえな」

 僕の何気ない一言に風音は噛みつく。

「は……? うちにこれ以上何をしろって言うんだ、てめえはよお……」

「すまん、今のは失言だ……」

 風音が立ちあがり、拳を固めているのを見て、素直に謝ることにする。

「ちっ……」

 風音は露骨に舌打ちしてから、乱暴に席に座り直す。

 『占いの館』の頭に『コスプレ』が冠されたときに最後まで抵抗したのが風音だった。曰く、『コスプレ』なんてせずとも占いは出来るし、『コスプレ』を嫌がる女子だって多い、と。

 女子の多くは風音の側に尽き、男子のほぼ全員がそよぎの側についた。

 女子対男子。

 話し合いは平行線をたどったが、最後に大局を決定づけたのは、そよぎのこの一言だった。


「『コスプレ占いの館』なら私を合法的に(?)コスプレさせることができるんだよ!」


「ねえ……なぜ、あのそよぎの一言で男子はともかく女子のほとんどがうちを裏切ったんだと思う……?」

「さ……さあ……」

 うちのクラスの女子生徒の闇を垣間見たような気がした一瞬だった。


 というような経緯があったので、反対派の女子は、風音のようにマントをはおるだけだったり、猫耳カチューシャをつけるだけだったりと、比較的おとなしめのコスプレをしている。

「風音はコスプレを嫌がってるみたいだけどさ」

 このときの僕は、今思い返すと疲れていたのかもしれない。毎日、文化祭の準備に追われ、ろくに休息も取っていないまま話をしていたためだろうか。僕はぽろりと要らないことを言ってしまう。

「魔法少女に変身してるときって、常にコスプレ――ごめんなさい、これは確かに僕が悪かったから、ポケットから鋭い何かを取り出すのは止めるんだ」

 本気の殺意というものに、僕は久々に触れた気がした。


「おまえら二人は、本当に仲がいいな」

 狭いスペースの中で風音と攻防を繰り広げていた僕たちの背後に立つ人影。

「なに、ここあ……幸助に続いて、あんたまでこの世から卒業したいの……?」

「いや、アタシはもう少し生きるけどよ」

 覇気のない淡々とした口調で応じたのは、うちのクラスの副委員長、空知ここあだった。

 空知ここあの性格を、僕はあまり知らない。ほとんど会話をしたことがないからだ。小学校の頃から同じ学校に通っているだけあって、そよぎたちとは、それなりに気安い仲のようではあるが。

 赤みがかかった茶色の髪をシュシュで一つにまとめ、肩から垂らした髪型。じとりとした目は別に僕らを睨んでいるわけではなく、おそらく生まれつきのもの。どちらかというとダウナーな雰囲気を醸し出す外見だ。

 そんな彼女が、大きなリボンに、エプロンドレスといういわゆるアリスファッションに身を包んでいるのは、どことなくシュールである。

 空知は、気だるげでハスキーな声で言う。

「アタシにはよお、おまえら二人、すげえ仲が良く見えるんだが」

「なんでだ?」

「普通、高校生にもなって、男女でこんなガチに喧嘩してる奴って居ないぜ」

「待ちなさい、ここあ」

 風音は空知の言葉を遮って言う。

「これは喧嘩じゃなくて、一方的な虐殺よ」

「訂正する箇所そこかよ」

 風音の残虐な主張を聞いてなお、空知は表情も変えず、言う。

「いや、アタシの知る限りでも、高校生の男女で虐殺する仲ってえのもいねえしよお」

「そりゃあ、普通居ないだろうな」

「やっぱ、普通居ないくらいにおめえら二人が仲がいいってことじゃあねえの」

 なんだこいつ……。

 空知のキャラを僕はあまり知らない上に、彼女は表情に乏しいためにボケで言っているのか、本気で言っているのか判断がつかない。

 だが、少なくとも言えるのは――

「「こいつと仲良いなんてことはありえない」」

「息ぴったりじゃあねえかよお」

 空知の言葉に僕は反論する。

「……馬鹿な。こいつと仲が良いなんていう世界線はどこを探したって存在しねえよ」

「その通り。うちと幸助は倶に天を戴くことは叶わぬ間柄。うちの命はこの男の命脈を燃やし尽くすためにあるのよ」

「もう何言ってるのか、わからねえが」

 なぜか空知は呆れた様子で僕たちを見ている。

 そして、空知はこんなことを言いだす。

「おめえらがそこまで仲が悪いっていうならよお」

 空知はポケットから一枚のチラシを取り出す。

「二人でこれに出てみればいいんじゃねえのか」

 そこに書かれていたのは――


「なるほどな……こいつは面白い……」

「上等よ……やってやるわよ」

「じゃあ、二名参加でよろしく。いや、ドタキャン出て、困ってたんだ。助かるぜ」


――――――――――――――――


「さあ、始まりました。『仲良し自慢コンテスト』。出場者の紹介です」

 観客の視線が僕たちに突き刺さる。

「エントリナンバー一番、渡辺幸助くんと内田風音さんです」

 どうしてこうなった……。

 なぜだか、僕と風音は『仲良し自慢コンテスト』とやらに出場することになったのだった。

                               (続く、はず)

 



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