第87話 きららの能力

「ひいいです! 加古川さんがいらしているのです! 珍しいのです!」

「もぐもぐ」

 児童会室の扉をくぐって現れた二人の人影。児童会メンバーの陽菜と御船だった。

 陽菜は相変わらずの挙動不審っぷりである。彼女は自己の精神状態を周囲に感染させる魔法を使う魔法少女。あまり、彼女を見ているとその魔法にかかることになるので、僕は意図的に目を逸らす。

 御舟の方も相変わらずで、ポテトチップスの袋を手に持ち、口をもごもごさせている。彼女は彼女で、ものを食べていない間は基本的に寝ており、寝ている姿を見たものを眠らせてしまうというこれまた面倒な魔法を持っている。

「ああん! なんだ、陽菜。てめえ、きらら……じゃなくてアタイが児童会室に居ることに何か文句でもあるのか?」

「ひいいです! ないです、ないです! まったく問題ないです!」

「ならいいぜー」

 と、脅しめいたことを言ったわりに、きららの方はケロリと笑っている。

「か、加古川さんは本日はどのようなご用件で……あ、私の『二つ名』でしたらいつでもお譲りしますよ……?」

 この学園の生徒には『四天王』なるものがおり、『四天王』は『二つ名』を持っているらしい。ここは学園都市でも、破軍学園でもないのでまったく必要もないものなのだが……。

「いらねえよ!」

 きららは陽菜の言葉を一蹴する。

「まあ、さすがに『二つ名』なんて要らん――」

「そういうのはな、自分の手で奪い取ってこそ、意味があるんだよ!」

「いや、欲しいのかよ」

「ひいいです! だから、奪い取らなくてもあげるっていってるのにー、です!」

 陽菜は完全に涙目である。

 そんな陽菜を庇うように御船は一歩前に出る。

「きらら、陽菜をもぐいじめもぐだめもぐだよもぐ」

「食いながら喋るな、行儀悪い」

 きららは吐き捨てるように言う。

 ごくんと口に入っていたものを呑み込んでから、御船は言う。

「それにボクも『二つ名』持ちだよ~。きららはボクのことも倒しに来るの~?」

 この御船の発言にきららは一瞬怯んだような顔を見せる。

「と、当然だ! きっちり全員倒してやるよ! ……いつかはな!」

 なんか最後に少し弱気になった様な気がしたのは気のせいだろうか。

「ま、まあでも、とりあえず倒すべきは陽菜なのは間違いないな」

「な、なんでです?!」

 陽菜は涙目で叫ぶ。

「『四天王』を倒すときは『奴は四天王では最弱……』って言われる奴から倒すのがマナーだからな」

「た、たしかに私が最弱だと思いますけど、です!」

 ていうか、マナーなんだ、それ。

 僕は話の流れに乗って問う。

「四天王の中のランクとかあるのか?」

 陽菜は僕に向かって言う。

「て、天王寺さんが言うには、全員同等らしいです……で、でも、私は本当に『二つ名』なんて要らない、です!」

 陽菜はまだ涙目である。

 そんな様子を見て、きららはどこか気まずそうな表情を浮かべている。

 僕はきららの側に立ち、そっと耳打ちする。

「あんまり陽菜をいじめるなよ」

「わ、解ってるよ……あいつ、ほんと冗談が通じねえからな……」

 きららも根っからのワルというわけではない。さすがに陽菜をいじり過ぎたことを反省しているようだ。

「しゃあねえな。フォローしとくか……」

 そう呟いて、きららは陽菜に向かって言う。

「陽菜。確かにおまえは四天王で最弱かもしれない……だが、気にするな」

「いや、別にそこを気にしているわけでは――」

「なんだかんだいって、最初に倒される四天王の方が出番が多かったりするからさ」

「何のお話です?!」

 確かにどちらかと言うと後半に出てくる幹部の方がラスボス前のかませっぽくやられることが多い気はするけど……。

 さらにきららは言う。

「それにシバのイワークより、カンナのラプラスの方が厄介だろ?」

「本当に何のお話をしてるんです?!」

 今の子供に解らねえだろ、そのたとえ。

 陽菜はこほんと小さく咳払いをしてから言った。

「加古川さんが、私のフォローをしようとして下さっていることは伝わっていますのです。ですから、もう大丈夫なのです」

「よくあの会話で意図伝わったな」

 この子はいつも謎に察しがいい。

「はいです。私は殺される以外のことは、大抵のことは許せるです」

「心広いな……」

 この子は本当に心配になる……色んな意味で。

 そんな会話をしていると、

「……げっ」

 あからさまに顔をしかめた様子の静が入口のところに立っていた。

 それを見つけたきららは言う。

「お、静。久しぶりじゃん」

「……チッ。……なんで居る」

 意外と友好的なきららに対して、静は舌打ちで返す。

 静は確かにあまり愛想がいいとは言い難い子供だが、それでもこうまであからさまな態度を取ることはそれほど多くない。ふと、彼女と初めて会った日のことを思い出す。あのときの彼女もこんな風に僕を毛嫌いしていた。その理由は――

「お、そうだよ。なんか幸助と色んな奴が来るから肝心なことを忘れてたじゃねえか」

 そう言って、きららは何気なく雪哉の手を取る。

「雪哉! 勝負だ! 修行してきた成果を見せてやるぜ!」

 確かにきららは雪哉をライバル視しているという話だった。今日はそのリベンジのためにやってきたのだという。

「……加古川さん。勝負するのはぼくが道場に行ったときだけって言いましたよね……」

「だって、最近おまえ来ないじゃん!」

「それは文化祭前で児童会が忙しいからで……」

「だから、堂々と児童会室でも勝負が仕掛けられる様に、きららは児童会に入ったんだぞ!」

「……加古川さんが真面目に働いてくれたら、道場に行く時間も作れるんですけどねえ」

「なんだよ、もう!」

 雪哉の嫌みも通じていないのか、きららはぶーぶーと口をとんがらせている。

 そのときだった。

「……いつまで手を握ってるの」

 静は地の底から響くような声で言う。

「手?」

 きららは首を傾げて自分の手元を見る。

「ああ。すまんすまん。つい勢いで手を握っちまってた」

 きららはへらへらと笑いながら手を振る。

 静はそれをじっと睨んでいる。

 静のそんな顔を見て、きららは何気なく言い放つ。

「なんだ、静。嫉妬してんのか?」

「はあ?!」

 静は間抜けな大声を上げる。

 そして、瞬間的に顔を真っ赤にして叫び出す。

「別に嫉妬なんかしてない……してない!」

 いつものぼそぼそ声ではない、腹から出した声で静はぶんぶんと首を振る。

 対してきららはへらへらと笑いながら、そっと静の隣に回って、彼女の耳元でささやく。

「いやいや。おまえの気持ちは解ってるぜえ。静」

「な、なにを言って!」

「だから、おまえにも繋がせてやるよ」

「手、手をか?!」

「ああ、ほら」

 そう言って、きららは静の手を取り、

「握手ー」

 そのまま、静の手を握った。

「……は?」

 ぽかんとした顔できららを見つめる静。

「ん? きららと手繋ぎたかったんじゃないのか?」

「……は?」

「いや、雪哉ときららがずっと手を繋いでたから羨ましくなったのかなーって」

「……は?」

「ははは、おまえ、『は?』しか言えなくなっちまったのかよ!」

「……は?」

 静はきららと手をつないだまま、呆然と立ち尽くしていた。


「さあ、無駄話をしている暇はありませんよ」

 この程度の事態には慣れっこなのだろうか。まったく動じた様子のない雪哉が皆に声をかける。

「文化祭に向けての準備にやらなくちゃいけないことはいくらでもあるんですから」

 雪哉の声に応じて、陽菜と御船は素早く動きだす。茫然としていた静ものろのろとだが、自分の持ち場に着いた。

 その光景を見て、僕はきららに言う。

「きららは仕事しないのかよ」

「んー……。きらら……じゃなくて、アタイは暇なくらいがちょうどいいんだ。アタイが働かなくていいってことは、世界が平和ってことだからな」

「おまえは警察かなんかなのか?」

 僕は雪哉にそっと耳打ちする。

「なあ。なんであんな奴を児童会のメンバーに入れてるんだ?」

「まあ、皆さん、そう思いますよね……。しかし、彼女は彼女なりに使いようはあるんですよ。見ててください」

 自分以外のメンバーが仕事を初めて誰も構ってくれなくなったからだろうか。一人平然とサボっていたきららは徐々に落ち着きがなくなっていく。

「ったくよー……。ていうか、部屋きたねえな……おまえらこれちゃんと掃除してんのかよ」

 そう言うと、彼女は掃除用具入れまで行って雑巾を取り出す。

「部屋の角の部分の拭き掃除が甘いんだよなあ。いっつもここ埃がたまってるんだ」

 そう言いながら、彼女は慣れた手つきで掃除を進めていく。

「あ、御舟。今気付いたけど、またおまえスナック菓子ばっか食ってんな」

「もぐもぐ?」

「そんなんばっかり食ってたら身体に悪いだろうが。きららの鞄にきららが焼いたクッキー入ってるから、そっち食え」

「やったー、きららのクッキー好きー」

 そして、きららは仕事を進める静の袖口に目をやって叫ぶ。

「あ! 静、おまえの袖のボタン取れかかってるぞ!」

 静は自分の袖を見ながら答える。

「……ほんとだ」

 きららは胸のポケットから何かを取り出しながら言った。

「貸してみろ。きらら、裁縫セット持ってるからつけといてやるよ」

 そんな姿を見ながら、雪哉は言った。

「彼女は意外と役に立つんですよ」

「隠れおかんキャラだったか……」

 やっぱり、こいつ不良でもなんでもないだろ、と僕は思うのであった。

 




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