第82話 陽菜の性格
「申し訳ありませんでしたです!」
僕を見つけるなり、突然の土下座をかましてくれたのは、児童会書記の鈴川陽菜だった。
「だから、土下座はやめろって言ってるのがなぜ解らない」
場所は高等部の廊下。客観的に見ると僕は女子小学生を土下座させているゲスにしか見えない。周囲に居る生徒はちらちらと僕の方を見ている。何人かは僕に厳しい視線を向けている。
ダメだ……このままでは、僕が社会的に殺される。
「場所を変えるぞ」
僕は慌てて陽菜を抱きおこし、人目のつかない場所まで連れていくことにする。
「ひいいです! ごめんなさいです!」
泣き叫んで謝る女子小学生の手を引っ張って男子高校生。
僕は陽菜を引きずりながら自らの社会的地位が崩れていく音を聞いたような気がした。
「で、今回はなんだ?」
僕は適当な空き教室に陽菜を連れ込み、なぜ突然の土下座をかましてくれたのか理由を問いただす。
「ひいいです! ごめんなさいです!」
「いや『ごめんなさい』はいいから、突然土下座した理由を聞かせてくれ」
「ひいいです! ごめんなさいです!」
「無限ループにハマるんじゃない」
陽菜は滝のような涙を流している。これでは埒が開かない。
僕は一度、深呼吸して精神を落ち着ける。
鈴川陽菜は魔法少女である。持っている魔法は精神感染。彼女が楽しい気分になれば周囲の人間の気分も高まり、彼女が落ち込めば周囲の人間の気も滅入ってしまう。彼女の魔法の影響を受けないように僕は努めて気分を落ち着けることにする。
彼女とは、知り合って数日であるが、陽菜が楽しそうにしている瞬間を僕は見たことがない。彼女のネガティブさは半端ではない。ほんのすこしでも悪い状況に陥る可能性が思い浮かぶと常に最悪の方向に物事を捉えてしまう。
先日も、雨傘を持ったまま階段を降りようとして「足が滑って傘の先が喉に突き刺さって死ぬかもしれないです!」とガチ泣きしていた。
そんな経験から今回もまた陽菜が妙な思い込みで土下座を決めたのだろうと僕は予想していた。
僕は小さな子供をあやすような調子で尋ねる。
「陽菜、どうして僕に謝ってるのかな?」
すると、陽菜は目に涙を溜めながらもぽつりと呟く。
「渡辺先輩の書いた交流会の企画書を確認したです……」
交流会とは、僕が文化祭実行委員として立ち上げた企画で、学年を越えた交流を主眼として、ゲームなどを行い、他学年の生徒との交流を深めるという内容のものだった。
児童会にはこの企画に協力してもらっており、書記である陽菜には僕の企画書のチェックを頼んでいたのだが……。
陽菜は声を震わせて呟く。
「私はこの企画書に隠された渡辺先輩の真意に気付いてしまったです……」
「真意……?」
僕は陽菜の言葉の意味が解らず、首を傾げる。
「はいです……ここの部分です……」
そして、陽菜は震える指で企画書の文章を指差す。
僕は指摘された箇所を読んでみる。
このゲームの流れは以下の通りである。
・ロールプレイの役割をくじで決定する。
・スタートの合図と共に自身のパートナーとなる人間を見つける。
「ん……? この文章、何かおかしかったか?」
僕は陽菜が何を言いたいのかが理解できず、思い悩む。
陽菜は大きな瞳に涙をいっぱいに溜めて言った。
「……縦に読めば解るのです」
「縦……?」
僕は言われるがままに先程の文章を縦に追ってみる。
「こ」のゲームの流れは以下の通りである。
・「ロ」ールプレイの役割をくじで決定する。
・「ス」タートの合図と共に自身のパートナーとなる人間を見つける。
「ひいいです! 殺さないでほしいのです!」
「よく見つけたな、こんなん!」
もちろん、偶然である。
陽菜はがたがたと震えながら話を続ける。
「ま、まだあるのです……」
「まだあるのか……」
僕は陽菜の言葉を待つ。
陽菜は企画書の別の部分を指差して言う。
「こ、ここの部分なのです……」
僕は該当箇所に目を通す。
この企画の主眼は学年、学科の垣根を越えた交流にあります。
テレビゲーム、インターネットなどの普及により、地域の子供間の人間関係の希薄化が叫ばれる昨今、我が校の小学生、中学生、高校生が同じ学び舎で過ごしているという我が校の特殊性を生かした学年を越えた交流を深めることが今回の企画の趣旨であります。
「ここに何があるっていうんだ……?」
まさかまた偶然のたて読みでも発生しているのかと思ったが違うようだ。かといって、斜め読みなんかでも無さそうである。陽菜はいったい何が言いたいのだろうか。
「こ、こことここの部分です……」
陽菜が指を指したのは――
この企画の主眼は学年、学科の垣根を越えた交流にあります。
テレビゲーム、インター「ネ」ットなどの普及により、地域の子供間の人間関係の希薄化が叫ばれる昨今、我が校の小学生、中学生、高校生が同じ学び舎で過ご「し」ているという我が校の特殊性を生かした学年を越えた交流を深めることが今回の企画の趣旨であります。
「『しネ』と書かれているのですぅ!」
「もはや、言い掛かりのレベル!」
順番も位置も適当でいいなら、「し」と「ね」の二文字くらいほとんどの文章で見つけられるぞ……。
「ひいいです! ごめんなさいです!」
この子はむしろ喧嘩を売りに来ているのではないだろうか……?
僕は苛立ちを抑え込んで言う。
「その二ヶ所には何の意図もないから、忘れてくれ」
「わかりましたです……苛立ちを覚えさせてしまってごめんなさいです……」
妙に鋭い勘を発揮する陽菜は申し訳なさそうな顔で僕の言葉に応えた。
そして、彼女はまた震える声で呟く。
「ごめんなさいです……あと、ここなんですが……」
「……まだあるの?」
僕はうんざりした気持ちを隠せないまま応答すると、
「ここの部分なんですが、漢字が間違ってるです。たぶん、変換ミスです」
「え?」
僕は指し示された箇所を注視する。確かによく見ると漢字が間違っている。
「あと、ここの部分なんですが、少し冗長でしたので、改稿してみたです……」
僕は改稿された文章を読んでみる。
……確かにもとの文章よりもシンプルに解りやすくまとまっている。
「生意気言って、ごめんなさいです……」
陽菜はまた泣き出しそうになっている。
「いや、これは陽菜の言う通りだ。確かにこっちの方が良い」
陽菜の言葉は的を射ていた。伊達に書記を任されているわけではなかったのである。
仕事に忙殺されていて、企画書のチェックが疎かになっていたようだ。これは反省しなくてはならない。
「助かったよ、陽菜」
僕は素直に陽菜の労を労う。
すると、陽菜は表情を柔らかくして呟く。
「よかったです……」
僕は陽菜のこんな顔を初めて見たような気がした。こんな風にしていると年相応の普通の娘だよな、と思う。
「これで殺されなくてすむです……」
こんなことを言い出さなければであるが。
そこで、僕は興味本意で尋ねてみることにする。
「陽菜はどうしてそんなに心配性なんだ?」
すると陽菜は、神妙な顔で呟いた。
「そうなるように育てられたからです……」
「どういうことだ?」
僕は陽菜に尋ねる。
「私は小さいときから、かなり箱入り娘に育てられてたです……『狙撃されたらいけないから』と産着代わりに防弾チョッキを着せられて育ったです……」
「どんな修羅の国の生まれなんだ……」
「ちなみに今着てる制服も特注の防弾制服です……」
「防弾制服って何?!」
この娘は僕とは違う世界に生きてるの?
陽菜は話を続ける。
「うちのお父さんは昔から不幸体質で、色々苦労したらしいです。だから、自分の血をひいてる私が同じ轍を踏まないように、警戒心を持たせて、あらゆる事態を想定するように幼い頃から仕込んだです」
陽菜は指折り数えながら言う。
「『信号無視した車が走ってくるかもしれない』『家の中にダンプカーが突っ込んでくるかもしれない』『時を止められてロードローラーを頭上に落とされるかもしれない』」
最後は絶対無いだろ。
「そんな風にずっと教えられて育ってきたので、何でも最悪の事態を想定して行動する癖がついてしまったです……」
幼い頃からの刷り込みの結果がこれと言うわけか……。
僕は話の流れでふと思い出して呟く。
「伊達に『
鈴川陽菜は、塔坂学園小等部四天王のひとりと雪哉は言っていた。
『
『
『
『
「ん? よく考えたら小等部の四天王って全員児童会所属じゃないか?」
僕の言葉に応えて陽菜は言う。
「はいです……と言っても偶然というわけではなく、二つ名持ちだと選挙で選ばれやすいので、児童会や生徒会には二つ名持ちが多くなるのです……すいませんです……」
なぜか卑屈な調子で陽菜は言う。
「別に私は二つ名は要らないので加古川さんにあげてくださいと天王寺先輩に言ったんですが……あの人は腰が低くて、すごく親身に話してくださっているようでいて、実際はあまり人の話を聞いていないので……ああっ、悪口言ったわけじゃないですぅ! ばらさないでほしいのです!」
泣きじゃくる陽菜に僕は尋ねる。
「加古川さんっていうのは、僕がまだ会っていない児童会のメンバーだったか」
陽菜は、それに答えて言う。
「はいです……現児童会のメンバーで二つ名持ちでないのは加古川さんだけなので。加古川さん本人は――」
『二つ名なんていらねえよ! ばーか、ばーか』
「――と言っていますが」
加古川さんなる人物のキャラクターが解らないが普通、二つ名なんぞ要らないと思うのだが。僕がそう言うと、
「でも、加古川さんは私に会う度に開口一番、『二つ名なんていらねえよ!』って言うです」
「なんだそれは……」
実は欲しいのだろうか……。
僕は先程名前が出たもう一人の人物について尋ねる。
「天王寺先輩というのは?」
陽菜は僕の問いかけに答えて言う。
「天王寺先輩は、高等部生徒会の書記で、新聞部の部長さんです。うちの学園の生徒に二つ名をつけているのは、基本的に天王寺先輩です」
「この謎の文化の発信者か……」
なんだろう、知りたくなかったような気がする。
「私はいつも会う度に二つ名は要らないと言うのですが、天王寺先輩は――」
『ああ、大丈夫ですよ。気にしないでください。二つ名は私が決めているわけではなく、
「とにこやかに言って、取り合ってくれないのです!」
「なんかめんどくさいキャラクターのオーラを感じる……」
何を言っているのか解らないが関わり合いにならない方がよさそうである。変人の相手は今現在僕の周囲に居る人物だけで、もう充分である。
と、そんなことを言っていると、
「あ、幸助、おまえ、こんなところに居たのか!」
現れたのは、僕の周囲の変人筆頭、菊川六花だった。
六花は怒っているのか、強い口調で言う。
「おまえが戻ってこないから書類整理をりっかが一人でやったんだぞ!」
「ああ、やばい。忘れてた」
そもそも、僕は文化祭実行委員の仕事の途中だった。陽菜に土下座をされたせいですっかり頭から飛んでしまっていた。
次の瞬間だった。
「申し訳ありませんです!」
そう叫んで、あざやかな五体投地を決めてくれたのは、もちろん陽菜だった。
「うおお! なんなのだ!?」
流れるような所作で行われたDOGEZAに六花はたじだじになっている。
六花は慌てた調子で言う。
「わ、りっかは幸助に怒っているのであって、おまえに怒っているわけではないのだ!」
「私が渡辺先輩を引き留めてしまったのが悪いんですぅ……何でもしますので、命だけはぁ……」
「別にりっかは怒ってないのだ。むしろ、ちょっと戻ってくるのが遅かったくらいで怒りを覚えてしまったりっかが悪いのだ……」
「私が悪いんですぅ……」
「いや、りっかが悪い……」
「私ですぅ……」
「りっかなのだ……」
「ネガティブスパイラルにはまるのはやめようか……」
陽菜の魔法の影響はなかなかのものである。
僕は六花に素直に謝っておくことにする。
「ごめん、六花。仕事を押し付けちまったな」
僕がそう言うと、
「ふん。別にりっかにかかれば大したことではないのだ」
と、六花はいつもの調子を取り戻して答えた。
そして、僕はふと気付いて、呟く。
「そういえば、おまえたち二人ってちょっと似てるな」
「えっ?」
「です?」
二人は首をかしげて、お互いを見やる。
「妄想が激しいところが似てるよ」
僕がそう言うと六花は、
「りっかは別に妄想が激しいわけではないのだ。少しばかり人よりイマジネーションによるイノベイティブなソリューションをマネジメントしてるだけなのだ」
「わけわからんわ」
意識の高いベンチャー企業の社長かよ。
対して陽菜は、
「私が菊川先輩と似ているなんて恐れ多いです! 私はせいぜい路傍の石ころ程度の存在……あっ、すいません! 私なんか石ころ以下ですよね! 調子に乗ってたです!」
「充分、価値がある存在だから安心しろ……」
この娘もこの娘でなかなかめんどくさいな。
僕の言葉を受けて、六花はしみじみとした口調で言う。
「しかし、妄想ではないが、想像力が豊かという賛辞という意味ではおまえの言葉を受け取るのはやぶさかではないのだ」
そして、その言葉を聞いて、陽菜は言う。
「私は妄想というか、常に最悪の事態を想像せざるを得ないという感じなのです」
「確かに、りっかには当然見えている事態が、他の人間には見えていないということは多々あるのだ」
「わかるです。なぜそこまで考えるのか、解らないとよく言われるです」
「そういうあたりが似てると言ってるんだ」
独特のワールドを持ってるというあたりは間違いないと思う。
ただ、まあ――
「にしても、幸助。こんな人気のない教室に小学生を連れ込んで……は! まさか、これはりっかを誘いだすための罠なのか?! 鬼畜幸助は3P展開を狙っているのだな!」
「ええ! 3Pって、なんです?! 危ないことです?! 私、殺されるです?!」
「はい、六花、黙ろうか」
小学生の陽菜には、六花を近付けてはいけないなと改めて認識する僕であった。
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