第74話

 僕たちは意識の戻らない凪を連れて山を下る。凪を担いでいるのは雪哉だ。この中では年長の男である僕が凪を担ぐべきだと考え、実際、最初は僕が抱き抱えていたのだが、五分と経たずにギブアップした。意識を失った人間を運ぶことがこれほど困難なことだとは思っていなかった……。雪哉は今も悠々と凪をお姫様だっこしている。僕も少しばかり身体を鍛える必要があるな……。

 凪を雪哉に任せて、僕は集団の一番後ろを歩いていたそよぎに声をかける。

「そよぎ、ちょっといいか」

「ん……?」

 そよぎと僕は集団から少し離れて歩く事にする。

 僕はそよぎに大事な話をしなくてはならない。

 僕は彼女にだけ聞こえるような小さな声で喋る。

「前に六花が言ったよな。僕がそよぎを好きなのは、そよぎが自分の魔法で無意識のうちに僕の心を操作しているからなんじゃないかって」

「……うん」

 この数日、そよぎが元気がなかったり、六花に対抗心を燃やして暴走してしまった原因がこの言葉だった。

 だから、今こそ、僕はそよぎに、きちんと言ってやらなくちゃいけない。

「僕はそよぎが好きだ」

「………………」

「確かに六花の言う様にこの気持ちがそよぎの魔法によって作られたものなんじゃないかって、疑ったこともある」

 その可能性に気付いて尚、自信をもって自分の心が操られていないなんて断言できるほど、僕の気持ちは強くない。

「でも、仮にそうだとしても僕はそよぎのことが好きだよ」

 僕は罪滅ぼしと考えて、気恥かしくてもそよぎに真剣に向き合う。

「どうして……」

 そよぎはぽつりと僕に問いかける。

「要するに、私が気付かないうちに魔法を使って、幸助くんを洗脳しているかもしれないってことでしょ」

 そよぎは悲しげな顔で言う。

「そんな相手を好きだなんて、なんで思えるの……」

 そよぎは自分が僕の心を操っているかもしれない可能性を考え、罪悪感に駆られた。

 彼女は、きっとずっと『なやんで』いたんだ。

「単純な話だよ」

 僕はそよぎの心にかかる霧を払ってやる。

「今の僕はそよぎと居て、すごく楽しい。それだけで充分なんだよ」

 確かに僕だって悩んださ。自分の気持ちが造られたものじゃないか、って気付いて平気だと即答できるほど僕の心は強くなかった。

 でも――

「結局、僕が悩んでたことってなんだったか解るか?」

「……ううん」

「僕は自分の心が造られたものじゃないかって考えたときに恐れたのはさ。自分が操られてるんじゃないかってことじゃなくて、そよぎがこのことに気付いたときに、罪悪感をもっちまうんじゃないかってことだったんだよ」

 僕は月の無い夜空を見上げながら言う。

「僕は自分が洗脳されてるかどうかよりも、無意識とはいえ、洗脳なんて行為をしてしまっているかもしれないと知ったときのそよぎの気持ちの方が心配だったんだ」

 それはまさに今の状況だ。

 六花によって僕の気持ちが暴露され、そのためにそよぎが『なやんで』しまった。

 僕はそういう状況に陥ることを恐れていたんだ。

「幸助くんは……私の気持ちを心配していただけで、自分が実際に操られているかどうかはどうでもいいっていうの?」

「そうだよ。だって――」

 僕は本心で言う。疑うんならセシリアに心を読んでもらったって構わない。

「そよぎと付き合える以上に幸せなことがこの世界にあるとは思えないからな」

 世界一の美少女で、ちょっと馬鹿だけど本当に面白いやつで、誰からも好かれる優しい娘。こんな娘と付き合える以上の幸せが何かあるか? もしもあるんだったら教えてくれ。少なくとも僕には思いつかない。

 こんなすごい娘のすぐ隣で同じ時間を過ごせる。同じ方向を向いて、二人で手を繋いで生きていける。

 それ以上の幸せ?

 あるわけねえだろうが。

 世界中の人間と幸福度で勝負したって、僕は誰にも負けない自信がある。なんなら対戦相手に凡百のライトノベルの主人公を加えてくれたって構わないぞ。毎日のようにラッキースケベに遭遇する主人公より、次から次へとやってくる美少女たちとハーレムを築く主人公たちと勝負したって、僕は彼らよりも幸せである自信があるね。

「たとえ洗脳だとしても、こんな幸せな洗脳ならいくらでもしてくれよ」

 僕はそよぎの手をそっと握りながら言う。

「僕は本当にそよぎと共に過ごす日々を愛しているんだから」

 たとえ、どんなことがあったって、僕はこの手を離さない。

 もしも、そよぎの気が変わって僕を見限るようなことがあったとしても、だ。

 そのときはストーカーよろしくそよぎを追いかけて、また振り向かせてやる。

 絶対に僕がそよぎを嫌いになるなんてことはない。

「………………」

 そよぎは握られた手を見た後に、僕の顔を見る。

 そよぎの白い肌が、少しだけ赤く上気しているのが解る。

 そよぎは握られた手を、そっと、強く、握り返した。

「そっか……」

 そよぎは優しく呟く。

「そっかぁ」

 そよぎの言葉にこもった熱は、ゆらゆらと漂って、月の無い夜空へと消えていった。

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