第73話

「あー、もう仕方ないみたいっすね……」

 明らかに普段の凪とは違う口調とトーン。

「さすがにこれだけ突きつけられたら認めざるを得ないっすね……つーか、この人に組み伏せられている状況になった時点でもうほぼ負けでしたしね」

 先程までとは打って変わってどこか緩い喋り方になった偽凪は言う。

「白状するっす。私は確かにあんたのいう偽物……凪の『魂の同一人物』っす」

 どこか憑き物が落ちた様な表情で偽凪は話す。

「まあ、さきほどそこの御仁がほぼ全て推理してくださったんで、今更自白も糞も無いかもしれませんが、素直に喋りますんで、命だけは勘弁してもらえませんでしょうか」

「まあ、そういう態度の方が僕は好みだ。少なくとも国や組織への忠誠心から死してなお義を尽くそうとするような人間なんかよりは、ね」

 僕がそう言うとそれに乗っかるようにして偽凪は言う。

「あと、すんません。本当に情報は素直に出すんで、フレミニアンからの暗殺からも守ってもらってもいいっすか? うちはそういうこと平気でやるような国なんで」

 偽凪は僕の目をじっと見据えて、そんなことを言う。

「良いだろう。僕の監査官としての権限の許す限りおまえの身の安全は保障する」

「ありがたいっす」

 実際に上層部がこのスパイを殺すということは無いはずだ。殺す理由がないからだ。素直に情報を喋るなら有用だし、仮にこの後に及んで嘘の情報を出してこちらの撹乱を狙ったとしても、逆になぜそのような偽情報を出したかということは、一つの情報になる。つまり、どう転んでもこのスパイの身柄を生きて確保できたことは不利益にはならない。それを自ら潰すような真似はしないだろう。

「こいつの連行を頼む、ワルド」

 僕は自分の中に居るもう一人の自分に声をかける。

(……よろしいのですか?)

 ワルドは言う。ワルドが言わんとしていることは解っている。本当にこのまま、このスパイをバルバニアに引き渡していいのか、ということだろう。

 もしも、この偽凪がそよぎの魔法の詳細を知っていた場合、偽凪をバルバニアに引き渡すことはそよぎの魔法の真実をバルバニアに伝えることになりかねないからだ。

(まあこいつが風音の魔法について知らなかった時点できっと大丈夫だろ)

 先程確認したように偽凪は風音の魔法についての記憶を消されていた。ならば、凪ならば、僕たちにとって最重要の『秘密』と言えるそよぎの魔法の記憶を消していないなんてことはありえない。

 ここで偽凪に「そよぎの魔法について知っているか」などと問えば、間違いなく薮蛇。多少賭けにはなるが、このまま偽凪をバルバニアに引き渡す以外に僕たちにとれる選択肢はない。凪の回復を待つという選択肢もあるが、スパイの引き渡しを送らせれば、バルバニアに嫌疑を持たれ、かえって痛い腹を探られることにもなりかねない。ここはさっさと引き渡しを行うべきだろう。

「…………………」

 僕よりも慎重なワルドはまだ不安があるようだ。

(なあ、ワルド)

 僕は魂の世界でワルドに向き合う。

(僕は凪を信じることにするよ。あいつならきっと、うまくやってくれているさ)

(………………)

 ワルドは数瞬の後、嘆息してから言った。

(あなたは人を疑ったり、信じたり……)

(僕がわりといい加減な人間であることは知ってるだろ?)

(ええ……自分のことですからね)

 そして、ワルドは微笑んで言った。

(なら、私もあなたの信じるものを信じましょう)

 ワルドは僕に代わり、僕の表層に姿を現す。

「では、ここから後は、私が引き継ぎましょう」

 ワルドは言う。

「セシリアにゲートを開いてもらい魂渡りによってこのスパイの魂を連れて本国に帰還します」

「僕自身にゲートを開く魔力が足りなくておまえには迷惑をかけたな」

 僕はワルドに向かって言う。

 僕たちの居る世界の人間は平均潜在魔力は近辺の世界で随一だと聞いている。だからこそ、この場所が『勇者計画』の実験場に選ばれている。

 だが、僕はこの世界の人間の中で例外的に魔力量が著しく少ないのだ。そのため、ワルドは僕の肉体に居る時は、せいぜい簡単な通信魔法が関の山で、ほとんど魔法を行使できないのだ。だから、異世界であるバルバニアに帰還する異世界ゲートを開き、魂渡りで本国に帰るのも一苦労だった。一人でも帰れないことは無いのだが、僕の身体は一度魂渡りを使うためのゲートを開くだけでもかなりの体力を消耗してしまう。だから、ワルドは僕に気を使って、ほとんど本国に帰ることが無かったのだ。

 僕はセシリアに尋ねる。

「セシリア、ここは霊地だが魔法の行使に支障はないのか?」

 霊地にはマナが満ちる。だから、魔法使いのオドを使用して使う魔法は使用することが難しい。だからこそ、この場所の世界結界は弱まっているのだ。

「確かにかなりやりずらいですが……ゲートを開く程度の低級魔法ならなんとか。低級の魔法は魔力のコントロールが簡単ですから」

 僕の身体はその低級魔法すらまともに使えないんだけどな。

 そんなことを思っている内に、セシリアが空に向かって手をかざす。すると、夜空にゲートが開いた。

 ゲートは半径数メートルほどの光の輪だ。その向こうには変わらない漆黒の夜空が覗いている。物質があの輪を通っても何も起こらないが、魂だけがあの輪をくぐれば、バルバニアに渡ることができる。

 すると、すっと自分の身体の中から何かが抜ける感覚がする。

 ワルドの魂が僕の肉体の外に出たのだ。

 隣を見ると六花からも同じ様にセシリアの魂が抜け出ている。

 いわゆる人魂のような球体の光の塊となったワルドは僕と向き合って言う。

「私は『私』が幸助であってよかったですよ」

 ワルドの魂は「僕の迷惑をかけたな」という言葉に対して、そう答えてから、セシリアの魂に寄り沿う。

 僕の視線を受け止めたセシリアの魂は、ただの光の塊なのに、まるで優しく微笑んでいるように見える。

「ええ。私も旦那さまのと一緒に居てくださったのが幸助様でよかったと思います」

 ずっと僕のことまで『旦那さま』と呼び続けていたセシリアは初めて僕の名を呼んだ。

「ありがとうございました、幸助さん。私は今までずっと愛する事は信じることだと思っていました。好きな相手のことは疑うべきでないと」

 セシリアの魂は美しく黄金に輝いている。

「でも、愛しているからこそ疑う。そういうやり方もあったんですね」

 そして、セシリアは六花の前に移動する。

「ねえ、六花さん。もう一人の『私』」

 セシリアは六花に呼びかけているようだ。

「約束とは少し違ってしまったけど、これでもいいかな?」

 セシリアの砕けた言葉を受けて、六花は答える。

「構わないのだ。むしろ、おまえは私が大切なものを見つけるきっかけを作ってくれた。それだけで充分なのだ」

 そう言って六花は泣きそうな表情でにこりと笑った。

「ありがとう。いつか、また」

 セシリアはそう言って六花の言葉に応えた。

「では、いくぞ。スパイ」

「私にはナスターシャという名前があってですねえ」

 そんなことを言いながら偽凪の魂は、凪の身体から抜け落ちた。瞬間、凪は眠る様に目を閉じる。

 そして、偽凪は目をつぶったままの凪に向かって言う。

「悪かったっすね。もうひとりの『私』。謝って許されることじゃないけど……ごめんなさい」

 それだけ言うと偽凪の魂は大人しくワルドとセシリアの魂に挟まれて連行されていく。

「幸助、武運を祈ります」

「六花さん、あなたはあなたの気持ちに素直に」

 二人はそう言い残して、天へと昇って行った。

 そして、光の輪、ゲートは消えた。


 それを見届けて、僕はやっと息をつく。

「ああ、疲れた……」

 そう呟いて僕は地面にどっかりと座りこむ。

 今回は考えなくちゃいけないことが多すぎた。さすがに疲労感が強い。

 そんな僕に向かって風音は言う。

「凪が冗談で『忘れた』なんて言葉を使わないって、あんた言ったわよね」

「……ああ」

「あれ、嘘よね」

 風音の言葉に反応したのは、そよぎだ。

「え! どういうこと?」

「ああ、ばれてたのか。あぶねえな」

 僕は呟く。

「確かにあれは嘘、っていうかハッタリだ。なんていうか、それっぽかっただろ?」

 風音は呆れたという口調で言う。

「凪はそよぎの記憶を奪い続けてたことを気にしてたから冗談で『忘れた』なんて言わない、なんてちょっと凪の精神構造を高尚に仕立て過ぎよ。なんかいかにも設定厨の作者がドヤ顔で考えたキャラ設定っぽいわ」

「まあ、それっぽい泣き落とし系の話でもないと偽凪が素直に偽物である事を認めて出て行ってくれなさそうな雰囲気だったし。風音の魔法の話とか、多少ドラマチック過ぎる演出だったことは認めるが」

 僕はそんな舞台裏を明かし終わって意識を凪の方へと向ける。

「雪哉、凪の様子はどうだ?」

 僕は雪哉に問いかける。

「脈拍、呼吸は正常。気の流れも正常範囲内。おそらくは長い間主導権を奪われていたので目を覚ますのに時間がかかっているだけでしょう。問題ないと思われます」

 雪哉はずっと地面に組み伏せていた凪をそっと抱き抱えている。

 そんな凪を見つめながら風音は言う。

「まあ、今晩はうちの家に泊まっているっていうことにでもして口裏を合わせておけばなんとかなるでしょう」

 その言葉を受けて六花は言った。

「なら実際にうちに泊まりに来ればいいのだ」

「六花のうちに?」

 風音は六花に向かって尋ねる。

「ああ。うちなら部屋は余ってるし。それにおまえらの親って仲良いって聞いたのだ。口裏を合わせても騙すのは難しいんじゃないのか。実際におまえらみんなでうちに泊まれば嘘にならないのだ。それに――」

 そして、六花は顔を赤らめて言った。

「友達……なら、お泊まり会ぐらいしても不自然ではないのだ……」

 六花の言葉はだんだんしりすぼみになって消えていく。

 しかし、風音はそんな言葉を逃さずに拾い上げる。

「そうね、友達なら、全然おかしくないわね」

 そう言って風音は優しく微笑む。

 その笑顔でいったいどれだけ六花は救われただろう。六花は安堵の息を吐いた。

 そして、六花は何故か僕の方を見て叫んだ。

「あ、幸助! おまえは駄目だからな! これは女子会なのだ!」

「僕もその頭数に入っているとは思っていないよ」

 さすがに同級生女子の家に泊まるなどという恐ろしい真似をする度胸は無い。

 そして、六花はそよぎの方に向かって言った。

「女子会……なのだ」

「え……」

 そよぎはきょとんとした顔で六花を見ている。

「その女子会だから、その……」

 今度ばかりは風音も助け船を出さない。これはきっと六花自身が乗り越えなくちゃいけない壁だって風音も解っているから。

 そして、六花は消え入りそうな小さな声で言った。

「そよぎも泊まりにくればいいのだ……」

「あ……」

 そよぎは呆けた顔で僕の方をちらりと見る。僕はそよぎの気持ちを理解する。

 いいんだよ、そよぎ。

 僕はそんな思いを込めて、ゆっくりと頷く。

 僕を見るそよぎの目はきらきらと輝いて――

 ああ、僕はやっぱり僕はこの娘のことが――

「うん! 行く!」

 そよぎは世界中の人間を魅了する満面の笑みで六花に返事をしたのだった。

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