第66話

「条件が二つある」

 僕も腹を決めて、田中に向き合う。勝負は避けられない。ならば、少しでもこちらに有利な条件で勝負に挑むべきだ。

「一つ目の条件は、そよぎの『秘密』を守るという制約のために生徒会長の魔法を使ってもらおうか」

「おっと、そう来たか」

 田中は虚をつかれたとばかりに意外そうな表情をする。

 僕は言う。

「契約条件は、『渡辺幸助、田中義晴の間での賭けが成立した瞬間から、田中義晴、魔天楼王妃両名は、愛原そよぎの魔法について渡辺幸助、愛原そよぎ以外の人間にその情報を提供することを一切禁ずる』だ」

 魔天楼王妃の魔法は契約魔法と言われている。魔天楼王妃自らが作成した契約書に関係者全員がサインをすれば、その契約書に書かれた内容を破ることは誰にもできなくなる。たとえ、その魔法の使い手本人であっても。そういう魔法と言われていた。

「まあ、それについては構わないが」

 田中は言う。

「ひーちゃんはこちら側の人間だ。契約書を偽造する可能性については、どう考えているんだ」

 確かに魔天楼王妃が嘘の契約書を作成した場合、そもそも契約魔法は成立しないことになる。

「既に作成してある契約書を出してもらおうか。そして、その契約書がある場所は六花に教えてもらう」

「なるほどなあ」

 田中は何故か嬉しそうに僕の言葉に応じる。

 僕の言葉に反応したのは六花だ。

「私が?」

 僕は六花に向かって説明する。

「契約魔法は契約書をあらかじめ作っておくのが普通だ。魔力を込めて作る特別な紙だから瞬時には出来上がらないからな。何かあったときに備えてストックがあるはずなんだ。だから、そのストックの場所を六花に記憶を読んでもらって見つける」

「別に契約書の場所くらい私が自分で教えるが」

 魔天楼王妃の言葉を遮ったのは田中だ。

「いやいや、もちろん、ひーちゃんが嘘をつかないのは俺様には解っているが、幸助にはひーちゃんに対するそこまでの信頼がない。偽の契約書を渡される可能性もある。その点、六花ちゃんに確認してもらえば嘘はつけないからな」

「ふむ。それで君たちが納得できるのであれば、いくらでも調べるがよかろう」

 これで第一の条件はクリアした。

 本物の契約魔法さえあれば、少なくともこの二人からそよぎの魔法の『秘密』が漏れることは防げる。

「二つ目の条件は、ゲームの内容を変えることだ」

 僕は言う。

「もっと単純なゲーム。そうだな、トランプを一枚引いて大小の数字が大きい方が勝ちというルールでどうだ?」

「えらく簡単なゲームにしちまったが……」

 田中は眉をひそめながら言う。

「公平を期すために先に言っておくが、俺様の眼には――」

「透視能力があるんでしょう」

「おうよ」

 田中義晴。彼の持っている魔法は魔眼。透視や千里眼、未来視など眼に関わる異能を一定のレベルで使えるという情報は得ていた。

 今にして思えば、彼が『シナリオ』とやらを作成できるのも、その力あってのことなのだろう。ある程度(それがどの程度のものなのかまでは不明だが)先が見えるというのであれば、『シナリオ』を作ることも不可能ではない。

「知ってんなら話は早い。なら、俺様が将棋で勝負を仕掛けた理由も解ってるんだろ?」

「ええ。将棋なら完全情報ゲームですからね。透視が絡む余地はありません」

 たとえば、七並べやババ抜き、あるいはマージャンなんかは不完全情報ゲームだ。要するに相手の手札が解らないという意味でプレイヤーに全ての情報を開示されているわけではない。それに対して、将棋やチェスなんかのゲームはすべての情報が開示されている。相手の持ち駒が解らないという状況はないということだ。

 もしも、不完全情報ゲームをこの男に仕掛けた場合、透視能力によって一方的に情報アドバンテージを得られてしまい、かなり不利になることは間違いない。

「だから、トランプを引くのは賭けの対象にされている女性同士、ということでどうでしょうか」

 そう僕は提案する。

「やはり、自分の手を離れたところで自身の処遇が決まるというのはおかしな話。自身の処遇は自分の手で決めるべきでしょう」

「ふーん、なるほどな。一理はあるか」

 田中は意外にも僕の言葉にあっさり頷く。

「いいぜ、その条件で行こう」

「………………」

 僕は違和感を覚えながらも条件の最終確認を行う。


・六花を立会人として契約を行い、勝負の結果いかんに関わらずそよぎの秘密を他者に明かさないことを誓う。

・勝負の内容は、トランプを一枚引き、大きな数字が出た方が勝ち。実際に引くのは、愛原そよぎと魔天楼王妃とし、目隠しをしてカードを選ぶことにする(傷などからカードの種類を判別したり、田中義晴が透視によってどのカードを選択するかを教えることを防ぐため)

・愛原そよぎが勝利した場合、魔天楼王妃が渡辺幸助の言う事を一度だけ聞き、魔天楼王妃が勝利した場合、愛原そよぎが田中義晴の言う事を一度だけ聞く。


 条件の確認が終わり、僕たちは契約を結ぶ。

 六花によって持ってこられたのは『契約書』と達筆に書かれた一枚の上質な羊皮紙だった。

「血判はなくても大丈夫だ。サインだけで契約は成立する」

 契約内容を書き込み、各自がサインをする。

 瞬間、確かに自分の中に魔力のパスが通った感覚がある。

「契約成立だ」

 これで、後は賭けさえ行えば、少なくともそよぎの『秘密』は守れることになる。

「じゃあ、さっそく始めようか」

 田中が宣言し、ゲームは始まる。


 六花に頼んで買ってきてもらった未開封のトランプを、六花自身が机の上にランダムに並べる。その間、そよぎと魔天楼王妃は廊下に出ている。後は、目隠しをした二人がカードを一枚選べば、その瞬間に決着はつく。

 僕は田中と共に六花がカードを並べる光景を見つめながら考える。

 田中の意図はなんなのか。

 なぜ、僕の提案した条件をこいつはこれほどあっけなく飲んだのか。

 その二つを考え合わせると僕には一つの答えが見えてきた。

 ……そういう事か。

 僕は思わずちらりと田中の方を見てしまう。

 すると、田中とばっちり目が合う。

 その目を見て気がつく。

 ああ、こいつは僕が気付いたということにも気付いたな――

「ちっ、とんだ茶番ですね」

 僕は苛立ちを隠さず吐き捨てる。

「まあ、そう言うなって。おまえが最初のノリで賭けを受けてくれてたらこんな妙な展開にはならなくて済んだんだぞ」

 まあ、それはそうなのかもしれないが、最初のあのノリでまさか田中がここまで考えていたなんて想定するのは無理だろう。

「準備ができたのだ」

 六花の言葉によって、そよぎと魔天楼王妃が目隠しをした状態で入ってくる。

「特に先手後手は決まっていなかったな」

 そう言うと魔天楼王妃は机の上に無造作に並べられたジョーカーを除く52枚のカードのうちから無造作に一枚を選ぶ。

「私はこれでいい」

 あまりに迷いのないその動きに僕は思わず言ってしまう。

「その一枚で貴方の処遇が決まるというのに、そんなあっさり選んでしまっていいんですか」

 魔天楼王妃は目隠しをしたままでも凛として言い放った。

「言ったであろう。わたしは義晴を信頼している。その義晴が私が好きなカードを選べと言った。だから、この場合は私が選んだカードが私と義晴にとっての最善となることはもはや必定なのだ。故に、私に思考を差し挟む余地などない」

 彼女は言った。

 何をさておいても田中義晴という男を信ずると。

 それは見方によっては依存とも言える。決して褒められたものではないのかもしれない。しかし、こうまで一人の人間を信じるというのは並大抵のことではない。

 少なくとも、今の僕とそよぎの間には無い信頼がこの二人の間にはあるのだ。

 すると、同じく目隠しをしたままのそよぎは言う。

「私も何も迷いなくカードを選べるよ」

 その言葉通りにそよぎは一枚のカードを無造作に選ぶ。

 そして、そよぎは言う。

「私は少しばかり頭の回転が遅いからね。本当だったら幸助くんが勝負した方が勝率は高いんだと思うんだよ」

 そよぎは目隠しをしたまま口元をゆるめて呟く。

「それでも、幸助くんが私に任せてくれたっていうのが、今は嬉しい。だから、今の私にはそれで充分だよ」

「……そよぎ」

 そよぎはきっと自分がただ守られるだけの存在になってしまっていることが不安だった。だから、僕と共に戦えるチャンスをもらえただけで彼女には誇らしいことになってしまったんだ。

 僕は彼女にそんな思いを抱かせてしまった自分のふがいなさを悔いる。

 それでも、僕は――

「じゃあ、結果発表をしてくれ」

 田中はあっさりと言う。

 審判役の六花は二人の出したカードをはっきりと掲げて言う。

「魔天楼王妃のカードはQ」

 Q。つまり、数字は12。絶望的な数字だ。なぜなら、ジョーカーの無い今、このカードに勝とうと思えば、K、つまり13のカードを引くしかないからだ。

 しかし、僕ははっきり言ってまったく心配していなかった。

 なぜなら、この勝負が成立した時点で僕たちが勝つことは必定だったから――

「愛原そよぎのカードは……K!」

 六花ははっきりとそう宣言する。

 二人は目隠しを外して言う。

「なるほど。私の負けか」

「私の勝ちだね!」

 魔天楼王妃は表情一つ変えず、そよぎは喜悦を滲ませていた。

 結果を受けて、田中は言う。

「いやあ、負けちまったな。よし、幸助。ひーちゃんに一個だけなら好きに命令していいぞ。ひーちゃんは、そよぎちゃんほどのサイズは無いけど、スレンダーでいかした身体をしているからな」

「あんたみたいな下種と一緒にするんじゃねえ」

 そんな下手な命令を下そうものなら、僕の明日からの学園生活は確実に終了だ。それ以前にそよぎによって僕が息の根を止められるだろう。

 魔天楼王妃はやはり表情一つ変えずに平然と言う。

「うむ。賭けに負けた以上、一度だけとはいえ私はおまえのものだ。好きに使え」

「そんなこと言っていいんですか……」

 僕が呆れた調子で言うと、

「構わん。義晴が良しとしているのなら、私に逆らう理由はないからな」

 始終、そんな調子の生徒会長に僕は流石に尋ねてしまう。

「なぜ、そこまで副会長のことを信頼しているんですか」

 僕の言葉に魔天楼王妃は初めて感情の様なものを顔に出した。

 それは驚きの表情だった。

「ほう……。そんなこと、はっきり言って考えたことも無かったわ。『シナリオ』にもその答えはない……」

 そして、彼女は当然といった顔で言った。

「やはり、私が義晴を愛しているからだろうな」

「愛してって……」

 やっぱり、この二人はそういう関係なのか……?

 そう言われた当の本人である田中は平然としている。

「愛するということは信じることなんじゃないかと私は思う。だから、それだけだ」

 彼女はそんなあっさりとした言葉で自身の気持ちを断ずるのだった。

 愛することは信じることか……。

 僕はそれは少し違うと思った。しかし、ここで「愛」について論ずる気は無い。これ以上、話がこじれる前に早々にこの場から去らせてもらうことにしよう。

「さて、これで僕には魔天楼王妃生徒会長に一度だけ命令できる権利を得た訳ですね」

「その通りだな」

 田中が僕の言葉に応える。

「なら、僕の命令はこうです」

 僕は宣言する。

「『いつか必要な時に魔天楼王妃が僕たちの味方につくこと』です」 

 僕の言葉に田中はくしゃりと笑って言った。

「がはは、よく解ってるな」

「回りくどいんですよ、貴方は」

 僕は田中に対して吐き捨てた後に言う。

「今日はもう帰らせてもらいますよ。文化祭に関する資料はお渡ししておきますので後日返答をお願いします」

「おう」

 きょとんとしている六花とそよぎを連れて僕は生徒会室を後にしようとする。

 そんな僕の背中に向かって田中は言う。

「幸助」

 僕は振り返らずに言う。

「……なんですか」

 田中は真剣な声色で言った。

「俺様が勝ってたらそよぎちゃんの胸を揉ましてもらおうと思ってたんだが、ずばり何カップ――」

 びしゃん!

 僕は生徒会室の扉を叩きつけるようにして閉めた。


「ああ、疲れた」

 僕は大きく溜め息をつく。

 また三人での下校。以前、起こった気まずい出来事が頭をよぎり、少しブルーな気分になる。

 そんな僕の思いを知ってか知らずか、そよぎは僕に尋ねる。

「さっきの最後の命令、あれはなんだったの?」

 それは至極真っ当な疑問だった。

「あの命令が僕にとっても、田中義晴にとっても最上の展開だったんだよ」

 田中がやたらと賭けを行うことにこだわっていた理由がこれだった。

「まず、あの男は最初から勝つ気なんて無かったんだ」

「どういうことなの?」

「勝つ気があったんなら、トランプ勝負に持ち込んだ僕の提案に乗るはずがないからな。なぜなら、運勝負に持ち込んだ時点で僕たちの勝ちは確定している」

 僕は言う。

「なぜなら、僕にはそよぎという勝利の女神が居るからな」

「なるほど、運命操作か……」

 呟いたのは六花だった。

 そよぎの魔法は運命を捻じ曲げる。もちろん、常識で考えられる範囲でという条件付きではあるが、トランプで52枚のカードの中から4枚のKを選びだすくらいのことは造作も無くできる。そよぎ本人にひかせることにしたのも念の為だ。その方が運命干渉の力が強まるだろうと予想できるしな。

「田中義晴は少なくともそよぎの魔法を知っていた。そんな男が運勝負に持ち込んだときに僕たちが必勝だという事実に気付かないはずがない」

 そして、僕は一つの結論を導き出す。

「つまり、奴には勝つ気が無かった。僕に魔天楼王妃に命令する権利を与えることこそが奴の目的だったんだ」

 最初に将棋による勝負を提案した理由も今なら解る。将棋は完全情報ゲームであり、二人零和有限確定完全情報ゲームでもある。つまり、たった一つの最適解というものが完全確定しているゲームなのだ。

 たとえば、マージャンなら手牌によっては素人がプロに対して圧勝するという可能性はゼロじゃない。しかし、将棋には運の要素はからまない。なればこそ、理論上は相手側がどういう手を打とうと、完全に読み切ることさえできれば、結果を100%コントロールすることができる。それこそ、わざと負けることだってできる。

 もちろん、口で言うほど簡単では無く、スーパーコンピューターであっても狙って勝敗を完全にコントロールするというのは難しい。だが、奴にはレベルこそ解らないが未来視の力があり、なおかつ飛車角落ちという条件までつけている。であれば、ただ「自分が負ける」という目的であれば、達成することは充分可能だ。僕だって「勝とう」と試行錯誤するんだからな。

「なんで、そんな命令権をわざわざを与える必要があったの?」

「はっきりとしたことは解らない。でも、予想はつく」

 僕はこの話をそよぎや六花にしていいものかどうか、少し迷う。しかし、先程、田中にほとんどすべての情報を開示されてしまった以上、今更だろう。

 それにそよぎはもうただ僕に守られるだけの存在ではない。

 彼女は先程、そのことを証明してくれた。

 僕は彼女の思いに応えるために、言う。

「『監督者』田中義晴の中に居る『魂の同一人物』。名をレーヴァティア=ドランヴァティという」

 僕は言う。

「現大統領リリシア=ドランヴァテイの弟だ」

 そよぎは驚愕の色を表情に滲ませる。以前、大統領が静の身体を使って、僕たちの前に現れたときのことを思い出したのだろう。

「そして、レーヴァティアはリリシアが大統領になったときの対立候補筆頭だったんだ」

 『史上初の姉弟決戦』。そう銘打たれた選挙だった。

 結果は、リリシアの圧勝だった。こと工作や根回しということにかけてはあの女の右に出る者は居なかった。

 レーヴァティアは失意のままに政治家の職を辞し、今は軍所属の『監督者』をやっているという触れ込みだった。

「前提として、そよぎに教えておかねばならない。リリシアはそよぎの力を狙っている」

「……!」

 僕はリリシアの狙いがそよぎの魔法にあることをかいつまんで説明する。

 僕は更に説明を続ける。

「ここから先は予想の部分もあるが、田中義晴は僕たちがリリシアと対立している情報を得ていた。そして、田中義晴は今もなおリリシアに対して対立しようとしている。なら、後は話は簡単、敵の敵は味方というわけだ。対リリシアという意味で僕たちと協力体制を作りたかったんだろ」

 実際にはそんないいものではなく、そよぎと関係を持つことでリリシアの腹を探ろうとしたというのが本音かもしれないが。

「だから、奴にとって賭けに勝つか負けるかは重要でなく、僕たちと手を結べる状況になることが大事だった。だから、奴は最初から勝つつもりなんてなかったんだ」

「でも、それなら勝って、おまえたちを味方になるように命令した方が確実じゃないのか」

 六花の言葉はもっともだ。

 だが、それは一般論でしかない。

「そのやり方だとどういう結果になるか。そよぎ、もしも賭けに負けたから自分たちの味方につけ、と言われて素直にうんと言うか?」

「……うーん、素直に味方にはなれないかな。なんとなくいやな感じだし」

「そういう事だ。その方法で僕らを味方につけても、損得で判断できる僕はともかく感情で動くそよぎは少なくとも味方につけられない」

 そよぎを味方につけられるかどうかはこの世界において、重要な意味を持つ。

 そよぎは『運命』を捻じ曲げる。

 つまり、そよぎの思い次第で全ての未来は変わりうると言ってもいい。

 実際には何でもそよぎの思い通りになるわけではないし、そんな単純な話ではないのだが、少なくともそよぎに嫌われて、プラスになることは絶対にない。田中はそれを避けるために負けて味方につく方法を選んだのだ。負けて仲間にいれてもらう、というスタンスならそよぎの側の受け入れ方も変わってくる。また実際に命令という形とはいえ魔天楼王妃に助けられる場面が来れば、そよぎは魔天楼王妃や田中義晴に対してプラスの感情を持つようになるだろう。

 要するにそよぎに気にいられるような味方のなり方をする必要があったのだ。

 六花はまだ納得がいかないという様な様子で言う。

「だったら、そんなまどろっこしいやり方ではなく、単純に仲間に入れてくれって言えばいいのでは……」

「まあ、そこはな……」

 僕はそこに関しては言葉を濁す。

 いや、あの男が何を考えているのか解らないと吐き捨ててしまうのは簡単だった。確かに六花の言う様に素直に頭を下げて仲間になった方が話がどれだけ早いか解らないし、確実だろう。実際、奴の作戦は、僕が奴の意図に気がつくことが前提で練られている。僕が奴の手を組みたいという意図に気がつかなければ、くだらない命令を下して話が終わってしまうことにもなりかねないからだ。

 だが、僕にはあの男が考えていることがなんとなく解ってしまった。

 僕は溜め息をついてから呟く。

「たぶん、男のロマンだろうな……」

「は?」

「戦いの末に……手を結ぶ。そういう『シナリオ』がやりたかったんだろうな……」

 僕はあの男が嫌いだった。

 それは色々な理由はあるのだろうが、根っこにある理由は一つ。

 結局、僕と奴はの様なのだ。

 要するに同族嫌悪というやつだ。

 だからこそ、あの男の思考が読めてしまうのだ。


 勝負の末に仲間になる、マンガみたいで面白い『シナリオ』じゃないか。


 きっと奴はこんなことを考えている。

 向こうも僕が気付くことを察していた。だから、こんな回りくどい方法を選んだ。もちろん、未来視によって自分の都合がよい結果に終わることが見えていた事が前提だろうが。

「本当に嫌な男だった」

 僕はそう吐き捨てながら、今日渡した資料についての話をまたしに行かねばならないことを思い出した。

 あの男とは意外に長い付き合いになるのかもしれないと思った。

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