特別編1

「た、大変なんだよっ! 幸助くん!」

 血相を変えて教室に飛び込んできたのは、魚が沈み、雁が落ちるほどの美少女、愛原そよぎである。彼女は黒く艶やかな長髪をなびかせて、僕の目の前に立つ。

「どうしたんだ?」

 彼女の正体は魔法少女であり、日夜悪い魔法少女と戦っているらしい。だから、僕は彼女の尋常でない表情を見て、てっきり恐ろしい力を持った魔法少女が攻め込んできたのではないかと、肝を冷やす。

「驚かないで聞いてほしいんだけど」

「おう」

「いや、やっぱりリアクションは欲しいから驚いては欲しいんだけど」

「わかった」

「いや、でもそういう振りをしちゃうとリアクションが不自然に――」

「いいから、早く言え」

 僕は彼女の言葉をせかす。

「実は――」


「なんと私達の物語が書籍化決定したんだよ!」


「………………」

「………………」


「………………」

「………………」


「………………なに言ってんの?」

「………………え? わかんない?」

「いや、意味不明なんだが……」

 僕はそよぎの言葉の意味がまったく理解できず、戸惑うばかりである。

 なんだ、書籍化って。

「いや、通じなかったか……」

 そして、そよぎは難しい表情でぽつりと呟いた。


「『書籍化が決定したweb小説の宣伝用小説ごっこ』だったんだけど……」

「いや、確かにそんな宣伝小説見た事あるけど!」

 狙いがニッチ過ぎて、流石の僕もノれませんでした。


「そうかあ。流石の幸助くんも私の狙いは読み切れなかったかあ」

「解るわけねえだろ」

 何の振りも無く、いきなり、『書籍化ごっこ』などと言われても乗っかれるはずがない。

「私の『敵対する魔法少女をいかにして倒すか』という『なやみごと』の相談相手である主人公、渡辺幸助くんでも、私の意図は読み切れなかったかあ」

「新規読者向けへのあからさまな説明口調!」

 確かに宣伝小説とかマンガって多少不自然な言い回しになるけど。

「私、愛原そよぎは絶世の美少女であり、魔法少女。日夜悪い魔法少女と戦っているんだよね」

「ああ、その辺はもう地の文で説明されてると思うよ」

 この世界が小説だったらの話だが。


「あはは、書籍化決定ごっことは洒落てるなあ」

 そんな言葉をはきながら教室に入ってきた人影に目をやる。

「『そこには、抱腹絶倒、破顔一笑のツインテールロリ少女、高岡凪が立っていた』」

「いや、僕の地の文の説明を取るな、凪」

 自ら進んで説明してくれたように、凪は極度の笑い上戸であり、常に笑顔を浮かべている。

「いやあ、書籍化すると色々とweb版と変わったりするからな」

「まあ、確かに」

 web掲載時とまったく変化がなければ、わざわざお金を出して書籍を購入する意味が薄くなるからな。

「原作ではあったシーンがカットされたりするんだよなあ。残虐なシーンとかさ」

「ああ、書籍の方が制限が厳しかったりするしな」

「あと、エロいシーンとかさ」

「………………まあ、そういうこともあるな」

「下ネタとかな」

「………………」

「下ネタとか、下ネタとか、下ネタとか」

「解ったから、それ以上言うな」

 僕たちの中で主に下ネタを言っているのは、凪です。


「でも、逆もまたしかりなわけよ」

 そして、また教室に入ってくる新たな人物。

「『そこには傾城経国、明眸皓歯な美女、内田風音が立っていた』」

「地の文の捏造はやめろ」

 おまえに合う四字熟語は『傍若無人』『悪逆非道』だ。

 内田風音は、眼鏡にボブカットの大人びた容姿の僕たちのクラスメイトだ。

 彼女は普段と同じで、汚物を見る様な目で僕を見て言う。

「アンタは鏡に向かって『おまえは誰なんだよ!』ツッコミを続けて、自我を崩壊させて、くたばれ」

「僕と顔を合わせる度に暴言を吐くことが、もはや規定事項となっている」

 こいつから罵られなかった日が、ここ最近では思いつかない。

 僕のツッコミを無視して、彼女は話を進める。

「書籍化されることによってシーンが追加されることもよくあるわ」

「ああ、そういうパターンもあるな」

「微妙に設定が変わってたり」

「………………まあ、あるよな」

「web版ではまさか書籍化してもらえるなんて思ってなくて、その場とノリと勢いだけで書いてるから編集者に『このシーンはどういう意図で入れられたんですか』って聞かれても、何も答えられなかったりして冷や汗をかいたりするのよね」

「………………」

「指摘とアドバイスを受けて、直してみると『あれ? これ元の方がよくね?』と思ったりしても、言いだせず改稿してしまったり、とか」

「書籍化後の方が素晴らしい作品になっているに決まっているだろ!」

 人からアドバイスをいただけるって素晴らしいことですよね。


「シーンの追加やちょっとした設定の変更くらいなら、まあいいですよ」

 また、教室の中に新たな人物が入ってくる。

「『そこに立っていたのは、相思相愛、比翼連理の僕の恋人、愛原雪哉だった』」

「はい、捏造乙」

 まず、てめえは男だろうが。

 愛原雪哉は、愛原そよぎの弟にして紅顔の美少年の小学生だ。そして、重度のシスコンであり、同時に僕を狙う(自主規制)でもある。

「物語の根幹にかかわる部分が変わってしまっていることもありますから」

「根幹?」

「web版からタイトルが変更されていたり」

「まあ、無くは無いか」

「バッドエンドで終わっていた物語が続編前提のエンドに変わっていたり」

「……まあ、続刊は狙いたいだろうしな」

「メインヒロインが変わってしまったり」

「そんな小説あったか?」

 そこまで抜本的な改稿がなされた小説は少なくとも僕は知らない。

「だから、幸助さんの人生のヒロインに僕を抜擢してくれてもいいんですよ」

「僕の人生が角川ルビー文庫で書籍化されたときはそうしてやるよ」

 そして、そんな時は万が一にも訪れない。


「でも、web版との一番の違いはやっぱりイラストだよね」

 そよぎは僕に向かって言う。

「基本的にweb版にはイラストは無いから、書籍化されてイラストがつくと一気に世界が広がるような感じがするよね」

「その気持ちは解るな」

 そよぎは、楽しそうに話し続ける。

「頭の中で想像していたキャラと実際のイラストのキャラが全然違ったり」

「まあ、そういうのも醍醐味の一つだろう」

「イラストレーターさんがあんまり小説を読みこんでなくて、本文には『右手に剣を持ち』って書いてあるのに、左手に持ってるイラスト描いてたりとかね」

「……まあ、ミスは誰にでもあるだろ」

「まあ、そうだね。結局ラノベの売り上げなんて九割以上イラストにかかってるもんね。ラノベの本文なんて所詮添え物。むしろイラストに合わせて作家が改稿させていただかなくちゃね」

「多方面を敵に回す様な発言はやめたまえ!」

 僕は作家さんもイラストレーターさんも心からリスペクトしております。


「もう、幸助くん、今日はなんだかノリが悪いんだよ」

 そよぎは頬を膨らませて、拗ねた顔をしている。

「そんなこと言われてもな……」

 何の脈絡も無く、『書籍化が決定したweb小説の販促用小説ごっこ』に乗れる人間の方がおかしいと思うのだが。

「あのノリのいい幸助くんはどこに行ってしまったの……」

「………………」

「一巻でノリノリでライオンの檻に飛び込んでいた幸助くんはどこに行ってしまったの?」

「そんな僕はどの時空を探してもいねえよ」

 まず一巻ってなんだ。


「そっか……さすがに無茶ぶりが過ぎたか……」

「………………」

「ごめんね」

 そう言ってそよぎはふにゃりと笑った。でも、その目はどことなく悲しそうだ。

 くだらないことだと思う。

 ただの冗談だと言う事は理解している。

 それでも、僕は愛原そよぎという少女には、いつも心の底から笑っていてほしいのだ。

 僕がたとえ世界中から後ろ指を指されて笑われる道化になったとしても、彼女の笑顔を守りたい。

 そんな気持ちで僕は彼女の『なやみごと』相談にのり始めたのだから。


「解ったよ。そこまで言うなら僕の本気を見せてやるよ」

「え?」

「餓鬼の頃からラノベを読み続けた真正のオタク舐めんなよ!」

 ――これが僕の覚悟だ。


「大変だ!」

「………………」

「僕たちの物語が書籍化されるぞ!」

「………………」

「ああ、なんとレーベルはあの有名なファミ通文庫だ!」

「………………」

「『愛原そよぎのなやみごと』第一巻は○月発売予定(未定)!」

「………………」

「必ず買ってくれよな!」


「………………」

「………………」


 やりきった……。

 これで宣伝になったよね……。

 もうゴールしてもいいよね……。


 僕はすべてを終わらせた男の表情でそよぎを見る。

 

 そして、そよぎは慈愛に満ちた聖母のような表情で呟いた。





「なんかタイトルのセンスがちょっと古いよね……」

「うるせえ」

 レトロな雰囲気を醸し出す古き良きタイトルだと思ってください(震え声)。

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