第49話

「やっと見つけました!」

 そんな言葉を叫んだ少女は真っ直ぐ僕の方へ向かって来て――

「私の!」

 勢いよく僕に抱きついた。

「は?」

 あまりに唐突に起こった出来事。事態をまったく飲み込めない。この見知らぬ女の子の豊満なボディが僕の身体に押し当てられているという状況を喜ぶ余裕も無い。

 だが、混沌の極みの中に居る今の僕にも理解できることが一つある。

 その一点が今明確にまずい。

 僕は混乱する思考を振り絞って、その一言を絞り出す。

「いや、ここ教室なんだけど……」

 すべてのクラスメイトの視線が僕に突き刺さっていました。


 どうしてこんなことになったのか。

 僕は一時間前の出来事を思い出していた。


「転校生が来るらしいぞ」

 こんなことを言いだしたのは、金髪ツインテールの高岡凪。僕と同じ高校一年生ながら中学生にしか見えない童顔少女だ。何がおかしいのか、満面の笑みだが、こいつは笑っている状態がデフォルト。どんなつまらないことでもツボに入るある意味幸せなやつなのだ。

「ほう。どんな奴なんだ?」

「マンガとかだと、なぜかクラスのお調子者が教師が転校生を紹介する前から転校生が来るという情報を掴んでいるよな」

「うん。それ、今のおまえな」

 さらりと僕の問いかけを無視しているが、凪が人の話を聞かないのは今に始まったことではないので今更気にしない。

「そのくせ転校生が男か女かは知らないパターンが多いな」

「そうだな」

「それで絶対女がいいって言うんだよなあ。受けるよな。あはは」

「で、転校生は男なのか、女なのか?」

「……忘れた」

「……そうか」

 こいつの言動をまともに取り合ってはいけないことは、もう学んだ。僕は適当に凪の話を聞き流す。

「この時期に転校生ねえ」

 そう言いながら僕たちの会話に入ってきたのは、内田風音。眼鏡をかけたボブカットの少女。凪とは対照的に大人びていて、それなりの私服を着れば大学生と言っても通るだろう。

「おまえは何か知っているのか?」

「は? 知るわけないだろうが。うちはお調子者じゃないんだよ。そんなことも解らないんだったら、てめえの脳味噌をお客様サポートセンターに持ち込んでやるよ」

「別に転校生の情報を掴んでいること=お調子者なんて言ってないからな」

 どこのお客様サポートセンターに持ち込む気なんだ。

 こいつが何の脈絡もなく、僕を罵ることもまた平常通りなので、一々取り合ってはられない。

 風音は、いつものように僕をゴミを見る様な目で見ながら言う。

「幸助、あんた転校生が異世界から来る魔物と戦う美少女なんじゃないかな、って妄想してるでしょ」

「残念ながらそういう非日常はおまえらで充分なんだよなあ、これが」

 凪も風音もそよぎと同じ魔法少女である。これ以上、非日常的存在を増やされては僕のキャパシティでは対応できなくなるのでやめていただきたい。

「そして、どうせ転校生はあんたの幼馴染ってオチでしょ」

「どういうことなんだよ……」

「子供のときに同じ島に住んでたとか、あんたが鍵のかかったペンダントを持ってて女の子が鍵を持ってるとか、子供のときは男の子だと思って一緒に遊んでたとか、そんなんでしょ」

「そんな楽しげなフラグ立ててねえよ」

 風音が何を言わんとしているのかが、解ってしまうのが悲しい。

「ああ、これだからラノベの主人公気取りは……」

「一番気取ってんの、てめえだからな」

 なんだかんだ言って一番二次元との区別が出来ていないのは、風音です。


 と、まあ、こんなやり取りはいつものこと。

 転校生が、魔界の戦士だなんてこともなければ、僕の幼馴染だなんていう事もない。僕たちの日常をほんの少しだけ湧かせるような、ありきたりで平凡な出会いが訪れるのだと思っていた。

 しかし、僕たちがふざけて話していたことが、当たらずとも遠からずであったことを、僕たちはこの後すぐに思い知らされたのであった。


 そして、冒頭に戻る。

「ちょっと、誰だ、おまえ!」

 僕は椅子から立ち上がって、僕に飛びついてきた少女、おそらくは転校生を振り払う。

 転校生の少女は呆けた顔で僕を見ていた。

 少女はすかすかの癖毛で、すこしばかり髪は波を打っている。顔立ちは整っており、目鼻立ちはぱっちりとしている。それがどこか人形めいた印象を与える。美少女と呼んでよい類いの存在だ。そよぎが人の目を引き付ける美少女だとすれば、この子は目立つタイプではないけれど、よく見てみるとかわいいと気付かされる、そんな雰囲気の少女だった。

 夏という事もあり、ブレザーははおらず、上はブラウス一枚。そのため、彼女のはち切れんばかりの豊満な肉体がはっきりと解る。そよぎもかなりのスタイルなのだが、この少女はその上を行っている。まるでグラビアアイドルのような体つきだ。僕は先程までこの身体に抱きつかれていたのだということを再認し、思わずごくりと生唾を飲み込む。

 少女は僕に拒否されたことを理解したのか、悲しげな表情を見せる。その顔に少しばかりの同情心が芽生えたが、半端な態度を見せるわけにはいかない。何しろこの子に抱きつかれた場面は、ばっちりそよぎに見られている。怖くて彼女の方を見ることはできないが、ここは誤解をきっちりと解かねばならない。

は私をお解りになられませんか」

「だから、何の……」

 『旦那さま』。通常、高校の教室内で使われることがありえない呼称。だが僕は、僕のことを『旦那さま』と呼ぶ存在に一人だけ心当たりがある……。

 まさか――

「セ、セシリアなのですか……」

 僕の中にいた『ワルド』が思わず僕の表に現れる。

 すると少女は、雪に閉ざされた山に春が訪れた様な満面の笑みで答えた。

「はい! セシリア・ストレンツァーです!」

 そして、セシリアはこの日最大の爆弾を教室内に投げ入れた。


「あなたの妻です!」


 そして、世界は律動をやめた。

 僕は殺される前に遺言書を書いておけばよかったと思い始めていた。


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