第39話

 人は何のために生きているのだろうか。

 誰かに認められるため?

 真理を探究するため?

 はたまた、生きることには意味など無いと言うだろうか。

 だが、僕は今日、僕が今この瞬間まで生きてきた意味を見出した。


「水着回だ!」

 僕たちはそよぎの誘いでプールにやってきていた。

 すなわち、女子は水着姿でここに現れる。

 水着というのは不思議だ。下着となんら変わらない半裸姿だというのに、それを人前で晒してよしとするのだから。水着は人の認識を捻じ曲げる、まるで、魔法のような力を持っている。

 それもこれもプールという場所があったから為し得た奇跡だ。

 ありがとう、プール。大好きだ。

 プール。なんという甘美な響きだろうか。

「プール……いやあ、甘美な響きですね」

「雪哉、今日ばかりはおまえの言葉に同意する」

 プールサイドに僕と共に佇んているのは、そよぎの弟である愛原雪哉だった。僕が履いているのと同じ様なトランクスタイプの水着を履いているが、上半身にはパーカーをはおっている。

 だから、僕は言ってやる。

「女ならまだしも、男がそんな無粋なもの着るなよ」

 まあ、別に正直どうでもよかったのだが、もうすぐ女連中の水着姿が拝めるという高揚感からだろうか、普段よりも気持ちが大きくなり、すこし偉そうな態度をとってしまう。

「幸助さんがおっしゃるなら何枚でも脱ぎます!」

「いや、ごめん。やっぱ着てて」

 流石に考えなしに言い過ぎた。

「いやいや、まあ、どうせ水に入るときには脱ぎますし、脱いどきますよ」

 そういって、雪哉は水色のパーカーを脱ぎ捨てる。

 その姿を見て、僕は呟く。

「……ムキムキじゃねえか」

 雪哉の身体はすごかった。小学生なので紛れもなく小柄なのだが、腹筋は六つに割れ、両腕にもかなりの筋肉がついている。それでいて、顔は女じみているのだから、凄まじい違和感がある。普段、服を着ているときには、到底想像できないような体をしていた。

「ああ、毎日鍛えてますからね」

「成長期に筋トレしすぎたら背が伸びないんじゃなかったか」

 僕は前にどこかで聞いたうろ覚えの知識を披露する。

「ええ」

「じゃあ、鍛えすぎもよくないんじゃないか」

「いやだな。逆ですよ。背を伸ばさないために鍛えてるんです」

「へ?」

 雪哉は平然と言う。

「今で大体そよぎ姉さんと同じ身長ですから、これ以上伸びたらまずいんです」

「これが狂気か……」

 雪哉のそよぎへの信奉心を甘く見ていました。

「成長期が終わったら、適当に筋肉も落としますよ。そうじゃないと夏場女装しにくいですからね」

「うーん、この計画性」

 もはや、僕から何も言えることは無い様である。

 

 それはそれとしても。

「いや、でもこれ並ぶと……」

 僕がはっきりいってひょろひょろのガリもやしである。小柄とはいえがっしりと筋肉がついた雪哉と並ぶとそれが一層強調されてしまう。相手が小学生ということも合わせて情けないことこの上ない。

「体を隠したくなってきた」

「ああ、じゃあ、ぼくのパーカー着ますか。大きめなんで入ると思いますよ」

「うーん、気休め程度にはなるか」

 先程、雪哉に着るなと言っておいてなんだが、このまま女子と対面するのは、くだらないことだが嫌だった。

 僕は雪哉が差しだすパーカーを受け取ろうとする。

「幸助さんがぼくのパーカーを着る幸助さんがぼくのパーカーを着る幸助さんがぼくのパーカーを着る幸助さんがぼくのパーカーを着る――」

「やっぱいいです」

 やはり、雪哉は変態です。


「それにしても、女子連中は遅すぎやしないか」

 僕たち男子組はすでに二十分は待ちぼうけをくらっている。

「まあ、こういうときに女子に時間がかかるのは当然ですから」

「とはいえなあ」

 まあ、第一目的は女性陣の水着をみることであることは間違いないのだが、純粋にプールで泳ぎたい気持ちもあるのだ。ここは屋内プールだが、なかなかに広く、ウォータースライダーや流れるプール。別の階には温泉もあると聞いている。それらを目の前にしてじっと待つというのもなかなかの苦行だ。

「あ、来たようですよ」

 そう言って雪哉が指差した方向を見る。

 そこにあったには、あり得ないほどの巨大な人だかりだった。

「なんだ?!」

 確かにこのプールはなかなかに巨大施設だ。当然、人は多い。しかし、それをふまえても考えられないほどの人だかりができている。黒山の人だかりとはまさにこのこと。まるで、満員のライブ会場のような有り様だ。いったいどこにあれだけの人がいたというのか。

「あの人だかりの中心をごらんください」

 雪哉に言われて、僕は人だかりの中心に目を凝らす。

 そこにいたのは、そよぎだった。

「あ、あれは……!」

 フリルのついた可愛らしいピンクのビキニを着たそよぎ。水着ということは、当然、胸が晒されているわけで――

「エベレストォ!」

 世界最高峰の山をかくや、これほどの丘陵がかつてあったろうか、いやない。そよぎのはちきれんばかりの胸は、ただ歩いているだけで柔らかに揺れる。これをナイスバディと呼ばずして、何をナイスバディというというのか。

 そして、気が付く。

「まさか、この人だかり……!」

「ええ、そのまさかです。これはそよぎ姉さんが水着でいることにひきつけられた男たちの壁……!」

「げに恐ろしきはそよぎの魅力なり!」

「あんたたち、マジでキモいわ」

 風音が射殺さんばかりの目でこちらを見ていました。


 風音の気迫に圧されたのか、そよぎを取り囲んでいた男たちは散っていった。それでも、遠くからちらちら見ている奴等はバレバレだが。

 僕は改めてそよぎの水着を観察する。

「どーう、似合う?」

 そう言って、そよぎはくるりと回る。

「もう完璧だ。文句のつけようがない」

「そうでしょう」

 そよぎは鼻高々といった表情を見せる。

「私の『ないすばでい』をしかと目に焼き付けよ」

「おう!」

 言われなくともそのつもりである。

 僕はそよぎの胸をガン見する。

 見れば見るほどすばらしい。大きさのみならず、形も完璧。弾力だってすばらしいだろう。あれを鷲掴みすることに憧れない男が果たしているか、いやいない。

「………………」

「……い、いや、そんなガン見されると」

 そよぎがもじもじと体を揺らす。

「なんだ、おまえの体は人に見られて困るようなものなのか」

「そんなことはないんだよ! 私は中身は残念だけど、見た目だけは完璧なんだから!」

 そのセリフは自分で言ってて空しくならないのだろうか。

「なら問題ないだろ」

 僕はそよぎの胸を見続ける。

「いや、あの……」

 そよぎの頬が少しずつ朱に染まっていく。僕に見つめられ続けて照れているのだろう。

(こいつはいいぜ!)

 もちろん、彼女の胸も魅力的なのだが、そよぎの真価はその美少女フェイスにある。彼女は自分で言うように見た目は完璧だ。だが、惜しむらくは、やや恥じらいが足りないことだった。彼女は自分の容姿、プロポーションに自信を持っているので、大概の状況で恥じらうということがないのだ。だから、今こうして彼女が明確な羞恥を覚えていることに、僕は興奮を抑えきれないのだ。

「じー」

「いや、見過ぎだって!」

「じー」

「もうやめて!」

「じー」

「私が悪かったから!」

「……おい」

 振り替えると鬼が居た。

 いや、よく見ると風音だった。

 だが、もはや彼女に人間だった頃の面影はない。

 その姿はまさに――悪鬼羅刹

「いつまで、いちゃついてんだバカップル……」

「我が命運も、もはやこれまで!」

 このあと、めちゃくちゃボコボコにされた。


「てめえ、ふだんの十倍増しでうぜえんだが……そよぎの水着見て、盛ってんじゃねえぞ、チンカス……」

 風音の怒気がびりびりと空気を震わせている。

 風音の水着は、上は水色と白のボーダー、下はデニムのショートパンツタイプのものだ。胸は特別大きくも小さくもないようだ。

 僕は言う。

「風音の水着も似合って――ぐはぁ!」

 風音の腰の入ったボティブローが決まる。僕は痛みを堪え切れず蹲る。超痛い。これは、もはやギャグでやっていいレベルを越えている。

「……訴えてやる」

「訴訟に発展?!」

 そよぎがすっとんきょうな声をあげる。僕はそよぎが『訴訟』なんて言葉を知っていたことに驚かされたが、今、そんなことはいい。

「人を殴ってツッコミにしていいのは、ライトノベルの世界だけだ……現実でやったら傷害罪だぞ、こらぁ……」

 僕は腹を摩りながら言う。

「だいたい、何にキレてんだ、てめえ……」

「とってつけた様な褒め言葉が大変不快だった」

「そうかよ……じゃあ、金輪際てめえのことは褒めねえよ……」

「そうしてくれや」

 睨みあう僕と風音の間に入って凪は言う。

「まあまあ、二人ともここはそよっちの水着でも見て落ちつけよ」

「それ、たぶん無限ループになるから……」

 しかも、僕が永遠に殴られ続ける無限ループだ。

 僕たちの間に入った凪の水着はパレオのついた水色のビキニ。彼女の金髪と合わせて、夏らしい清涼感を放っている。

「ああ……」

「どうした、スケッチ」

「いや、別に」

 凪の胸は想像に違わず、大平原だった。

 僕は思わず、溜め息をつく。

「おまえ、あたしの胸を見て、溜め息をつかなかったか」

「いや、気のせいだ」

「てめえ、貧乳舐めんなよ……一定の需要あるんだかんな」

「はいはい」

 僕は軽くあしらう。

 凪は眉根を寄せて言う。

「てめえ、貧乳バカにしてるみたいだけどな……」

「なんだよ」

「おまえのヒョロガリの方がよっぽど酷いからな」

「なん……だと……」

 僕は慌てて、風音たちを見る。

「そうね。さすがにその身体はねえ」

「見るな!」

「幸助さん、僕はデブマッチョからヒョロガリまでいけます!」

「おまえの承認はいらない」

 そして、僕はそよぎを見る。

「……うーむ」

 そよぎは腕を組み、目をつぶって考えこんでいる。珍しく真剣な表情だ。

 今まさに最後の審判が下されようとしている。

 緊張感から、僕はごくりと生唾を飲み込む。

「さあ、そよっちジャッジはどうだ!」

 凪に問われ、そよぎはカッと目を開けて叫ぶ。

「ギリセーフ!」

「ギリだった!」

 セーフだが、これでは素直に喜べない。

 僕の肩に凪はぽんと手を置く。

「よう、ギリセーフ」

 凪の顔には嘲るような笑みがはりついていました。

「ちくしょう! 覚えてやがれー!」

 僕はそう叫んで、プールサイドを駆け抜けて行った。

「貧乳もので抜いてから来やがれ!」

「いや、下品な煽りすんな、凪」


「ていうことがあったんすよ……」

「そうか、それは辛かったね」

 いや、僕には現在進行形のこの状況の方が辛いんですが。

 僕の隣には、筋骨隆々の青年男性が、その肉体を惜しみ無くさらした状態、つまり水着で座っていた。彼が履いているのは、いかにもという感じの黒のブーメランパンツだ。

「そうか、辛ければ、僕の胸で泣いてもいいんだよ」

「いや、悪いですからいいです、猫屋敷さん」

「遠慮せずに」

「いや、全力で遠慮します」

 猫屋敷さんとは、例の猫カフェのマスターだった。名は体を表すとはこういうことを言うのだろうか。

 凪に馬鹿にされて、ノリで走り去った僕に声をかけてくれたのが猫屋敷さんだった。彼は、僕が以前店に行ったことを覚えていてくれたらしい。僕がノリで泣きながら走っていたことを本気で心配してくれたようで、「話を聞くよ」と優しく寄りそわれてしまったため、やむなく事情を話したのであった。

(泣きながら走ってたのも、いつものノリだから、そろそろみんなの所に戻りたいんだけど……)

 どうやら、この猫屋敷さんは悪い人では無いようなのだが、暑苦しい。

「身体のことを馬鹿にされちまったか……」

 そう言って彼は僕の身体を舐めるように見る。

 僕は何故かぞくりと寒気を覚える。

(いやいや、雪哉じゃあるまいし……)

 むやみに人を疑うのは良くない。今、身体を馬鹿にされた話をしたから、僕の身体を観察してただけなんだろう。

「……ウホッ」

 何か不穏なワードが聞こえたのも気のせいなのだ!

 猫屋敷さんは熱い胸板を張って言う。

「貧相な身体を馬鹿にされた。男なら見返す方法はただ一つ!」

 猫屋敷さんは何故か腕の筋肉を強調するポージングをしながら叫んだ。

「筋トレだ!」

「お約束だ!」

「さあ、一緒に筋トレだ! 大丈夫! 僕は人に指導するのは結構自信があるんだ」

 そして、彼は一瞬で僕の耳元に近付いて言った。

「僕はネコなんて名前だけど、タチだから……ね」

「今関係ない情報ですよね?!」

「いや、大いに関係あるよ……」

「ヘルプ! 人生最大のピンチだ!」

 異世界の魔法の国で過ごした数十年の年数を含めても、間違いなく最大のピンチだ。

「幸助さん!」

 貞操の危機に陥っていた僕のもとへ現れたのは雪哉だった。

「雪哉!」

 ああ、奴が今までこれほど頼もしく見えたことがあっただろうか。

「猫屋敷店長! 幸助さんの貞操は僕が先に狙っていたんです!」

「前門のゲイ、後門のバイ?!」

 退くも、進むも、地獄である。

「ええい、ままよ!」

 ガチムチ男に侵されるよりは、まだ美少年の方がましである。

(なんだ、この究極の選択……)

 セルフで突っ込みをいれながら、僕は雪哉のもとへ走る。

「幸助さん、ここは僕にお任せを」

「雪哉ェ……」

 ここは雪哉に縋らせてもらう。

「店長、ちょっとトイレに行きましょう」

「ウホッ」

「え?」

「幸助さん、またあとで会いましょう」

 三十分後に戻ってきた雪哉はつやつやした顔をしていましたが、何をしていたのかは到底怖くて聞けませんでした。


「凪、すまない……」

 僕は凪に額を床にこすりつけて土下座していた。

「どうした、スケッチ!」

 女三人は僕のことを忘れてビーチボールで遊んでいたようだが、もうそんなことすらどうでもよかった。

「僕が浅はかだった」

 凪はきょとんとした顔で僕を見ている。

 だから、僕は今の自分の素直な気持ちを吐露する。

「貧乳だろうと関係ない、おっぱいは最高だ!」

 ホモに襲われかけて、僕はやっと気がついた!

 やっぱり、女の子は最高だ!

「少しくらいの貧しさがなんだ! それでも紛れもないおっぱいなんだ!」

 僕は自分の思いの丈、すべてを叩きつけるようにして叫ぶ。

「おっぱいは最高だ!」

 凪の大平原。いや、尊きおっぱいを見つめながら、僕は叫び続ける。

「おっぱい! おっぱい!」

 みんな違って、みんないい。エベレストも大平原もみんな等しくおっぱいだ!

「おっぱい! おっぱい!」

 僕はすべてのおっぱいを愛する!

「おっぱいは最高ぉぉぉっ!」

 声高らかに宣言した僕を見て、凪は言った。

「あの……」

 凪の様子がどこかおかしい。普段の快活さはなりを潜め、腕に抱えたビーチボールを落ちつけなさげに弄り回している。

 そして、どことなく顔が赤い。

「なんだ?」

「あたしを見て、その……おっぱ……とか叫ぶな……」

「は?」

「だから、あたし見ながらそんなこと言うな!」

「え? 何、おまえ照れてんの……」

 凪は持っていたビーチボールに顔を埋めてしまう。普段、下ネタばかり言っているくせに、こいつはたまにこうして羞恥心を見せる。そんなギャップに僕は思わずどきりとしてしまって――

「幸助くん……」

 僕は背後から近づいてくるそよぎの存在に気づかなかった!

「はっ!」

「ちょっと、『お話』しよ」

「……はい」

 天使の様な笑顔でそう言ったそよぎに、僕は黙ってついていくほかありませんでした。

 このあとめちゃくちゃ説教された。


 人は何のために生きるのだろうか。

 今の僕がそう問われたら、こう答えるだろう。

 

 おっぱい最高……。

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