コは殺し屋のコ

 勇者を殺しに現世へ転生してきた暗殺者は自分の名前を言えませんでした。


第1話

勇者が現世より転生するようになってから15年。
平和だった魔界は滅亡に瀕していた……

「ぁぁぁあおとうちゃーーん!」
「ココボ!はやくリザード村まで逃げるんだボ!勇者のパーティがくるボ!」
「とうちゃーーん!!」

のどかなコボルド村は、襲いくる勇者のパーティによって、一瞬のうちに阿鼻叫喚の地獄絵図となった。勇者は笑いながら立ち向かうコボルドの若者たちを斬り殺し、魔法使いは、歩けぬ老コボルドを家ごと焼き殺した。聖騎士を名乗るパラディンは幼い子コボルドを改宗させると称して誘拐し、奴隷として人間の街に売り飛ばした。そして。

コボルドの少女は、泣きながら、森を走っていた。背後からまだ、家族の、仲間の絶叫が聞こえてくるような気がした。
燃え盛る家。泣き叫ぶ誰かの声。
「ぁっ!」
木の根に足を取られ、転ぶ。膝が泥まみれになっていた。すすり泣きながら、それでも起き上がる。
コボルドの少女は、涙を拭った。
リザード村に助けを求めに行かなければ。村の、みんなを、助けなければ。
再び、走り出そうとして、激痛に顔を歪める。足首がズキズキと痛んだ。
走れない。
コボルドの少女は、それでも、足を引きずって歩き出した。
ふと、背後から。がさり。と。
恐ろしい足音がした。
近づいてくる。
炎が、一つ。二つ。三つ。青白い紋章の形を作って浮かび上がる。
コボルドの少女は青ざめた顔をひきつらせた。
とっさに走り出そうとして、足首の激痛に倒れこむ。悲鳴が漏れた。
「痛っ・・・!」
「見つけた。まだ一匹残ってる。こいつを狩ってクエストクリアだ」
「レベル5クエスト、『コボルド村を全滅させろ!』の経験値っていくらだったっけ?」
「さあ、山分けだしな、1万ポイントずつぐらいは入るんじゃね?」
「しょぼいクエストだよな。今時、時給5000ポイントって、ノービス以外はやんねえんじゃないの?」
気づけば、逆光に浮かび上がる黒々とした人間の影に取り囲まれていた。三人だ。勇者。魔法使い。聖騎士。剣が、ぎらりと赤く光った。血に濡れた色だった。
「うそ、どうして……!」
涙がこぼれおちた。勇者が笑う。
「こいつ泣いてんぜ?コボルドのくせに。コボルドって泣くんだ?」
「そりゃあ鳴くだろ。亜人だしな。さっさと殺してクエスト完了しようぜ」
剣が振りかざされた。コボルドの少女は悲鳴をあげ、縮こまった。

もう、きっと、村のみんなも殺されてしまったに違いない。
だとすれば、自分一人生き残っても苦しいだけだ。
だったら、いっそ。

コボおじさん、ココボボおばさん、ボボボボおじいちゃん、ボコボコおねえちゃん、妹のココ実、弟のボボ男。みんなのところへ、自分も、行こう……

「死ぬにはまだ早いぜ、お嬢さん」
指を鳴らす、パキン、という音がした。
直後。

「……殺す」

冷ややかな声と同時に。パン、となにかの破裂する音がした。パン。パン。
吹き出す血しぶきで、世界が真紅に染まった。それは、魔界屈指の暗殺者降臨を報せる、真紅の幕が切って落とされた瞬間でもあった。

「釣りはいらねえ。こいつは行きがけの駄賃だ。取っておきな」

真紅の暗殺者は、勇者が奪ってきたのであろう、きらめく金貨を祝福の雨のように降らせながら立ち去るところだった。
「お願いですボ、助けてくださいボ!勇者が・・・人間界の恐ろしい勇者が、村を襲って・・・みんなが!」
コボルドの少女は暗殺者の足にすがる。
「分かってる。俺は、そのために来たのだ」
暗殺者は振り返らない。背中に生えた、悪魔そのものの黒い翼が、片方だけ、ばさりと巨大に広がった。
「あ、あなた様は……堕天使……クォロス様……?」
「祈れ。神にではなく、麗しき我らの女王、《死》の女神に」

真紅の暗殺者は、めらめらと燃える村へと向かい、その炎で、自らの身を焼き焦がした。死が、世界を、救う。

女神の祝福の指先が、黒々とした煙となって差し伸べられる。
死ね。死ねば、世界を、超えられよう。
その言葉が、暗殺者を甘美な死へと誘った。
堕天使クォロス。そなたに、死を賜る力、最強の力を与えよう。貴様が発する「その名」を耳にするだけで、誰もが狂い、耳をかきむしり、絶望して死を望むようになる、おぞましき力を。

死の女神が、狂乱の狭間を超え、うねる色彩の翼をはばたかせて、死者の魂を連れ去る。
凶悪なる転生勇者怪人どもを次々と送り込んでくる、人間の世界へと。
転生の堕天使を、送り込む。

殺せ。殺せ。
全ての、勇者を。
殺せ……


そして。
少年は。
ついに。

自分の前世を思い出したのだった。

「ぼ、僕……堕天使だったんだ……えっ、えっと、だてんし・・・」
目を、何度かぱちぱちさせる。ようやく意識がはっきりとしてきた。
なぜか。
ブルーのスモックを着ている。
胸には、たまねぎの形をした名札。
「た、ま、ね、ぎ、ぐ、み。や、ま、だ、こ、ろ……」
「せんせー!」
となりの席でツルの折り紙を折っていたユウキが、むっとした顔をして手を挙げた。可愛いブルーのスモックを着ている。
「コロ助が、またぼーっとして折り紙サボってるー!」
「もうコロ助くん、また居眠りしてんの?」
「む」

堕天使クォロスは、覗き込んできた巨大女を見上げた。ピンクのエプロンに、活動的なジーンズ姿。髪はやや茶色といったところか。人間世界に転生し、どうやら今現在は、幼児にまで成長したようだ。
「計画はうまくいった。見ておれ、愚かな人間どもめ。一瞬、巨大かと思ったが所詮は人間。大したことないではないか。サイズ的には卑小。この俺が真の姿を取り戻せば一握りで揉み潰してや……」
「こらっ、だめだぞ、山田コロ助くん?」
ぷるん、と。下から見上げれば、まるい巨大な物体が2つ揺れ揺れしているようにしか見えない。上下。左右。ぷるるうん、と揺れるその向こう側に、しかめっ面をしたお姉さんがいた。
「あ、はるこせんせい。ごめんなさい」
無意識になぜか謝ってしまう。

はっとする。
この、最強の暗殺者、真紅の堕天使クォロスともあろうものが!
なぜ、謝る!!!!

「がんばって折り鶴を3つつくろうね? できたら、画用紙に貼り付けて、お話を作って、工作の時間は終わりだよ。終わったら給食だからね? がんばろうね?山田コロ助くん?」
「誰が山田殺すけ……」

山田。
殺す。


直後。
幼児化した元堕天使クォロス、現在の名前「山田コロ助」は。
山田、殺す。という言霊の呪いに自ら囚われて。

「ぶbぉっぼblぼlblbぉbぉl・・・!」
「どっどうしたの!山田コロ助くん!」
「うわあああん山田コロ助くんがああああ!」
「口から青いスライム吐いたああああああ!!!!」
「ぐぉlごglgぃglglごlg・・・ぶぼぼぼぼぼ・・・!!!」

……自らを暗殺してしまったのであった。

数分後。
「危うく死ぬところだったわ・・・恐ろしい力だ・・・」
「大丈夫?青いスライム、もう吐かない?」
「スライムなどではない!少々、魂を吐いてしまっただけのこと。俺様の血は高貴なる青である」
「なんか山田コロ助くん、感じが違うなあ。救急車よぶ?」
「不要だ。俺様は不死身だ」
「えー?コロ助くん、さっきまで死んでたよねー?」
「貴様、一度、死にたいか?」
凄む山田コロ助に、同じく青いスモックのユウキは、スマホを突き出した。
「だってさあ、さっきすごかったよ。ほら、見て、コロ助くんの青いのぶぶぶぶって吐くとこ」
どうやら、動画を撮っていたらしい。再生してみせる。

はるこせんせいがぷるんぷるん揺れながら近づいてくるところからだ。
「がんばって折り鶴を3つつくろうね? できたら、画用紙に貼り付けて、お話を作って、工作の時間は終わりだよ。終わったら給食だからね? がんばろうね?山田コロ助くん?」
「誰が山田殺すけ……」

山田。
殺す。

アウト!である。

「ブボボボボボボオボオオオーーーーー・・・」
「うわあああまた山田コロ助くんがああああああ青いスライム吐いてるうううううう・・・!」
「その動画を消せ!」
「やだもん」
「消せ!」

ユウキは、また、再生の三角マークをポチっと。した。
「誰が山田殺すけ……」

山田。殺す。アウトーーー!
「ブボボボボボボボ裏あっ;ぉよいぇyぽyぽおぱhぱーーー!」

自分の名前を聞いたら死ぬ呪いにかかってしまった堕天使クォロス。
無事、転生予定の勇者を探し出し、抹殺することはできるのか!
次回に続かない!






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