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 2016年3月某日。
「横浜駅SF」最終話までの原稿を書き終え、簡単な誤字チェックを行ったあと、小説投稿サイト「カクヨム」の予約投稿をセットする。最終話は日本時間3月28日公開。これにて全ての作業が完了。足掛け15ヶ月にも及んだ「横浜駅SF」は完結だ。
 あとは僕が死んでも自動的に公開される。ここで突然不審者に撃たれて死んでも作品は残る。うまくすればそのまま書籍化されて大ヒットして劇場アニメ化されて「夭折のSF作家」ということで伊藤計劃的な扱いをされるかもしれないなフフフ、などと妄想する。
「ああ、久々に本気を出したなあ」
 そう言って僕は大きく両手両足を伸ばす。異変に気付いたのはその時だった。
「あれ」
 あれ。動かない。関節の一部が伸びない。正確にいうと、可動範囲が異様に狭くなっている。腕を伸ばそうと思っても肘がまっすぐにならないし、歩こうにも足首がほとんど固まってしまってまともに歩けない。なんだこれ。
 昔サッカーで捻挫をして足首がほとんど動かせなくなったことがあるが、あれが全身の関節で一斉におきてるような状態だった。しばらく全身をぐりぐり捻ってどの部分がどれだけ動くかを確認すると、ひとまず「医者」の二文字が頭に浮かぶ。しかしそれは極力避けたい二文字だった。
 いま居るのはアメリカ合衆国の某所。街のほとんどの公共施設に「銃持ち込み禁止」のステッカーが貼られており、銃撃事件が起きるたびにちゃんとメールアラートが届く極めて治安のいい場所だ。だが、医療費に関しては不安がいっぱいだ。先日シアトルで盲腸で入院した知人は、請求書にあった見覚えのない項目を見て医師にクレームの電話を入れたらしいが、僕は英語も不安なのでそんな事態にはなるべく逢いたくなかった。
 しばらく「寝りゃ治るだろうか」「早期対処するべきなんじゃないか」と悩んだ挙句、僕は大学のメディカルセンターに(電話が怖いので)メールを送った。

「ウバ、これはいったいどういうことだい?」
 とカワサキ医師は言う。彼は日系アメリカ人三世だが日本語はまったく話せず、「Yuba」を「ウバ」と発音する。なんか乳母さんみたいで違和感あるしたぶん Youba とか Euba って綴りにすべきだった気もするけど、そんなことを気にしている場合じゃない。
「血中のYSC(横浜駅濃度)が高過ぎるよ。いったい何をしたらこんなことになるんだ? 君はシューマイのフードファイターなのかい?」
 と手元の iPad を見ながらいう。
「いえ。どっちかというとギョーザ派ですが」
「今のはジョークだよ。シューマイでYSCが上がるわけないだろ」
 いや、医者の冗談は冗談にならないから止めてくれ。
「とにかくさあ、君の体が全体的にストラジーンに感染してるわけだよ。こんなの初めて見たよ」
 ストラジーンとは確か構造遺伝界のことだったな、と僕はとっさに思い出す。
「えっ、あれって人体にも感染するんですか? 電解質を含む水溶液には感染しないはずでは」
「おっよく知ってるね。君は構造物理専攻なのかい?」
「いや違いますけど、ちょっと必要があって勉強したんです」
 SF小説を書くため、というのはなんか恥ずかしかったので言わないでおこう。
「ふーん。まあとにかく君のいう通り、普通は人体がこんなことになるのはあり得ないよ。人体でストラジーン感染するのはせいぜい骨くらいで、皮膚をいくら横浜駅構造体に接触させても感染はあり得ない。君はいったい何をしていたんだ?」
 うーん。心当たりと言えばひとつしかない。言いたくないけど言うしか無い。僕は簡単に事情を説明した。自分の拙い英語でどれだけ伝わったかは不明だが、カワサキ医師はふんふんと頷いて
「それちょっと論文にしたいな。その業績があればあのムカつくセンター長を出し抜けるかもしれん」
 と言った。僕はそんなことはいいから早く何とかしてくれと言った。
「まあ、君の知っての通り人体にストラジーンはそう長くは存在できないから、一週間も安静にしてりゃ自然に発散するよ。ただ」
「…骨がおかしくなるわけですね」
「ああ。たぶん今後数日間は君の骨格に部分的な駅構造が生成される。で、ほとんどの関節が動かなくなるな。筋肉や内臓も圧迫される」
「困りますね」
「うむ。非常に希少な症例として全米で語り継がれることになるだろう。Wikipedia にも載るぞ。"ウバ・イスカリオット(19XX-2016)は、世界ではじめて横浜駅化した人間である。" とかなんとか」
「せめて研究者か文筆家の業績で載りたいですね。何とかしてもらえないでしょうか」
 と懇願すると、カワサキ医師はその後何箇所かに大声で電話をかけ
「話がついた。今から言う場所にすぐ向かってくれ。カワサキの紹介だと言えば通じる」
 と言って地図を渡した。大学の反対側にある構造物理専攻の建物だ。まともに歩くのも困難だったので、通りかかったタクシーで移動した。

 構造物理学専攻の建物で出会ったジェファーソン教授は見た目がジェイソン・ステイサムみたいな人だった。カワサキ医師の紹介で来たユバです、と名乗ると「ほう、君があのアレか」と言って実験動物を見るような目でこちらをギロリと睨む。
「うちにある構造遺伝界キャンセラーを照射してやってくれ、と話は通ってるが、本当にまちがいないな?」
「ええ、そのはずですが」
 と僕は恐々としながら言う。キャンセラー照射よりもまずこの人の顔が怖い。
「まあ、あれは人体に影響あるものでもないし、うちの学生がよく遊びで使ってるくらいなんだが、念のためここにサインをしてくれ」
 といってレターサイズの紙を1枚渡された。英語でなんかごちゃごちゃ書いてあるけど要するに「なんか問題が起きてもとくに責任は追求しません」ということが書いてあるらしかった。僕は一も二もなくサインした。
「それじゃローラ、あとはよろしく」
 と隣室にいた女性を呼び出した。僕はこのローラという身長180センチくらいある院生に連れられて地下室へ向かった。エレベータの中でこの人は「なんで人間をキャンセラーに?」という顔でこっちをじろじろ見ていたのでかなり気まずかった。
「へえ、これが構造遺伝界キャンセラーなんですか。想像してたよりずっと大きいですね」
 地下に設置されたのは、見た感じは部屋くらい大きい冷蔵庫といったところだ。分厚いガラスの埋め込まれたドアの中には1辺2メートルくらいの立方体の空間が空いている。人間なら数人余裕で入るだろう。
「あの、これってもう少し小型化できないんですか? 例えば、懐中電灯くらいにして持ち歩けるようには」
 と僕が聞いた。「横浜駅SF」で登場するのはバッテリ駆動で持ち歩けるキャンセラーなのだった。
「無理よ。あなたキャンセラーの仕組み知ってる? この部分(冷蔵庫の天井)で電子を加速して、指定された波形に従う構造遺伝界を生成させて照射するわけだから。原理的にどう頑張っても照射されるモノよりも大きくなるのよ。だいたいバッテリの電力で動くわけがないでしょ」
 とローラ女史は説明した。本当はもっと長い説明だったけど僕が聞き取れた英語はこのくらいだ。これは困ったな、と思ったが、まあ大半の読者はそんなこと気にしないだろう。SF警察に指摘されても「JR北海道のすごい技術で小型化した」で通そう。
「それじゃさっさと中に入って。15分くらいで終わるから。強い光が出るからなるべく目は瞑ってて。何かあったらそこにあるボタンを押して」
 と言って駅の非常停止ボタンみたいな仰々しいボタンを指差した。目をつむった状態で押せる自信はあまりなかった。

 そんなこんなで照射は無事に終わり、そのまま家に帰った。しばらく後になってカワサキ医師から医療費の請求書が送られてきた。言うまでもないが構造遺伝界キャンセラーは保険の適用外だった。
「うーむ」
 と僕は首をひねった。幸いにして首はもう自由に曲がるようになっていた。
「書籍化されれば印税収入で足りるかなあ...」





(このあとがきはフィクションです)

3件のコメント

  • この後書きを作品ページに載せて欲しかった。
    今日ここに行き着いたのは、「ハギワラという角川の何とかさん」のエッセイに、横浜駅SFの人がオレオ汚染を嫌って新しいランキングを創造した、という話を聞いたおかげからだった。そうでなければ、わざわざ作者さんの近況ノートを覗きにくるなんて事、あり得なかった。
    しかも、私が横浜駅SFを読了したのはゴールデンウィーク前の話だ。何週間かしてようやく後書きに辿り着いた、なんて話はそう聞かない。
    百歩譲って、後書きが普通の後書きなら許せた。あぁ、後書きを読むまでが読書だと信じてるけれど、ウェブ小説だからと諦める事ができた。だが、これは掌編小説(もしかしたら短編かもしれない)だった。できれば、読了後のテンションMAXの状態で読みたかった。
    なぜ、これを本編に載せなかったのか。私はそれが疑問に思えて仕方ない。

  • これは僕の近況なので近況ノートに書くのは当然でしょう。

  • フィクションだけど近況なんですね。面白いものをありがとうございます。

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