――遡ること春休み。
「なーちゃんと、ちーちゃんのメイド服姿が見たい」
開店前の喫茶店百瀬にて、両肘をカウンターテーブルに付きながら、真面目な表情を浮かべて波瑠さんは言った。
「確かに見たい」
俺も彼女の言葉に真面目な表情を浮かべ、首肯する。
千尋✕メイド服の可能性に気付くなんて、さすが波瑠さんだ。姐さん一生付いていきます!
「ふ、ふ、ふ、かーくんならわかってくれると思っていたよ」
俺と波瑠さんは目を合わせて、熱い握手を交わす。
続けて俺と波瑠さんは、奈央と千尋の方をちらり見た。
「嫌」
じと目を向けて|頭《かぶり》を振る奈央。
「んー、僕は別に着てもいいよ」
柔和な笑みを浮かべて言う千尋に、俺と波瑠さんはお互いガッツポーズを決めた。
「じゃあ早速ちーちゃんはメイクしようか」
「はーい」
波瑠さんに連れられるがまま、千尋は裏方へと足を進める。
「二人共開店準備するよー」
残された俺と奈央は、|店主《マスター》の言葉に「うぇーい」と口を揃えて首を縦に振った。
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かつん、かつん、という足音と共に、波瑠さんと千尋が裏方から店内に姿を現した。
「兄さん見て見て〜可愛い?」
クルッと回って千尋は、白と黒のオーソドックスなメイド服姿を披露した。
波瑠さんが施したナチュラルメイクと、黒長髪のウィッグを身に付けた千尋の可愛い全開な姿を目に焼き付ける俺。
「可愛い! 120点!」
「声でか……」
親指を立て、サムズアップする緩みきったニヤケ面を浮かべる俺を見て、隣で顔を引き攣らせながら奈央は言った。
「……うちの娘がごめんねちーちゃん」
波瑠さんに向けて、小さなため息を吐きながら、店主は千尋に視線を移して言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
開店後。
からん♪からん♪と鳴る呼び鈴と共に、喫茶店百瀬の出入口扉が開く。
「いらっしゃいませ〜♡」
千尋のメイド服姿に顔を赤らめるお客様多数。
めちゃくちゃわかる。俺の弟は世界一可愛い。
「だらしないにやけ面を浮かべてるところ悪いけど、日替わり定食の注文入ったよ」
じと目を向けて口を開き、奈央は注文伝票を俺に手渡す。
「あいよ」
彼女から受け取った伝票を目に通す。
彼女が言う日替わり定食とは、北崎家の日替わり定食という裏メニューである。
本日の日替わりは豚味噌定食だ。
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「……波瑠さん、今日客足多くない?」
じんわりと額に脂汗を滲ませながら、小さな厨房でお客様の注文を捌く俺と波瑠さん。
「私の目に狂いはなかったということね。ちーちゃんのメイド接客効果増々(マシマシ)」
親指と人差指をくっつけて○を作り、ほくほく顔で卑しい笑みを浮かべる波瑠さん流石です。
「後は、なーちゃんがちーちゃんと同じメイド服を着て、接客してくれたら言うことないんだけどなぁ」
流し目でちらちら期待を込めた視線を向ける波瑠さんに、俺は直ぐ様頭を振った。
「いやいや無理ですって。本人も嫌って力強く拒否ってたじゃないですか」
「大丈夫! かーくんならイケる!」
何その自信、今すぐ溝に捨てましょう?
喫茶店百瀬の制服は、糊のついた白シャツにしゅっとした黒パンツ、腰にはシンプルなサロンエプロンを着用している。
急にひらひらなスカートと、黒のニーハイソックスなんて絶対領域不可避。
家では下着姿同然な彼女のどこに羞恥心を抱いているかは分からないが、はっきり「嫌」と言ってる以上、奈央がメイド服を着るわけがない。
「なーちゃんにメイド服を着せることができたら、開店前にスマホで撮ったちーちゃんの写真、メッセージで送るよ〜」
「Yes, Your Highness.(※全力でやらせて頂きます!)」
「うんうん、お姉ちゃん、かーくんのそういうところ嫌いじゃないぞ♪」
ふと、奈央が此方に視線を移して、ぱたぱたと急ぎ足でやって来る。
「霞、10番テーブルのお客さんナポリタン一つ」
俺は内心、うきうきわくわくしながら、手に持つ注文伝票を渡す奈央に対して、穏やかな笑みを浮かべ口を開いた。
「奈央、千尋と同じメイド服を着てみないか?」
「は? 無駄口叩く暇があったら手を動かせ霞(カス)」
眉間に皺を寄せ、ゴミを見るような視線と共に彼女から容赦のない言葉が飛んできた。
「……おっしゃる通りです」
思わず、すうぅぅぅぅぅと大きく息を吐き、厨房の天井を仰ぐ。
「……なんか、ごめんね?」
カウンターへと踵を返した妹の後ろ姿を眺めつつ、波瑠さんはそっと俺の背中を擦った。
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『俺の幼馴染は外では澄ましているが――家ではだらしない。』番外編なんでノートの方に投稿しました。
よろしければ是非〜( ╹▽╹ )