南極の果て、白銀の吹雪が止んだ夜のこと。月が氷を照らし、世界は青白い静寂に包まれていた。
氷の湖の中心で、一羽のペンギンが立ち尽くしていた。彼の名はルミ。どこか他のペンギンと違うところがあった。空を見上げ、風のささやきに耳を澄ませ、時折、ひとりでくるくると回っていた。
「なぜそんな風に動くの?」と仲間たちは笑った。
けれどルミは答えなかった。ただ、星がよく見える夜にだけ、誰もいない湖に現れては、氷の上で静かに踊った。
ある晩、特別に澄んだ夜が訪れた。オーロラが空に流れ、氷が虹色に光りはじめた。するとルミの身体も、まるで光をまとったように輝き出した。
その瞬間、湖の氷がわずかに振動し、空からひとつの羽が舞い降りた。それは雪ではなく、透明な光の羽だった。
ルミは羽を胸に抱き、目を閉じると、音もなく氷の上を滑り始めた。踊るたびに足元から光の模様が広がり、空の星々が応えるように瞬いた。
仲間たちは遠くからその光景を見ていた。誰も言葉を発さなかった。ただ、氷の世界に、初めて音楽が聞こえた気がした。
ルミの踊りは、やがて風に溶け、オーロラに溶け、空へと昇っていった。
それ以来、南極の夜にオーロラが現れると、ペンギンたちはそっと耳を澄ます。
氷の向こうから、踊る誰かの足音が聞こえてくるのだ。