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いくひ誌。【2751~2760】

※日々、一晩に降る雨粒ほどのマス目のあるルービックキューブをもてあそぶ。


2751:【背景、あのころのわたしへ】
あなたはたぶんこう思ってる、どうして世界はこんなに広くてキラキラしているのにわたしの進む道はこんなに薄汚いのだろうって、色褪せているのはじぶん以外のせいだと信じて疑わないあなたはでも、そこに色を足して、じぶんの手で彩ろうとはしないよね。あなたはあるとき気づく、この世界はべつに最初からきらきらしているわけではないんだって、そういうふうに世界を視たひとがいて、たくさんの装飾できらびやかに装い、皮一枚めくった裏側には、相も変わらずに灰色よりもずっと薄汚い世界が広がっているんだって、それを知ったところでどうすることもできずに、あなたはほかのひとたちが懸命に塗りあげた絵画の世界を眺めてる。ある日、あなたは誰もが経験するような最初で最後の傷を負う、(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896851953


2752:【背景、あのころのぼくへ】
あなたはきっと、じぶんにとっての悩みが誰かにとっての些事である事実に堪えられませんし、誰かにとっての悩みがじぶんにとってとるに足りない日常や過去の追体験でしかなかったら、きっと相手を傷つけてしまうと考えて、どうあっても悩みなんてひとに相談するものではないし、されるものでもない、しないほうがよいことだ、と結論付けて、狭く、ちいさな枠の中に閉じこもるのでしょう。でも、そうした、しないほうがよいことですら、あなたとならしあいたいと思える相手と出会えたなら、それはすばらしいことだと思いますし、得難いことだと思います。縁や繋がりなんてないほうが好ましいとぼくですらそう思います。でも、そうした、ないほうがよいものですら結んでおきたいと望める相手となら、出会いたいし、出会ってよかったと思えるようになるような気がいたします。反面、そんな奇跡は(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896852024


2753:【背景、あのころの私へ】
その道を行くことにいっさいの迷いがなかったころが嘘のようにいまは目に映る影という影が私の悩みの権化であるかのような日々です。つまり、ものすごくたくさんぐにゃぐにゃと悩みに押しつぶされそうな毎日ということです。押しつぶされる、ではなく、押しつぶされそう、が肝だと思います。一貫性のあることが好きで、何かを貫くことを美点と思っていた私がまるで他人のようで、つまりこれを読んでいるあなたが他人にしか思えないくらいに、私にはもう、あなたにあった美意識や感性がなくなってしまった、との懺悔とも告白ともつかぬ、そんなおたよりになる予定です。ほとんど愚痴ですね。あなたがうらやましいというひがみと、それとも、こんな私で申しわけないとの謝罪がごちゃまぜな気分です。きっとあなたはこんな私を許せないでしょう。いいえ、そもそもこんなおたよりを送られてもそれが私からの言葉だなんて信じる以前に、素直に受け止めることすら、読むことすらしないように思います。でもいちおう、書いておきますね。私はあなたが夢見ていた道をそうそうに脱線してしまって、飛び降りてしまって、あなたが思うほどにはまったくこれっぽっちもつよい人間ではなかった現実にうちのめされています。それはもうずいぶんむかしのこと、あなたにとってはもうすこし先のことになりますが、私は夢を諦めることすらせずに、ずっとこのさきも一生つづけていくだろうと思う道に背を向け、いいえ、どんな道から飛び降りたのかすら振り返るのがおそろしく、嫌すぎて、道を見ずにすむようにと、洞穴に飛びこんで、そのなかで膝を抱えてずっとうずくまっています。ありていな表現で申しわけないのですが、私は夢に破れました。いいえ、夢を、破りました。破れたはずのその夢を捨て去れればよいものを、その破れた夢すらなにかしら誇らしく、みみっちい人生を着飾る何かしらの光になるのではないかと、後生大事に抱えて手放そうとしません。できないのです。あなたならきっと、そんなものはさっさと捨ててつぎの光を掴むべくがむしゃらにまえに進め、じぶんの道はじぶんで切り拓くものだ、といったことを、もうすこし文学的な表現でおもしろおかしく、ときにかっこうのよろしい文面でしたためそうですね。私にはもうそうした体裁を取り繕おうとする気概すらありません。なんて書きながら、どうしたらあなたに失望されずに済むだろうかと、無意識のうちから言葉を取捨選択しているじぶんに気づき、ますます自己嫌悪に陥ります。いまここに、あなたはいません。そして遠からず、あなたも私になる日がくるのでしょう。ですが、私からのこのたよりを読むことでなにかしらの変化が訪れるのであるとすれば、それはそうあってほしい変化だと思っています。残念ながら私のもとにたよりは届かず、いまこうして書いている言葉に既視感はなく、それともどこかで見たことのあるような、どこにでも有り触れた文面でしかなく見えます。私に限らずみな似たような悩みに押しつぶされそうになっているのだと言われればそうなのでしょう。ただ、あなただけは違った、そのことだけは知っています。そのことだけを私だけが知っています。あなたはたしかにいまそのとき、(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896852162


2754:【背景、あのころのおれへ】
文章慣れてねんで音声入力でやらせてもらうけど、なんかいきなしタイトルで誤字のおしらせ光ってんだけど、背景って、拝啓じゃねえの? いいの? ほかのひとらのもそのままんなってるっぽいんでそのままにしとくけど、あのさ、おれさ、むかしのじぶんに謝りたいってか、なんであんとき我慢しちゃったんだよってさ、いまんなって後悔してんの。やらない後悔よりやる後悔ってあんじゃんああいうの、あれマジでホントでさ、すこしのあいだはいいんだ、なんか我慢してんのが偉い気がしてきてさ、でもさ、ある時期から急に、なんであんとき我慢しちゃったんだろうって、めちゃくちゃ考えるようになってさ、だんだんその数が増えてって、さいきんじゃあもう、気づくと、殺す、とか口走ってんの。誰にとかじゃなくて。つうかじぶんに。要はおめぇを殺したくってさ。もうぶっころしてやろうかと思うくらいに、ときどきあのとき我慢しちゃったおれ自身、要するにおまえをどうにかしたくなっちまってさ、でもどうしようもねえじゃん。おまえはおまえでそこでなんだかんだもがいてんだろうし、おれだってこっちはこっちでいまそれどころじゃねえってのもあっしよ。そう、だから謝りたいってのはおれがおまえのころにそれを我慢しちゃったってことじゃなくってさ、ずっとあとになっていまになってどうしてやらなかったんだろうって後悔するたびに、一生懸命に、本当にがんばって我慢してるおまえのことをぶっころしたくて、ぶっころしたくて堪らなくなるってことがさ、どうしても謝りたいってかさ、じゃあ、んなこと思うなって話なんだけどそれができたらこんなんやってねぇじゃん、おまえにこれを送らねえじゃん。強要はしねえし、おまえの選択も否定はしねえ、ぶっころしたくはなるけど、んなことしたらおれだって死んじまうわけじゃん? 好きにしろよ、でも、どっち選んでも後悔するってことだけは憶えといてくれよな。罰ゲームみてぇなもんだよな、どっち食ってもカラシ入りシュークリームじゃんこんなもん、んなの(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896852282


2755:【背景、あのころのあたしへ】
きみは驚くと思うよ、なんたって未来のあたしから手紙が届くってんだから、そりゃあね、あたしならきっと飛んでよろこぶと思うな。あたしにはなんでかそんな記憶は残っていないし、いまこれを書いてる段階だから、まだきみのところに届いていないだけ、言い換えればあたしにはその記憶が根付いていないだけのことなのかもしれないけれど、いまからきみへ向けて言葉を贈ることにする。いちおう、文章にうるさいきみのことだから題名の誤字について説明しておこう。拝啓じゃないのって、きみはすでに手紙を持ってゴミ箱のまえに移動しているかもしれない。でも待ってくれ、早合点がきみのゆいいつの欠点だ。拝啓ではなく、背景、で構わないのだそうだ。ほかにもいろいろと手紙をだしているひとたちがいて、あ、もちろん過去のじぶんにって意味だけれど、いまのあたしが眺めている景色、あたしを包みこむ世界、それでいてあたしの背後に広がっている奥行き、そういったものこそが過去のあたしそのものであり、同時にきみ自身であるって意味合いがあるんだと、あたしは睨んでいるよ。それとも過去は過去にすぎないって皮肉かな。きみはどう思う? よかったら日記にそのことを書いておいてくれ。それがこちらの世界に、未来に、引き継がれるかは知らないけれどね。そろそろあたし自身のことが気になりだしはじめた頃合いではないかな。あたしはきみの思い描いているいくつかの将来像へとつづく道の一つを、まあそれなりに順調にっていうと語弊があるけれど、(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896852391


2756:【背景、あのころの僕へ】
じぶんが死ぬときの場面を想像して、日々をだいじに過ごそうときみは、たびたびの決意を固める。なのにどうして、じぶんが取り返しのつかない真似をしでかしてしまう未来については想像を働かせなかったのかな。誰かを困らせたり、傷つけたり、じぶんよりも立場の弱いひとたちを虐げたり、そういう真似を許せないきみが、どうしてじぶんが誰かを困らせ、傷つけ、虐げる側に回ってしまう可能性に思い至らなかったのかが、いまからするとふしぎでならない。きみは気づいていないが、相当な差別を日常的に、無意識から行っているし、傷つけてもだいじょうぶなひとと、そうでないひとを、相手の言動から見ぬいて、識別し、じぶんの態度をつど変えたりしている。それはちょうど、父親にはいいこを演じて、母親には厳しく当たり散らす内弁慶みたいに、それとも人気者にはいいこを演じて、いじめられっこに対しては不快な気持ちを隠そうともしない思春期の子どもみたいに、きみはじぶんで思っているよりもずっと幼くて、我がままで、衝動的で、自己矛盾を一つと言わずして大量に抱え込んでいる。そのことを自覚できない程度の知性しかなかった点も、ざんねんに思う。きみはある日、取り返しのつかない真似をしでかしてしまう。そのことで長い期間、ずっと謝罪の言葉をしたためるようになる。許されたいとは思わないが、許されないことをしてしまったのだ、と反省している気持ちを相手に知ってもらおうと必死になる。しかしその自分よがりな手紙のせいで、やはりきみはさらに他人を傷つけつづけ、ずっとあとになってから、善意が裏目にでていることを知る。どこまでもきみは、僕は、自分本位で、性根が腐っている。せめてそのことに罪悪感の一つでも(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896852613


2757:【背景、あのころのワタシへ】
アナタにしないでほしいことがたくさんありすぎて、もうほとんどアナタには何もして欲しくないと怒鳴ってしまいそうで、こうしてワタシから何かを伝えようとしても、アナタにとっては脅迫電話と同じになってしまう気がして、けっきょくこれで三度目の書き直しになってる。占いみたいに書いてるひともいて、ああそっか、まあ占いみたいなものだよね、と思ったら踏ん切りがついたので、アナタの未来を知る魔法使いの気分で、アナタの運勢を占ってあげる。アナタは大学に進むか、やりたいことをするかで、親と揉める。大学にいってもできるだろう、と正論を吐かれるが、大学に入ったことがないので両立できるのかもよくわからない。友人たちに相談するがそこでもやっぱり小馬鹿にされる。もちろん表向きは誰もが応援するフリをしてくれるけど、明らかに成功なんてしっこない、どっかで挫けて、お先真っ暗な人生だよ、と脅してくる。ここまで書いてぞっとしたけど、まるでいまのワタシみたいだ。ホントはアナタに、アナタの進む道は間違っていた、とねちねち書き連ねてやろうと思ってたけど、なんだかムカついてきたのでやめておく。がんばれ過去のワタシ。めっちゃがんばれ。いまのワタシはアナタを否定しない。いいよ、やっちゃえよ。いけるとこまでいってやれ。ワタシはアナタをそんなに好きじゃなかったけど、それはたぶん間違いで、ワタシはワタシが嫌いなだけだった。いま振り返ってみれば、もっとうまくやれたと思うし、そしたらいまごろは毎日もっといいものを食べていられた。家賃の心配なんかしない日々を送れたし、税金や健康保険や年金、その他公共料金の督促状に怯えずに済む。お察しの通り、ワタシはいま貧乏だ。それもつぎに身体を壊したら、それこそ風邪や虫歯のレベルですら、罹ったら即座にいまの暮らしを手放すしかないくらいに極貧だ。寝る場所があって、いちおう毎日食うのに困っていないのだから、もっと貧乏なひとたちがいてそれよりかはずっと贅沢な暮らしなのは百も承知だけど、アナタの未来はこんなものだ。恐れてほしい。危機感を持て。かといって、どうしたらよいだろう、と解らない気持ちもよく分かる。ワタシだっていま(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896853210


2758:【背景、あのころのボクへ】
いきなりだが喜んでほしい。キミの未来はバラ色だ。というのも、何をしても誰も成し遂げたことのないことを達成してしまって、まさしく虹色よりも豊かな色彩を、バラの品種の数ほどに自在に、手中に収められる。選びたい放題だ。したがっていまキミが興味を抱いているモノの研究はしなくたって構わない。徒労に終わるだけだろうから、しないほうが賢い選択と言えるだろう。キミが足繁く通っていた食堂はいまでもここにある。映画館も繁盛していて、街は人でごった返している。キミが懸想している女の子とは、キミが諦めなければ恋仲となり、生涯を共に過ごすこともできる。二人のあいだの子供だって、キミは玉のように可愛がり、旅行に連れて行くたびに我が子の愛嬌を噛みしめる。キミが応援していたアーティストたちは、キミの支援とは無関係に、大勢のファンを獲得するし、そういう意味ではキミの審美眼はなかなかのものだと言える。ひょっとしたら凡人ゆえに、誰もが魅了され得る表現にほかの大多数と同様に目が留まるだけなのかもしれない。じぶんを高く評価するとすればおそらくキミは、ほかのひとたちよりもすこしだけ、点ではなく、流れで、変化を捉えられるのだろう。他人の変化や、環境の変化を、キミは水の流れのように目にすることができる。成功の秘訣はそこにあるとも言えるかもしれないし、ほかの因子が関係しているのかもしれない。どうしてキミがほかのひとたちにできないことを成し遂げてしまえるのかは、よく解らない。偶然だとしか言いようがない。これはあまり他人には言えない悩みだ。自慢みたいで、いけすかないだろ。でも、過去のじぶんになら許容範囲内だ。キミが不快になっていたらすまない。そんな狭量ではなかったと記憶している。キミはもっと寛大な人間だ、そうだろ? ともかくキミの将来は安泰だ。何をしても成功する。いい思いしかしない。ゆえに抗ウイルス薬の研究なんか(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896903065


2759:【背景、あのころのわたくしへ】
DNAの塩基配列が位置座標の役割を果たす。よって問題は時空の壁を通過する際に、過去へ送る物体が崩壊しないかどうかが鍵となる。立体構造を有した物体は向かない。一方向から高圧縮されても変形しない構造物だと望ましい。耐久性に優れた紙であれば、高い確率で時空の壁を透過し、そのままの形態を保持したまま過去へと送り届けることが可能だ。君はそうして、君の時間軸上から四十年後に、時空転移装置を発明する。時空の壁はヘビのウロコのように方向性が限られている。現在から未来へのほうが滑らかで、現在から過去へは抵抗が高い。だが、どちらにしても物体を送るには、高エネルギィが不可欠だ。よって、ある程度の抵抗があるほうが、ブレーキがかかって、制御しやすい。現在から未来へ物体を送れば、総じて、ススとなって消えるだろう。現在から過去であるほうが都合がよいという道理だ。DNAさえあれば、(つづきはこちら→https://kakuyomu.jp/works/1177354054881060371/episodes/1177354054896952778


2760:【背景、あのころの貴女へ】
考古学者である貴女に不躾なお手紙、失礼いたします。さぞ驚かれているのではないか、と心中お察しいたします。まずは同封した年表をご覧ください。そちらには、貴女に起きる人生の転換期を、そのきっかけとなる出来事と共に羅列してあります。心配はいりません。貴女はごく平均的な人生を辿り、家族に見守られながら安らかに亡くなります。客観的な評価といたしましては、しあわせな一生を送ることになる旨をまずはお知らせさせてください。年表をご覧になられましたか? この時点で貴女は、この手紙の信憑性を五分五分の確率で「そういうものかもしれない」と判断なさっていることと存じます。たとえ未来からの手紙でなくとも、何かしらの超法規的処置の行える組織からの手紙だと推測されるのは、極々まっとうな論理的帰結だと評価いたします。そのうえで、これが未来から貴女へ向けて送信した手紙である旨を明かしておきます。すでにお察しかと存じますが、我々が貴女へ向けてこのような手紙を送った最たる目的は、貴女が先日発掘した遺物と密接に関わっております。端的に申しあげて、貴女の発掘したそれは紛うことなき本物です。本来、それが貴女の時代にまで遺ることはあり得ないのですが、この手紙同様に、過去へと送信するために特殊な加工を施してあります。貴女の発掘したそれと、この手紙は、ほとんど同じ材質ででき、同じ構造を有しております。我々と致しましても、貴女のような方が、それを発掘していた事実を突き止めるまでに、随分と手間と時間をかけました。その可能性がそう低くない確率であるとの指摘は、我々の組織内でもたびたび俎上に載ってはいたのですが、なにぶん、扱う時代が多岐にわたり、それに伴い、チェックすべき人物の数も膨大になるために、貴女の存在へと辿り着くのにずいぶんとかかりました。我々はすでに、貴女の発掘したそれを過去のある時期に送信しております。そのことにより、この地球という惑星に生命が誕生したのは、我々と致しましてもにわかには信じられない事実でございます。じっさいのところ、因果関係はまだはっきりとは解っておりません。我々がそれを過去へ送らずとも、この星には生命が誕生したのかもしれませんし、或いは我々が手を下さなければ、この星に生命は芽生えず、我々もまたある時期を境に、地上から姿を消してしまう定めにあったのかもしれません。その可能性を残したままにしておくにはあまりに大事であるため、どちらにしろ、生命が誕生する確率を上げるために、貴女の発掘したそれを我々は過去へと送り届けました。貴女の推察はおおむね当たっております。我々が過去へと送り、貴女の発掘したそれは、生命の起源たるRNAを無数に搭載しております。我々はそれを、陸と海の両方に送りました。RNAとまではいかないにしても、太古の陸と海には、それぞれある種の核酸塩基が鎖状に組み合わさり、任意の組み合わせを連結し、分裂するといったサイクルをつくりあげていたと考えられています。そこへ、明確に生命の源となるRNAを送り、無数に枝分かれした塩基配列群を、一つの方向へと収斂させる根幹の役割を果たすようにと働きかけます。そのために投じた一石が、貴女の発掘した遺物の正体です。貴女はなぜ太古の地球に、手紙としか思えない物体が存在したのか、と首を傾げていることと存じます。さぞ迷われていることでしょう。ねつ造の確率がもっとも高く、しかし放射年代測定におかれては、ハッキリとそれが太古のものだと示唆している、この二律背反のあいだで貴女は揺れていましたね。学会へ報告すべきと貴女の意思は傾いていたところで、この手紙を受け取ったのではないか、と想像いたします。そうなるようにとこちらで設定しておりましたから、そうなっていただけなければ、我々といたしましては、失敗と評価せざるを得ません。お願い申しあげます。どうか、貴女の発掘したそれを、公にはしないでください。貴女さまの胸にのみ仕舞っておいてください。生命の起源が、未来人の手による細工だと知れ渡れば、いささか人類にとって困難な局面の到来が予測されます。この手紙を貴女へと送り、貴女が手にした段階ですでに、そうなる確率はほとんどゼロにちかしい値にまで下がります。とどのつまり、貴女はこの手紙の意図を正しく紐解き、合理的な判断を下してくださることがほとんど自明となっております。我々といたしましては、この手紙を貴女へと無事に送り届けることさえできれば、それで目的は果たされたも同然です。貴女には人類存亡の危機という重大な任を背負わせてしまいたいへん心苦しく、我々一同、人類を代表して、謝意を申しあげます。一方的なお願いになってしまい、まことに申しわけありません。貴女の聡明な決断によって、人類、そしてこの星の生命は、栄枯を繰りかえし進化を網の目のごとく繰りかえす余地を得ます。もちろん貴女には、我々からの提案に敢えて乗らない選択肢もございます。それをこちらから禁止する真似はできません。その場合は、生命は貴女の知る歴史どおりには誕生せず、ゆえに人類はおそらく誕生しないでしょう。生命そのものは、時間をかければいずれこの星にも生じ得ると推測されますが、人類にいたっては、その機を逃すでしょう。いずれにせよ、我々といたしましては、貴女さまにお願いを申しあげることしかできません。なにとぞ、御一考のほどよろしくお願い申しあげます。長々と失礼いたしました。謝礼を含め、何かご要望がございましたら、その旨、この手紙の裏面にでも記していただければ、いずれこちらで発見し、対処可能であれば、ご期待に沿えるように尽力させていただきたく存じます。慇懃無礼な言葉づかい、恐縮至極でございます。お目通しいただき、幸甚の至りに存じます。お身体、どうぞおだいじになさってください。紙面も残りわずかとなってまいりました。改めて、この手紙をお手にとって、お目通しいただき、感謝申しあげます。まことにありがとうございます。敬具。未来維持総合研究機関第一研究所第一実験室実行部。時空転移制御システム責任者。累野曾(るいのそ)千尋(せんじん) 拝。


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参照:いくひ誌。【2151~2160】https://kakuyomu.jp/users/stand_ant_complex/news/1177354054890522397

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