はじめまして、もしくは、こんにちは。
郷倉四季です。
本日の18時に「オムレツを作るためにはまず卵を割らなくてはならない。」を更新しました。
タイトルは「95 二十歳の頃、天才と呼びたかった友人について」でした。
これは簡単に言えば、二十歳の頃に僕の近くにいた、自殺未遂をした友人の話をエッセイにしたものでした。
そして、その現場には、僕の友人である倉木さとしもいました。
なんなら、エッセイのオチは倉木さとしです。
そんな倉木さとしから20時07分にGmailにてメールが届きました。
「やつの死体を発見しました。」
という件名で、「天才と呼びたかった友人の作品」というファイルが添付されていました。
そういえば、と思い出したのですが、くだんのエッセイになっている、
僕が天才と呼びたかった友人、かがみんは大きな川の中での溺死を目論んでいたのですが、
それを未遂で終わった数年後、当時を振り返った小説(エッセイ?)を書いていました。
僕はそのデータを持っていなかったのですが、倉木さとしは持っていて、今回のエッセイに合わせて送ってくださいました。
タイトルは
「天才と呼びたかった友人の作品」
でした。
有難いんです。
本当に有難いんですが、リアルな僕を知っている倉木さとしが常に、僕のエッセイを読んでくださっている、と思うと頭を抱えたくなります。
羞恥心が半端ないです。
いえ、他にもリアルな僕を知っている方が、こちらのアカウントを知っているので、そういった方たちが、これを読むのも真面目に恥ずかしいんですけれども。
そんなことを言い出すと、何も書けなくなるので、もちろんいじってもらって大丈夫です。ただ、お手柔らかにお願いいたします。
そういう話は、さて置いて、倉木さとしがメールをくださったのには、一つの主張をしたかったからのようでした。
今回のエッセイを発表した時、「切り株ねむこ」さんからコメントを頂きました。素敵なコメントで、心から癒されるものだったのですが、
その中で、
「本当は死にたくなんてんかあったのでしょうね。
お酒の残り具合からみると。
苦しんでいることを全力で分かって欲しかったのかな。」
という部分、実際その通りだったと僕は思うのですが、
先ほど送られたきた
「天才と呼びたかった友人の作品」の内容、
ここには、かがみんが部屋でパソコンの前で遺書を用意して、携帯を放り出し、ドンキホーテで酒を買って、ある川まで行って死ぬ心の準備をしようとする精密な描写が成されているんです。
そこには、
――私は煙草をじっくりと吸い終えると、ジョニーウォーカーを手に持って、あ、と間抜けな声を出した。グラスを持ってきていない。
七二〇ミリリットルの瓶をラッパ飲みするというのは、どうも私の美学に反した。
と書かれていました。
倉木さとしいわく、切り株ねむこさんのコメントを見て
「酒の残り具合は、かがみんの美学からくるものです」
と伝えたかったらしいです。
本当に面倒くさい連中で申し訳ないのですが、ねむこさん。
そういうことらしいです。
かがみんはウィスキーを、死のうと思う、その間際であってもグラスで飲みたい。
そんはアホな美学を大切にするヤツだったんです。
僕は彼のそういう部分が多分、本当に好きでした。憎めませんでした。
今回のこの文章は、僕が書いたエッセイ「95 二十歳の頃、天才と呼びたかった友人について」の、倉木さとし視点を含んだ、補助的な内容だと思っていただければ、と思います。
ねむこさんの感想は毎回、本当にうれしいものですし、それに何かしかの意見を添えたかった、という訳ではありません。
あくまで、ねむこさんがコメントをくださったからこそ、僕が書ききれなかった部分のツッコミを倉木さとしがしてくれた、というものです。
本当に、ねむこさんコメントありがとうございます。
少しだけ、その後の話をすると、僕が二十三歳くらいの頃にかがみんは地元近くで就職をしました。
離れ離れになってから、僕らは殆ど連絡を取らなくなりました。
ただ、一度だけ、倉木さとしの地元へ遊びに行った時に喋りました。
倉木さとしが突然、かがみんの話をし始め、彼ができちゃった結婚をする、という報告を受けた、という話をはじめました。
かがみんから送られてきたのだろう、彼女とのツーショットの写真を見せてもらい、幸せそうな彼の顔を久しぶりに見ました。かがみんの彼女は、彼の好みを反映したような美人でした。
そして、その夜に倉木さとしが、かがみんへ電話をしました。
数分喋った後に、倉木さとしがかがみんと繋がっているスマートフォンを差し出しました。
正直に言います。
あの時ほど、緊張したことは後にも先にもありません。
僕はかがみんと何を喋れば良いのか、いまだにわかりません。
おそらく、人生で一番、酒を一緒にした人間ですが。
今となっては、僕は彼と何を語り合えばいいのか、一切わからないのです。
そういう話をしたいと思ったかどうかは分かりませんが、
「やつの死体を発見しました。」
というメールをもらった後、スーパーでヱビスのビールを買って倉木さとしに電話をしました。一時間くらい、喋ったと思います。
その時は言いませんでしたが、倉木さん。
覚えていますでしょうか?
かがみんが自殺しようとした、と知った後、
何の拍子だったか思い出せませんが、かがみんが死ななくてよかった、という話の延長で以下のような話をしました。
「死ぬより、人を殺す方が良い。
もし、かがみんが人を殺したのであれば、話を聞いて自首を勧められる。
そういう考え方は、狂っているとか、気持ち悪いって言われるのかも知れないけれど、
どういう形であれ、生き延びてほしい。そうすれば会えるし、いつか酒を飲める」
倉木さんが覚えているかは、さて置いて、僕は一生この言葉を忘れないと思います。
そして、その台詞をかがみんも知っているはずです。
彼もまた、その台詞を忘れないだろう、と僕は勝手に思っています。