私はどうしてこのように燃えているのか?
ということを考えてみますに、
一つは、ニューロンの発火による唯物的な意識であり、
それとはまた別の時間軸上で燃える炎があることに思い至りました。
その炎とは、いつか私が脳死という名の精神の死のあとに熾る火葬による慈悲深き燃焼。
その炎ということです。
その炎が私を私の脳死という名の精神の死のあとの、肉体の非業の死をむかえるための炎で以って、すでにいまと別の時間軸上で、燃えつづけているのです。
その炎が私をたえずこのように燃やしつづけているのでしょう。そう私は考えてみました。
決して消えない炎であり、もし消えたときには、私はすでにいっしょに消えている炎。

蝎の火?

蝎の火は、いまもまだ燃えつづけています。
蝎の火は、蝎の屈辱を訴えつづけています。
決して消えない火であり、もし消えたときには、蝎はすでにいっしょに消えている火。

蝎の火が書く話は蝎の火なのか?

わたしが先んじて借り受ける火は、いずれわたしを燃やし尽くす炎であり、栄えある死を奪われたわたしの蝎の火である。
さてその火が書く話は、その火を熾すこととなっているのだろうか? 

蝎の火が書く話は蝎の火なのか?

ああ、わからない。わからないなあ。