思えば、高校生のときから自分のお弁当は自分で作っていた。
(母が作るお弁当は恥ずかしくてもっていけなかった。)
大学生のときは、妹や弟の分も作っていたような気もする。
夕ごはんも作ったりしていた。
なぜなら、母親の作る料理が残念だったからです。
生煮えとか味がないとか、そういうレベルで。
ゆえにわたしの「おいしいもの」への情熱は高まったのである。
社会人になってどうしても家を出ていけなくて(許してもらえなくて)、
(でもまあ、家出のように家を出たけど)
わたしの遊びへの情熱が過ぎ去ったころ、家族みんなのごはんを作っていた。
買い物の権利はなかったので、あるもので作っていた。
偉いぞ、わたし!
「あるもので作らなければ、料理したとは言えない」と言われていたのです。
(現在はメニューを決めて買い物をして、無駄なく使い切っている。)
まあいいんだけどさ。
うっかり「みんなのごはんを作る」人生が長すぎて、もう飽きちゃったんだよ。
ゆえに、ずーっと「ごはんを作ってもらう溺愛」を妄想しております。
3万字くらいの短編にしよう。
ふふふふ。
生まれ変わったら、もう絶対に「ごはんを作ってもらう側」になるんだー
そんで、結婚しない人生を歩むの!
(妄想中)
さ。
もう少し、頑張ろう。
息抜きに近況ノートばかり書いていてすみません。
にゃ。
あ。
「ごはんを作ってもらう溺愛」は、考えていて楽しいです。
えへ。