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夏川 俊
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2021年11月20日 16:01
『 機械仕掛けの虚像 』、画像公開・5 《 出会い・1 》
本編の重要なシーンだった、リックとライザの出会い場面。
手前味噌で申し訳ありませんが、3ページの原画を、3日連続で公開させて頂きます。
小説版では、ライザは、乗って来た軍用車両に車載されていた重機銃を持っていましたが、原作の漫画版では、銃架の付いた歩兵支援機銃でした。( いずれにせよ、女性にはデカイ… )
設定では、口径7.62mmm。 小説版はベルト給弾式での記述でしたが、漫画ではマガジン。 …これは、弾帯を描くのが面倒臭かった為です。(笑)
夏川 俊
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8件のコメント
一縷(いちる) 望
2021年11月20日 17:09
コメントさせていただきます。
ずっと漫画のページを見て、かなり懐かしい思いがします。
35年ほど前とのことですが、絵柄そのものは、70年代末期から80年初頭頃の雰囲気がします。
スクリーントーンをきちんと貼って、少し削ってらっしゃるので、成程80年代半ばくらいかなとは思うのですが。
なにせ70年代半ばから80年代初頭はスクリーントーンも高くて、そうそう貼れなかった覚えがあります。あのころはレトラのは高いので、マクソンだったと思いますが。
あの頃に私も少し、イラストもどきを描いたりして雑誌に投稿とかやっていました。
でもはがき投稿用にスクリーントーンは買えなかったですね。
星野之宣氏が少年ジャンプで、ブルーシティを連載しはじめたころ、スクリーントーンを使いまくりで、びっくりしたのも懐かしい思い出です。
それでは失礼します。
影武者
2021年11月20日 19:45
コメント失礼します。
私もマクソン易いので使ったことがあるのですが、
扱い難くて結局ストックも使わずじまいでした。
お金のない時代でしたから、
しばらくはスクリーントーンなしで描いてました。
紙もケント紙使っている時代もありましたが、
さすがに学生時代は、
スケッチブックを定型の大きさに切って使ってました。
ホワイトはポスターカラー、ライン、べたは墨汁でしたね。
ペン先は10本480円のかぶらペンを愛用してました。
懐かしいですね。
夏川 俊
2021年11月21日 09:29
>望 様
いらっしゃいませ。
年代は、ご推察の通りです。
中学生の頃、少年誌( この頃は、まだ青年誌がありませんでした )を読んでいて、「 この、細かい点々… どうやって描くのだろう? 細い線も、すっごい綺麗に描いてあるし…! 」と、感心していました。
その後、スクリーントーンと言う画材を貼ったものだと言う事知り、早速、街の画材屋へ買いに行き、あまりの高額に、すごすごと帰って来た記憶があります。(笑)
専門学生になった時、バイト( 蕎麦屋 )して資金を貯め、32番とか1052番とか、メインの種類を決めて購入していました。
高額でしたので、切余りのトーンは、大事に取っておき、使える面積が出て来た場合、『 中古 』として使っていましたね。 当時、ホンキで漫画家になるつもりでしたので、将来の投資として贅沢ながら使っていました。
しかし、弊害もあります。
陰影・立体感を出すのに、ペン描きではなく、トーンを貼って『 省略 』してしまいがち……
敬愛する手塚治虫 先生は、ほとんど、トーンをお使いにはなりません。
まあ、時代の流れとして、私は、それなりには使っていましたが、顔の陰影など、多用する作家さんには閉口でした。( 『 キャッツ・アイ 』の北条司 氏とか )
星野之宣 氏の画風は、好む方・そうでない方、色々ですが、私としては、プロ・アマ問わず、作家さんの画風よりも、ストーリー性・テーマ性に惹かれます。 星野氏の『 はるかなる朝 』には、感動致しました。
夏川 俊
2021年11月21日 09:45
>影武者 様
いつもコメント、ありがとうございます。
ホワイトは、泣く( デザイン用語で、塗った後に、下地が透けて見えてしまう事 )のがイヤで……
これも高額ながら、エナメル系のホワイトを使っていました。 水溶性ですが、使ったまま筆洗に置いておくと、すぐに固まってしまい、面相筆を、何十本もパーにしました。
私は、ケント紙オンリーでした。
描き損じた小さな部分は、カミソリの刃で薄く切り、めん棒で繊維を押さえ、また描く事が出来ましたので。 ← おそらく現代ではもう、この『 技術 』の伝承者は、いないのではないでしょうか……?
墨汁は、乾いても、汗ばんだ指先で触ると引っ張ってしまい、画面を汚してしまうので、私は、インクをそのまま平筆に付けて塗っていました。 ペン描き用・ベタ塗り用と、2つのインク壺が机上に鎮座していました。
影武者
2021年11月21日 14:34
>夏川 俊様
>
>描き損じた小さな部分は、カミソリの刃で薄く切り、めん棒で繊維を押さえ、また描く事が出来ましたので。 ← おそらく現代ではもう、この『 技術 』の伝承者は、いないのではないでしょうか……?
私は切り抜いて新しい紙をはめ込んでいました。
原稿の下に新しい紙をセットし、カッターの刃を外側に斜めに入れて
そのコマのみ2枚合わせて切り抜き、入れ替える方を後ろからはめ込んでました。
修正が小さい場合はその部分のみ切り貼りしてました。
アニメの時は、標準以上の大きさのフレームサイズの紙は
複数の動画用紙をきれいに繋げ、後ろからセロテープで止めるなど、
結構、はめ込みや繋ぎ合わせってやっていたもんです。
夏川 俊
2021年11月21日 15:40
>影武者 様
出ました! ハメ込みですね。
コマごと修正する場合、私もやっていました。
直接、修正面に上から貼る時もありましたが、切り取った端部が印刷に出てしまうので、めん棒でエッジを押さえて処理していました。
現在は、PC処理で作業領域を設定し、好きな場所にドラッグするだけですので、後工程も考慮する必要も無く、便利な時代になったものです。
…その代わり、PCが使えない場合、ナニも出来ません。 極端な話、『 電気 』が無いと、描く事すら出来ない作家が増えました。
色付けは勿論の事、ボカシも、グラデーションも、線の太さまでもPC任せ……
それって、ドコが、自分のオリジナル作品なのでしょうか?
自分しか描けない創作こそが、『 作品 』と言えるのだと私は思います。
一縷(いちる) 望
2021年11月21日 21:54
夏川様。
創作の思い出は私もございます。
以前、というか大昔、学生時代に同好会の会誌の表紙を担当することになって、はじめてケント紙を使いました。
絵をかいて、水彩で色を付けて、そして背景以外を全て、丁寧にマスキング。
母から料理の灰汁とり網で穴が1部開いてしまって捨てるやつをもらって、これまた捨てる歯ブラシに水彩絵の具を乗せて、網の上をこすって色を何度も載せました。
スパッタリングとか言う手法らしいのですが。
それでできた表紙は、仲間内から、どうやったのかとずいぶん聞かれました。
素人はエアブラシなんかまず持ってないあの時代に、ボカシをやりたくて疑似ブラシ塗りしたのです。
あの当時、エアブラシ持っていたのは、美術やってる大学生とかプロだけだと思います。
一発勝負だったので、本当に緊張しました。
あれも、「創作」だったと思います。
夏川 俊
2021年11月22日 11:52
>望 様
一般に言う、『 ブラシ 』ですね。
マスキングが、大変。 でも、仕上がりは、とても綺麗で可愛いです。
幻想的にもなりますし、ファンタジックでもあります。
指先で金網を弾いたり、息を吹きかけて『 吹き絵 』とする方もいらっしゃいますね。
エアブラシは、美大に進んだ弟が持っていましたが、すぐ詰まるので大変そうでした。 私は、エアブラシ作品集を買って、「 凄えなぁ~…! 」と眺めているだけでした。 ← 基本、面倒臭がり屋
何だか、久し振りに創作したくなって来ましたよ……!
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『 機械仕掛けの虚像 』、画像公開・6 《 出会い・2 》
『 機械仕掛けの虚像 』、画像公開・4