今日、仕事場で昨今のホラーブームについて喋っていた時、「今はアレですよね、『恐怖心展』とか『行方不明展』みたいな新たな方向の体験型展示があったり、お化け屋敷もウォークスルー型以外にイマ―シブっていうんですかね、没入感溢れる感じのものがありますし、何よりモキュメンタリーホラーがすんごい流行ってますよね」みたいな話をしたら、「モキュ、メ……?」と、『天空の城ラピュタ』で幼いシータがお母さんから初めて復活の呪文を教えてもらった時みたいなリアクションが。
カクヨムさんではモキュメンタリーホラーがいっぱい公開されているし、昨今注目されるホラー小説はモキュメンタリーの手法を使っているものが多いので、もうブームとして定着しつつあって、それが普通な感覚になってたんですが、ホラージャンルに触れない人には全く耳慣れない言葉だったということに気付かされました……。
こういう時にそのジャンルを好きな側とそうではない側の温度差を感じるなぁと思った出来事でした。
さて、なかなかの時間差でのお礼となってしまい大変申し訳ありません!
頂戴したレビューコメントへ感謝の気持ちを綴らせていただきます!
☆六散人さま
https://kakuyomu.jp/users/ROKUSANJIN『明日確実に地球が滅びると分かったら、あなたは誰を殺しますか?
考えて見ましょう。
この際です。気に入らない奴は皆殺しにすると、スッキリした気分で終末を迎え
ら れますね。
でももしかしたら、あなたも誰かの誰かの殺害対象になってるかも知れません
が…』
一行目の問い掛け、ちょっと考えちゃいますねぇ。
殺したいほどヒトを憎んだり忌々しいと思ったことが全くない訳ではないですが、そういう時には『殺』という漢字は出来るだけイメージしないで「大丈夫、多分この人、頭の上に植木鉢が落下したりとかでろくでもない最期を迎えるハズ」と心の中で考えるようにしています。
自分で手を下す姿は想像できないんですよね。
だって、殺したところで相手の人生はそこで終わらせることが出来るけど、自分の人生はまだ続く可能性があって、その時間を塀の中で過ごしたり逃げ続けることに費やすなんて絶対ヤだと思って。
そんなところに気力も時間も使いたくないし、殺した後までそいつに煩わされるなんてアホらしいなぁと。
などと、さも自分が理性のある、冷静な考え方の持ち主みたいなことを言ってますが、自分にとって大事な存在が害されたりしたら、そんな考えなどいっぺんに吹き飛ぶんだろうなと思います。
と、ここまで書いてふと思いましたが、物語の中に登場する地球最期の日、自分で手を下すことがどうしても出来ない、明日には地球はなくなると分かっているのに手を汚すことに抵抗がある人のために、「晴らせぬ恨み、晴らします」的な必殺仕事人のような人たちも暗躍しそう……。
そしてそういうのはSNSとか掲示板とかで募集されたりするんだろうなぁ。
なんかそれ、闇バイトみたいじゃんかと思えなくもない。
そう思ったら正義も悪も同じようなもので、どっちから見るかだけの違いなのかも。
とりあえず私は自分が地球最期の日に殺されないよう、真っ当かつ誠実な人の顔をして生きようと思います!
(腹の中は治外法権ということで)
さて、六散人さんと言えばホラーやミステリーな物語をたくさん書かれていて、短編も多く公開されているのですが、同じ読みで漢字が異なるふたりの女の子のそれぞれの末路を描いた『地獄へいこうよ』という作品がありまして。
私、こういう身の中に巣食うドロッとしたものを「さぁどうぞ」と提示してくれるような、書き手の方が飼っている怪物がチラリと顔を覗かせる感じの物語が大好物なんです(ヨダレ)!
1000文字にも満たない文字数ですが満足感半端ない作品です!
どんな怪物が潜んでいるのか、気になった方は作品へレッツゴー!
改めて、この度は嬉しいレビューコメントをありがとうございました!