《小説などというヤクザなものを書かないひとのための後書――またの名を、タブッキの二番煎じ》

昨日の晩、おれ夢を見たんだ
『夢のなかの夢』アントニオ・タブッキ 和田忠彦訳 青土社
夢小説といえばまず名の挙がる傑作。初稿の段階で「後書」まで書きあげて、読んでいないことを思い出し、開いたとたん冷や汗をかきました。が、もう手遅れ……恥ずかしい。やりたいことはいくらでもあるが、実力が追いつかないのは致し方ない。精進あるのみ。
 では、以後、あとがき代わりの独断と偏見のレビュー、お楽しみを!




 ・睦月
うつし世は夢 夜の夢こそまこと
『一九三四年冬―乱歩』久世光彦 新潮社
乱歩が色紙にかいた言葉。この本は、乱歩よりも乱歩らしいという言葉がよく似合う。

 ・如月
常によく見る夢ながら、奇やし、懐かし、身にぞ染む。
『ヴェルレエヌ詩集』鈴木信太郎訳 岩波書店 「よく見る夢」(上田敏訳)より
昔はよく、仏蘭西詩集を読み耽ったものです。あの、ハトロン紙がたまらない。

 ・弥生
ドリーム・オン
『エアロスミス・アルティメット』「ドリーム・オン」CD
本当は「キングス&クィーンズ」のほうが好きなのだがしかし、アルティメットは浮れ騒ぎで意気消沈な素敵な気分になれます。

 ・卯月
春の世の夢の浮橋とだえして嶺にわかるる横雲の空
『定家名月記私抄』堀田善衛 新潮社
定家の天才と堂々の嫌な奴っぷりはその日記に満ちて在るのだが、でも、やっぱり好き。性狷介にして、という語を体現するひと。言語芸術の究極に立つ。

 ・皐月
夢もなく、怖れもなく
『ルネサンスの女たち』塩野七生 中公文庫
いわずと知れた処女作。小学生のときに本屋さんであとがきを読み、あまりのかっこよさに痺れて即買い。一生、ついていきます。

 ・水無月
夢はいつも歌とともにやってくる
『未知の贈りもの』ライアル・ワトソン 村田恵子訳 ちくま文庫
無人島にもっていく候補第一位。彼の数々の本に出会わなければきっと、わたしはもっと生きづらかったと思う。他にも『アフリカの白い呪術師』『ロスト・クレイドル』等など。

 ・文月
一期は夢よ、ただ狂え
「閑吟集」より オレンジ色の日本古典全集だっただろうか?
カッコつけるなら、古今や万葉ではいかんと思っていた十六の頃。『桜の森の満開の下』や梶井にご満悦だった。ひい、恥ずかしい。梁塵秘抄も好きです。はい。

 ・葉月
ドリーム・タイム
『イコノソフィア 聖画十講』中沢新一 河出文庫  
中沢サンには生きることに悩むとお世話になる。『カイエ・ソバージュ』シリーズを読んで泣く。哲学書や思想書で泣けるわたしって……? 『芸術人類学』もよかったです。

・長月 
夢を見ることに妙をえた人間が極端に少ないのじゃ
『高丘親王航海記』澁澤龍彦 文春文庫
十代から澁澤ファンであったわたしに一撃をくれた二十歳の目覚め。槌は槌でも類稀な金色の光をはなつ打ち出の小槌。金の斧? 素晴らしいひとの最後の贈りもの。合掌。

 ・神無月
ある朝、不安な夢から目覚めると
『変身』フランツ・カフカ 高橋義孝訳 新潮文庫 
世界文学の破壊力は一行目に既にしてある。カミュもトルストイも冒頭が凄い。キャッチーでありすぎるくらいに。がんばれ、わたし。

・霜月
世の中を夢と見る見る儚くもなをおどろかぬ我が身なりけり
『山家集』だったと思う。あれ? 本が見つからない。
希代のストーリーテーラーが用意した小説の主人公のような人生を、美事に生ききってしまった彼。辻邦夫『西行花伝』もお勧め。

・極月
神話は個人の夢
『神話の力』ジョゼフ・キャンベル&ビル・モイヤーズ 飛田茂雄訳 早川書房
 二十歳のころ、キャンベルはわたしの導師だった。SWが大好きで、ルーカスが彼のよき生徒だったように、ああいうおはなしを書きたくて今も、いる。


その他、作中で言及された小説やマンガ。順不同。もれてないか心配。

『キマイラ』夢枕獏 朝日ソノラマ文庫
 ちゃんと終わるのか? 終わってほしいぞ。それよりなにより、ホームズと川口慧海とダライ・ラマが出てくるヒマラヤ小説を書いてほしい! ほんとにお願い!
『神曲』ダンテ・アリギエーリ 平川祐弘訳 河出書房新社
 西洋美術史上、『聖書』を除いてもっとも視覚芸術に寄与した作品。ミケランジェロ、ブレイク、ドレ、ドラクロワ、ロダンなど等。平川訳がイチバン好き。
『アベラシオン 形態を巡る四つの伝説』ユルギス・バルトルシャイティス 種村季弘他訳 国書刊行会
 これで小説が書きたいという野望。生きるということは、つながりを発見することにあるのではないでしょうか? 
『幻想の中世』ユルギス・バルトルシャイティス 西野嘉章訳 平凡社
 博覧強記、異端の美学者というところか。アンリ・フォションの女婿。誰かほんとうにこのひとの伝記小説を書いてほしい。
『ボッティチェッリ全作品』高階秀爾・鈴木杜機子他 中央公論美術社
 買わなきゃ! 一家に一冊!(うそです。でも、綺麗ですよ)
『ハイペリオン』シリーズ ダン・シモンズ 酒井昭伸訳 早川書房
 こういうのを読みたくて、書きたくて、生きてるのだ。夢枕獏の解説がまた、サイコウ。ぜひ、文庫でどうぞ。
『ルネサンス精神の深層 フィチーノと芸術』アンドレ・シャステル 桂芳樹訳 平凡社
 ルネサンスの深層にある感情、歴史的背景に言及。ぶっちゃけ、けっこうスリリング。ひとつの都市の盛衰、文化の輸出入の軌跡とも読めるかも。
『ダ・ヴィンチ・コード』ダン・ブラウン 越前敏弥訳 角川書店
 究極の貴種流離譚。ただし、『レンヌ・ル・シャトーの謎』の著作者たちが敗訴したのはちょっと、謎。ストーリーテリングの上手さはさすがベストセラー作家。
『フーコーの振り子』ウンベルト・エーコ 藤村昌昭訳 文藝春秋
 小説とは虚構とは何か、を真摯に突きつけられる。だが、愉快。エーコの含み笑いと快哉、自由な精神の活力を感じる。『薔薇の名前』より断然こっち。
『賢者の石』コリン・ウィルソン 中村保男訳 東京創元社
 これを読んだらさぞ、ラヴクラフトが喜んだのではないか。コリン先生にはこういう楽しい小説を山ほど書いてほしい。
『八十日間世界一周』ジュール・ヴェルヌ 田辺貞之助訳 創元推理文庫 
『海底二万里』ジュール・ヴェルヌ 荒川浩充訳 創元推理文庫 
腐女子視点と書いたけど(笑)、純粋に好きです。大好きです。とはいえヴェルヌの性倒錯疑惑というのもやはりあるそうで、それはまた別のはなし。ご容赦を。
『シャンボールの階段』パスカル・キニャール 高橋啓訳 早川書房
 作中ではちゃかしましたが、感動的。コレクションと、二十螺旋的な記憶と生と死のあわい。佇むエドワールの孤独。そして謎の解明という救済か。
『ジュラシック・パーク』マイクル・クライトン 酒井昭伸訳 早川書房
 初版で即買い。恐竜モノははずせません。映画も素晴らしかったという奇跡。
『琥珀捕り』キアラン・カーソン 栩木伸明訳 東京創元社
 アルファベット順に並んだ、読みすすめるのがもったいないくらいの、琥珀・エスペラント語・船乗り・チューリップなどを巡る、めぐる物語の愉悦。
『風狂王国』アンドレ・マルロー 堀田郷弘訳 福武文庫
 隊商ものに弱い。または異国幻想ものに。マルローの若いころの作品。欧州とは何か、文明とは何か、真摯な問いと絶望に似た渇きを感じ打ち震えた。
『マルコ・ポーロの 見えない都市』イタロ・カルヴィーノ 米川良夫訳 河出書房新社
『冬の夜ひとりの旅人が』イタロ・カルヴィーノ 脇功訳 筑摩書房 
 何を読んでも独特で変わっていて、どれを読んでもカルヴィーノ。すごい。宝物のような本。どれも傑作なことを保障できる。凄い。
『月曜物語』『風車小屋便り』アルフォンス・ドーデー 桜田佐訳 岩波文庫
 「アルルの女」「最後の授業」の作者として有名だが、本歌取りにしていくつも短編を作りたくなる薫り高い名品揃い。プロヴァンス好きな方には滅茶苦茶オススメ。
『モーパッサン短編集』全三冊 モーパッサン 新潮文庫
 筋書きの上手さのせいで仏語に堪能じゃないわたしにも、話の流れがわかるという名手。読んで納得。あるべきところにあるべきものを。その動かしがたい断片の魅力。
『薔薇のイコノロジー』若桑みどり 青土社
 運命の書(本気で!)。心臓を高鳴らせ、夢中で貪るように読み、研究者になりたいと願ったのだが挫折。美術史を超えていく推力に富んだ本。
『最後の夢の物語』ダンセイニ 河出文庫
 真似をしたくなって悪いか! だって、素敵なんだもん。真似できないのだが、やってみたくなる。それほど魅力的。ファンタジーの君候とはかくも優雅なものなるか。 
『イグアナの娘』萩尾望都 小学館
 TVドラマにもなった名作。ほんと、モトさん大好きです。語りだすととまらないから。
『銀河ヒッチハイク・ガイド』1~5 ダグラス・アダムズ 河出書房新社
 問答無用で全巻通読の大傑作! パニクるな!! 映画もけっこう笑えました。いやもう、ほんとに問答無用だから。バスタオルを用意しなきゃ、ね!
『空獏』北野勇作 早川書房 
足許の浮遊感、おぼつかなさを感じながら、読んで唸る。絶品。獏と夢好きには超オススメ。『カメくん』もなかなか。じわっときます。
『薔薇物語』????
 大学図書館で生まれて初めて何百万(何千万?)もする原本復刻版ファクシミレを見て、あまりの美しさに惚れこみ、その後、彩色写本の世界に没入。
『源氏物語』与謝野晶子版 角川文庫
谷崎版のほうが好きで、でも主人公だとこちらかと。丸谷才一『輝く日の宮』も読まなくちゃ。読んでたら、書けなかったでしょう。
『異邦人』アルベエル・カミュ 窪田啓作訳 新潮文庫
 二十一年ぶりの再読で、吃驚。なるほど納得の世界文学。すごいことになっていた。
『ことばの国』清水義範 集英社文庫
 清水さん、好きスキ! 宮部みゆきの解説もふるってます。「辞書いじめ」、やったこと、ありますか? 
『トリスタンとイズー物語』ベディエ編 佐藤輝夫訳 岩波書店
『中世騎士物語』バルフィンチ著 野上弥栄子訳 岩波書店
トリイゾやアーサー物はどれも面白いと思うので芸がないけど、岩波を。仏語を能くし、トマ、ベルール、ベディエ版の差異を語り、ルージュモン『愛について』を原文で読める立派な学生になれなかった悔恨をこめて(泣)。
『中世の秋』ホイジンガ 堀越孝一訳 中公文庫
 名著、なのだろう。それに相応しい品格、自信のある語り口が素敵。ブルゴーニュ公国の栄華今何処。一枚岩じゃないヨーロッパへの旅立ち。
『高野聖』泉鏡花 角川文庫
 外面如菩薩内面如夜叉。これほど筋立て、キャラ、背景のよくできた怪異ものはそうはない。残酷と優美、聖性と淫靡、あやしくやわらかな、花の戯れ。
『変身物語』オヴィディウス 中村善也訳 岩波文庫
 こういう古典はすでにどこかで筋を知っていて読むのだが、それでもびっくりすることがある。侮りがたし。
『困ります、ファインマンさん』ファインマン 岩波現代新書
 ファインマン物理学に名高い天才。できればこれを最後に、他の著作から順に読んでいただきたい。このうえなくチャーミング。



















 さらにオマケ。

「やれやれ、あの二人はどうにもならないらしいねえ」
龍村功はそう言って、バーボンを傾けた。ここは博多のさびれたバーで、隣には新婚ほやほやの来須美奈子がいる。なに、バーなのは洒落ているわけでもなんでもない。二人で居酒屋はなんとはなしに寂しいからだ。三月に一遍、彼は出張ごとに来須と飲んで歩いている。今のほうがストレスのせいで痩せていてスーツが似合い、いかにも切れ者めいて見えた。そして、来須はあの頃ジーンズしか穿いていなかったのに、主任などという地位のため、かっちりとしたスーツ姿で陽に焼けた手首に金のバングルを揺らして止まり木にいる。一見、大人の男女のわけアリ風に見えなくもない。
「深町先輩、浅倉くんのことよく粗忽者って言ってましたよねえ」
「そうそう」
 学生時代は吸わなかったタバコに火をつけ、龍村が思い出し笑いをする。
「浅倉、バカだからさあ、新婚初夜に三つ指つくとき言うやつですかとかいって、思いきし顰蹙かってさあ」
「それは、ふつつかものだってば、ねえ」
 げらげら。
「じゃあ、主君を裏切るのは」
「不忠者」
「不届き者もアリじゃない?」
「いや、不埒者だって。浅倉くんの形容詞でしょ?」
「違うけど、いやまあ、そうかな?」
「そうですよ」
 ふたりはすでに相当できあがっていて、そんなクダラナイことでモリアガッテいた。
「なんか次は、ハーレクインロマンスだってさ」
「マジですか? うわあ、あの二人でそれはキッツイなあ」
「まあ、浅倉には無理だな。猪突猛進だから」
 氷を見つめて笑う。来須はマティーニを飲み干し、お代わりを頼む。
「わたしたちが出る青春モノってのはナシなのかなあ」
「学園ラブコメもの? 無理だろ。おれたちどのくらいハラハラして半年過ごしたと思ってるんだか」
「そんなこと言ったらなんだってあの作者じゃ期待できませんよ」
「わはははは。おれは知らないよ~」
 そうして無責任に、博多の夜は更けていく。

 ともかくも他人の恋路は娯楽なり(BY 功) 
                             おしまい。トホホ。