というわけで活動拠点をカクヨムからwattpadに移しつつ……。
日本語での表現力云々というのがいかに不毛なのかってのを
wattpadをさまよっていると思います。
あと、自分の作品を英訳していてもそう思う。

いかにきれいに情景や心理を描写できたとしても
それが普遍的に伝えられるようなものでなければなんの意味もないなと。
英語力とかそういうのじゃなくて、もっとこう、概念的にというか。
あとはコンテクストを作るという意識の大切さを改めて痛感したりもします。

言語というのは結局の所コンテクストの可視化(あるいは可聴化)であって、そのコンテクストの中に文化、宗教、歴史――そういうものに根ざした常識(コモンセンス)というものがあるわけでして。

日本というのは文化的ガラパゴスですから、ある意味海外勢には日本的コンテクストというのは奇妙なものに映ってしまう。それを狙うか、避けるか。避けるならどういうコンテクストを描かなければならないか。
そういうところを考えちゃうわけです。むしろ英語力云々以前にそっちが大事じゃないのっていう。

英語は英語で非常に難しいですけどね。
うう、20年前(バリ現役英語使いだったころ)にやってりゃよかったよ。
英語と言う名の剣はすっかり錆びついてしまったのだ……。

ググれば基本的には求める英文にたどり着くわけですが(文法的にね)、納得行く解釈に当たるまでにかかる時間がすごくてもー大変。

たとえば「焦げ付いた(ようにこびりついて離れない)記憶」っていうパートタイトル、どうやって英訳します?(というか、どんな単語をどういう理由でチョイスします?) とか、そういう自分へのQ/Rが多すぎるっていうか。

英語力というか、英語での表現力の低さなんだろうねぇ。
修行するしかない。