流れがつかめても、細かいところが見えないんだなぁ

5件のコメント

  • 親切な助言を通知で与えてくれる某氏へ

     とりあえず序盤から積み立てていき、大きなイメージは持っていません。
     読者がある種勝手に抱くものが作品全体のイメージであると考えています。
     私が持っている物語の作者としての意識は、石膏から像を掘り出したり、材料を集めて組み立てたり、「かつてどこかにあった物語を掘り起こす(スティーヴン・キング)」ことにあると考えています。つまり作品を私が創作する場面では、最初は大ざっぱに適当に切り崩すんです。

    1とにかく適当に場面や文章を書いてみる
    2その文章を読むと、続きが見える・姿がイメージできる
    3じゃあ、そこから地続きに広がっている世界を描写してみて、その箱庭(世界)での時間の経過を観察してみよう

     という感じです。私は物を作っているのではなく、冷静な観察者であるところを、自分の書記者としての目的として掲げている次第です。そうですね、
    ・粘土を絶妙な加減でろくろの上で練り上げ、釉薬を塗って釜で焼く職人
    ・天候や季節、水の濁り具合や生息している生物等、知覚できるすべてから分析し、釣果を上げる釣り人
     と、具体的にはこういった動きが上げられると思います。五感を鋭敏に研ぎ澄まし、時として第六感に至った意識が行動や結果に表される。
    ――既にあるものを、どこまで自分が理解できるか。自分とは違う「生き物」をどこまで探り当てることができるか。その探り合いの中で、どれだけ無駄なく、過不足なく自分の中で情報を統合→カオスを生成→薫り高いエッセンスの抽出が可能かを考えた結果が、今の作品としての履歴になっているでしょう。
     長くなりました。だから、私の文体に対しての考え方はキング氏の言葉を借りれば、「文体は作者が決めるのではなく、物語を書いていればおのずとその物語に最適な形で表現される」というものです。全体像は元々見ていません。見るのが簡単なところから、とっかかりをつかんだにすぎません。


    以下、蛇足
     ノコギリ・ノミ・カンナ・カナヅチその他諸々。最も適した物は既に割り当てられている。しかし、扱う者が未熟であれば、そしてその者が「力加減が分からない」と言ってただ乱暴に扱っていたのでは、未熟なりの完成どころか、破壊する事と意味を同じくしてしまう。
     今私は未熟な木彫りの作品を作り上げるために、物語の流れから記述するべきポイントを見つけるために、大きく切り落としたり削りだすことを恐れ、弱い力でほんの少しずつその姿を見出そうとしているところです。「お前は何になりたいんだ? 俺にその声を聞かせてくれ」と。
     いずれそこにぼんやりと輪郭のようなものが見えてくることでしょう。そうすれば、私はそこをなぞる。なぞるとその服が見える、肌が見える、骨も内臓も手に取るように見えてくる。

     細部の積み重ねから、徐々に明確になってきた全体像も見えてくることでしょう。そうして、またひとつ修行のために作られたブサイクな作品がひとつ、蔵に転がることになる。そしてそれを見て、またもう一つ、今度は次のより足先三寸ばかりマトモな作品を作り上げる。
     私にはこれしかできません。しかし何においても私はこれだけをやってきました。これからもそうしていくつもりです。

     次からはこんなに長くなることはないでしょう(笑)。また何かあれば、気軽にどうぞ

  • 訂正
    ×「今度は次のより足先三寸ばかりマトモな作品を作り上げる。」
    ○「今度は前のより足先三寸ばかりマトモな作品を作り上げる。」

  • TwitterアカウントでのDMやリプライでのお話を提案いたします。
    こちらでは携帯型端末での返信が若干手間でして。ブラウザ開いてログイン、からの記述と

    カクヨムに作者専用のアプリがあるかは未確認です。存在した場合、一時間以内にここでダウンロード完了の返信をさせていただきます

  • アプリダウンロード完了しました

  • 出来ればTwitterの方が
    履歴として埋もれることがない。これまでの流れを確認することが容易。話し合いの場をオープン(誰でも共有できる)にするかクローズ(二人だけが共有する)にするかの選択も自由ですので

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